愚連隊の帝王と暴力団ライターの奇妙な関係「ジジィならジジィらしくおとなしくしててください!」

愚連隊の帝王と暴力団ライターの奇妙な関係「ジジィならジジィらしくおとなしくしててください!」

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ヤクザからは一目置かれ、商店主からは守護神と崇められた伝説のアウトロー・加納貢という男 から続く

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「 潜入ルポ ヤクザの修羅場 」(文春新書)から一部を抜粋する。

◇◇◇

■私を溺愛した加納

 加納貢は1926年、某銀行の創始者の長男として生まれた。かなりの資産家の息子で、実家は渋谷区初台(はつだい)周辺の地主でもあった。現在、新宿の東京モード学園が建っている土地も、もともとは加納家の所有である。後でわかったことだが、無一文になってからも新宿区内に土地を持っていた。どこからかぎつけたのか、死後、まったく面識がなかった編集ゴロが、加納の追悼会をやろうと言い出した。明らかに遺産目当てだ。馬鹿らしいのでその手の催しには一切参加しなかった。おそらくその土地は遺族に相続されたと思う。加納の周りは詐欺師ばっかりだったから、誰かがかすめ取ったかもしれない。

 少年兵として敗戦を迎え、加納は不良少年として下北沢で遊びはじめた。暴力社会にデビューしたのはこの頃である。専修大学に通っていたから、インテリヤクザの走りだろう。当時の仲間の一人が安藤昇だった。

■事業の失敗を重ね続けた

 安藤は渋谷に、加納は新宿に進出した。安藤は東興業を作って、暴力社会の寵児となった。金持ちのお坊ちゃんである加納には、これで飯を食っていかねばならない、という切迫感がまるでなかった。加納の一派はその名声に比例せず、なんの実体も持たないまま自然消滅した。

 その後、受け継いだ資産を食いつぶし、加納は完全無欠のフリーターになっていた。赤坂でナイトクラブを経営したというが、収支は赤字に決まっている。暴力団相手のトラブルには過去の実績が効果を発揮したらしい。恐れられていたというより、潰れるのが目にみえていたのだろう。

 加納は私を溺愛した。というより、私にまとわりついて離れなかった。理由はよくわからない。孫のように感じていたのかもしれない。

「いちいち文句言わないで下さい! うるさいんです。ジジィならジジィらしくおとなしくしててください!」

 加納とのやりとりを聞いていた第三者は、大抵ドン引きする。当時の舎弟連中が表面上、加納に平身低頭しているのに、私の口調がぞんざいだからだ。

「あの人……愚連隊の帝王だろ?」

「そうだけど」

「安藤昇の兄弟分なんだろ?」

「だからなに?」

 こっちは加納の生活を抱えているのだ。お客様扱いはできない。

■ときには競輪代を渡すことも

 加納の生活費を出していたのは、元舎弟だった広域組織幹部である。ただ、それだけでは足りない。最低限の金はあっても、裕福ではなかった。具体的には趣味の競輪代が捻出できなかった。私はそれを補填した。

 その反対に時間はたっぷりあった。加納のお守もりは周囲の頭痛の種である。私は周囲の人間が加納を持てあましはじめたころ、ちょうどいいタイミングで現れた生け贄だった。

「いま新宿にいるんだけどよぅ〜」

 と電話がかかってくると、急ぎ車を飛ばして指定された店に向かう。その勘定を払い、1万円の小遣いを渡し、夜中まで暇つぶしに付き合って家まで送る。話し相手として、経済的な支援者として、私は加納を支えた。それはもちろん雑誌の記事に反映された。好き勝手に使える“加納貢”という過去のヒーローは使い出があった。

■加納貢神話の虚実

 加納という偶像を作る上でことさら意識していたのが、「自由」という愚連隊のキーワードだった。本来は幼稚なヤクザごっこに過ぎなかった彼らの猥雑で、混沌とした足跡を、「自由」という虚構を使って神話とする。かつて暴力によって新宿を席巻しながら、組織を作らず、なにからも縛られないリベラリスト。そのイメージを増幅しなくてはならない。本来は存在しない思想を作り出すため、狙いに沿ったエピソードを見つけ、それをふくらませていった。

 金持ちのボンボンだった加納は金に頓着せず、変な見栄も張らなかったので、あとは解釈を付け足すだけで済んだ。たとえば、加納は新宿駅の露店で買った1000円のバッグを愛用していた。

「ブランド物なんて馬鹿らしい。これで十分だ」

 と、安値で買ったことを自慢する。こうした言葉に「階級社会への反発」という屁理屈を後付けするのは容易い作業だ。

 戦中派らしいもったいない精神は、私によっていちいちファンタジーへと昇華させられた。加納は靴のかかとの部分にいつもたくさんのゴムバンドを入れており、「こうしておくといいクッションになってよ。長時間歩いても疲れないんだ」と、周囲に自慢していたが これも物質文明、消費社会に対する警鐘と置き換えると、貧乏くささが一蹴され、思想めいたものになる。これを何度も繰り返し、加納貢という虚像を作り出すのだ。

■つくりあげたイメージ

 加納のイメージを確定させるため、細かい設定も考えた。たとえば携帯電話を持たず、気の向いたときだけ編集部に連絡がある、とした。当時、加納はポケットベルを所持しており、携帯が普及してからはそれを肌身はなさず持っていた。それでは謎めいた雰囲気が出ない。

 暇つぶしに通う店にも、こだわりがなかった。これも改変して伝えた。行きつけの店はデニーズやウェンディーズ、ミスタードーナツなど、割安でコーヒーが飲める店だ。それではなんらミステリアスに感じない。やはり愚連隊の帝王たるもの、昔なじみの喫茶店に通い、サイフォンで淹れたコーヒーを飲んでこそ様になる。「可愛らしさ」を「暴力」に置き換え、若い女性ではなく年寄りのジジィを売り出すのだ、と考えれば、アイドルを売り出すプロデューサーの心境と同じだ。

 イメージ作りは、加納のおかげもあって成功した。加納はすべての連絡を私経由にするよう指定したため、誰も加納の実像を知らずに済んだのだ。おかげでメッキが剥がれなかった。加納の神秘的なイメージはどんどんふくらんでいった。

■愚連隊の帝王が悩める少年少女のよき相談相手に

 ある程度認知されるようになると、ときおり新宿などで話しかけられることもあったらしい。加納は外面(そとづら)がすこぶるいいから問題なかった。話しぶりは穏やかで、口数は少ない。薄くなった髪をオールバックにまとめ、髭だらけの顔で笑っている。

「あぁ、そうかい。『BULL』を読んでくれてるのかい。ありがとう」

 優しい言葉を掛けられた読者は、いっそう加納のファンになっていった。加納は芸能人のように自分のサインを持っている。ノートや色紙にサインをしてもらった人もいたという。

 加納の認知度は日増しに高まり、予想以上の需要を生んだ。ある程度まで認知された時点で、伝説は一人歩きをはじめた。暴力団ではない、という大義名分のためか、あちこちの雑誌からも引き合いがあった。人生相談のページをくれた雑誌もあった。

 愚連隊の帝王と呼ばれたカリスマは、謎めいた生活を送っていて、歯に衣着せぬ毒舌を売りに、悩める少年少女たちのよき相談相手になる。その設定だけで、アウトローを題材とした雑誌には十分価値があったわけだ。

 ただやり過ぎだったろう、と反省するところも多い。たとえば『風、紅蓮に燃ゆ――帝王・加納貢伝』(大貫説夫著)という本は、私とライターが作りあげた自由のイメージを、加筆して書かれた本である。あまりにそのイメージが強烈だったのだろう。加納は書き手の想像力を存分にかき立てた。虚像を作るための創作記事が、後日、勝手に増幅され、とんでも本になるとは思ってもいなかった。なにしろ著者は私の引率で2、3回しか加納と話していない。加納がどんな人間だったのか、わかるはずもない。

■暴力団へのアンチテーゼとしてのキャラクター

 暴力団たちは、自由奔放にみえてガチガチの組織人である。そのアンチテーゼとして、加納の作られた伝説が存在した。加えてなにを書いても当人から文句を言われない。これほど都合のいい存在はなかった。演出はいつしか一人歩きし、創作は完全なるファンタジーとなった。

 理想のアウトローとして定着すると、その偶像が加納の生活を成り立たせるようになった。こうなるとどこまでも加納の連載をやめられなかった。ストップした途端、加納は時間をもてあまし、経済的に困窮する。どんなことがあっても、加納の連載だけは続ける必要があった。手を替え、品を替え、連載は続けられた。

 加納のおしゃべりをそのまま連載にしようと目論んだこともある。それができれば一番てっとり早い。しかし、話がどこまでも当たり前すぎて、その企画は中止した。加納の考えは典型的な戦中派のそれである。戦前教育そのもので、礼儀正しく、道徳的なことしか言わない。反米、反権力であっても、そこに目新しい視点はなかった。ありきたり、かつ、つまらない。加納とこういった話をしていると、本当にあくびが止まらない。そのうえ、戦中派らしい外国人蔑視をする。中国人、韓国・朝鮮人に対してはあからさまな偏見を持っている。

■生活のために自らの虚像を許容した

 フリーになってから、加納のことを書くときは、『実話時代』であっても、他誌であっても、すべてこちらで勝手に創作した。自分の名前を使う記事に関して、最初は印刷前に原稿のチェックを求めていた加納も、半年もしないうちになにも言わなくなった。

 加納の名前を使って稼いだ原稿料は、すべて加納に渡していた。そのあたりの現実は、加納にもはっきりみえていたのだろう。

(鈴木 智彦)

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