5人の女性から毎月100万円もらう役も……35歳になったRADWIMPS野田洋次郎はなぜ芝居に挑戦するのか

5人の女性から毎月100万円もらう役も……35歳になったRADWIMPS野田洋次郎はなぜ芝居に挑戦するのか

35歳の誕生日を迎えたRADWIMPSの野田洋次郎

 ロックバンドのRADWIMPSは、この3月から5月にかけて、中国で先行配信された「Light The Light」を皮切りに「猫じゃらし」「新世界」「ココロノナカ」とあいついで新曲を発表した。

「Light The Light」は2月初旬、バンドのフロントマンを務める野田洋次郎が、中国で世話になっている人から、「新型コロナウイルスの影響で不安な生活を送る人々を励ます歌をつくってほしい」と打診を受け、手がけたものだった。このあと、3月に入ると日本でも感染者が急増し、全国で大半の学校が休校に入ったのをはじめ社会的にも大きな影響が出始める。そのなかでRADWIMPSも3月20日から予定していた国内ツアーを延期、ワールドツアーは中止せざるをえなかった。ワールドツアーは1年以上も前から準備していただけに、野田は落ち込み、2〜3週間は何も手につかなかったという。

 そんな状況にあって、5月8日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)への出演が決まる。その放送当日までに新曲をつくるという目標が与えられたことが、野田には救いとなったようだ。当初、番組では、先にできた「ココロノナカ」を披露する予定でいたが、野田は歌ってみてどうもしっくりこなかった。この曲は、明日への希望を込めた応援ソングである。彼としては《これを歌うことで皆の心が癒やされてくれるのなら、それはもちろんうれしい》のだが、《でも、ただ“希望”をうたうだけでいいのかな、という違和感が、自分の中でどんどん強くなってしまった》という(※1)。ここから急遽、番組のために新たに書き下ろしたのが「新世界」だった。その歌詞には、「きっと同じ世界にはもう戻らない」とあるように、新型コロナによってすっかり変わってしまった世界のなかで、人々が抱く不安も織り込まれていた。

■5人の女性から毎月100万円を受け取り……“俳優”野田洋次郎の仕事

 きょう7月5日は、野田洋次郎の35歳の誕生日である。近年では、新海誠監督の劇場アニメーション『君の名は。』(2016年)、『天気の子』(2019年)の音楽をRADWIMPSとして担当したり、個人でも映画やドラマに俳優として出演したりと、映像関係の仕事も目立つ。連続ドラマ初主演となった『100万円の女たち』(2017年、テレビ東京系)では、同居する5人の女性たちから毎月100万円もの家賃を受け取りながら暮らすミステリアスな作家を演じた。そこでは感情を表にあまり出さない野田扮する作家が、ひそかに背負っている重い過去と向き合っていくさまが強い印象を与えた。一昨年には、プライベートでも親交のある松田龍平主演の映画『泣き虫しょったんの奇跡』に出演。さらに現在放送休止中のNHKの朝ドラ『エール』でも、昭和歌謡界のヒットメーカー・古賀政男をモチーフにした作曲家(役名は木枯正人)を演じている。

 俳優デビュー作は、2015年6月公開の主演映画『トイレのピエタ』だった。

 このとき野田は、才能がありながら絵を描くのをやめ、ビルの窓拭きのアルバイトで生計を立てる宏という青年を演じた。ある日、余命3ヵ月の宣告を受けた宏は、忍び寄る病魔に苦しみながらも、やがて自宅アパートのトイレの天井にピエタ(キリストの遺体を膝の上に抱きかかえた聖母マリア像)を描き始める――というのがそのストーリーだ。原案となったのは、1989年に胃がんで亡くなったマンガ家・手塚治虫が、病床での日記に書き残していたアイデアで、ここから松永大司監督がイメージを膨らませて映画化した。

 野田が『トイレのピエタ』への出演依頼を受けたのは2013年で、まず脚本を読ませてもらい、すばらしいとは思ったものの、当初は自分で演じようという気持ちにまではならなかった。彼としてみれば、《役者をやるっていうのは、ちょっと想像の範疇を超えてることだった》という(※2)。しかし、松永監督と会い、その後もメールでやりとりするなかで、先方から「僕が責任を持ちます」「洋次郎君なら絶対できると思うんです、というか洋次郎君じゃなきゃだめなんです」などと説得され、しだいに心を動かされていく。最終的に《じゃあ絶対に僕を諦めないでやってくれるんだったらやります》と言って承諾し、松永とはそれからクランクインするまで1年間、月1〜2回は必ず会って、何気ない話をしつつ、野田は自分のなかで宏を育て、ストーリーも育てていったとか(※3)。

■「ほんっとに死ぬのが怖くて」「死にたくなくて」

 撮影に入るまでに半年間、窓拭き掃除の練習だけはしたものの、松永からは、とくに芝居のレッスンをする必要はないと言われた。だが、いざ撮影に入ると、役にのめり込んでいく。《どんどん自分が宏になっていって。家帰っても何やってても、ずっと『(トイレの)ピエタ』の世界から1ミリも離れられなくて。終盤は、ほんっとに死ぬのが怖くて。死にたくなくて。[引用者注:作中に登場する杉咲花演じる女子高生の]真衣がいる世界から消えたくなくて。あんな体験ほんとにはじめてでしたね》とのちに振り返るほどだった(※2)。

 この映画では主題歌も手がけた。撮影が終わって4日後に打ち上げがあるので、そこで歌ってほしいと頼まれ、その日数で集中して書き上げたという。題して「ピクニック」。このときの心境を野田は《今ここにあるこの愛しさを吐き出して聴いてみたいと思ったんですね。この感情は、たぶん狙っても一生出会えない感情だと思ったし。たぶん改めて主題歌を作ったら、もっと洗練された曲になってたと思います。あの状況だから極めてシンプルで、削ぎ落とされたああいう曲ができたし》と明かしている(※3)。

■「愛にできることはまだあるかい」誕生秘話

 じつは、これと似たようなことを、野田は昨年の『天気の子』公開時にも語っている。新海誠監督が同作を準備していたころ、まだ音楽をオファーするとかいうのではなく、ひとまず脚本を書いたので読んでくださいと頼まれたという。読み終えてから、「なんか曲、浮かんだりしますかね……?」と漠然と訊かれたが、野田には確実に感じるものがあった。

《最初に脚本を読んだ時の感覚ってもう一生来ないので、その瞬間に感じるものを僕はすごく大事にしてるんです。1回読んで、自分というフィルターで濾して落ちてきたもので何ができるか。自分の中に残った、一番ピュアな原石的な部分だけで作ってみようとしてできたのが、“愛にできることはまだあるかい”という曲であり、あのフレーズなんですよね》(※4)

 野田が脚本から最初に抱いた感覚から書き上げた「愛にできることはまだあるかい」という曲をもらって、新海は「あ、この映画はそういう話なんだ」と思ったという。野田としても同曲の「僕にできることはまだあるかい」という歌詞に、前作『君の名は。』であれだけ出し尽くしたあと、再び新海と組んでおまえにできることがまだあるのかと、自分に問われている感覚をすごく感じたと明かしている(※4)。

■『天気の子』とコロナ禍のシンクロ

「僕にできることはまだあるかい」という問いかけは、ひょっとすると野田のなかにそれ以前からあったものなのではないか。それというのも、彼はこれまで災害が起こるたびにアクションを起こしてきたからだ。2011年3月11日の東日本大震災でRADWIMPSは、発生から3日後には被災地へのメッセージと義援金を募るサイトを開設し、その翌年の3月11日からほぼ毎年、3・11に向けての楽曲を発表している。2016年4月の熊本地震に際しても、被災地支援のため、野田は友人のONE OK ROCKのTakaを招いて、その10年前にRADWIMPSのシングルで発表した「バイ・マイ・サイ」の新録バージョンを配信した(※5)。今回のコロナ禍での一連の動きも、その延長線上にあるといっていいだろう。

 5月末にはコロナ感染拡大の防止策として発出された緊急事態宣言が解除され、世の中が通常に戻っていくかに思われたのも束の間、東京を中心にまた感染者が増えつつある。まだまだ先行きの見えない状況だ。そのなかで野田は次のように語る。

《今は迷いの中で、その過程さえもさらけ出しながら進んでいる状況です。1カ月前と1カ月後では、状況が全く変わっている可能性もありますし。ただ、皆と同じ時代に生きて、同じ空気を吸って感じたことを、僕は音楽にし続けていくしかない。/その先で、実現するのが半年後か1年後になるのかはわかりませんが、やっぱりライブがしたい。全国ツアーが延期になったときも「払い戻しせずにいつまでも待ってます!」と言ってくださる方がいて、僕自身、すごく勇気づけられました。そのエネルギーが集まってツアーが再開できたときは、すごいライブになるだろうなと、今から楽しみでもあるんです》(※1)

 そういえば『天気の子』のクライマックスは、まさに厄災により世界がすっかり変わってしまったあとの希望を描くようなものだったのを思い出す。コロナ禍を乗り越えたとき、野田の曲は私たちにどのように響くのだろうか。

※1 『AERA』2020年6月22日号
※2 『Cut』2015年6月号
※3 『ROCKIN'ON JAPAN』2015年6月号
※4 『Cut』2019年8月号
※5 『ROCKIN'ON JAPAN』2020年6月号

(近藤 正高)

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