目の覚めるような野村佑希の活躍を、僕らは忘れないようにしよう

目の覚めるような野村佑希の活躍を、僕らは忘れないようにしよう

逆転サヨナラ二塁打を放った野村佑希

 球団発表によれば7日のオリックス戦で右手小指を骨折し、戦線離脱を余儀なくされた野村佑希は、8日、東京都内の病院で「関節内骨折骨片接合術」を受け、無事終了、「1週間程度の入院、全治3か月」の見通しであるという。虫垂炎で出遅れたビヤヌエバに代わって開幕スタメンを務め、チームに新風を吹き込んだ野村の挑戦はひとまず休止となった。

 僕らファイターズファンはいささか拍子抜けしている。異例の6月開幕、練習試合から数えるとほぼ1か月ホテル暮らしを強いられたせいなのか、ファイターズはぜんぜん元気がない。打てない。粘れない。繋がらない。足も使えない。一方でエラーが驚くほど多い。一球への執念がない。同じ相手に打たれる。

 苦しいチーム状況のなかで野村佑希は希望だった。

■あぁ、海に来たなー、それが野村佑希

 打線が機能しないから「近藤健介四球→中田翔長打」のところを回避されると、相手にプレッシャーがかけられない。淡々とアウトを重ねていくのだ。「同一カード6連戦」は怖ろしい仕組みだった。悪循環にハマると突破口が見出せない。

 野村佑希はまさに突破口の役割を果たしてくれた。空気がよどんで息苦しいとき、ガラガラッと窓を開けたらスーッと風が吹き込んできましたという感じ。海に行ったことあるでしょ。浜辺の駐車場でクルマを降りたら、潮風がドーンと身体に当たってくる、あぁ、海に来たなー、それが野村佑希。

 いやっほう!とみんな笑顔になる。“ジェームス”野村佑希が野球の楽しさをドーンとぶつけてきた。ジュークからハタチへ。大抜擢の開幕スタメンから本拠地のサヨナラ打ヒーローまで。僕らはずーっと見てきてシビレチャッタ。うまくいかないことのほうが多かったんだよ。相手の一流投手にあしらわれ、力が足りず、それでも自分の良さを信じて挑み続ける姿を見てきた。苦しいチーム状況のなかで野村佑希は希望だった。あぁ、こんな男がいるんだから北広島の新時代は最高だぞと思えた。

 それが全治3か月……。

 今、試合に出してやるのがいちばん伸びるんだけどなぁ。三振が体験になる。チャンスをフイにするのが体験になる。エラーが体験になる。もちろん成功が体験になる。僕らファンは細かな技術のことなんかわからないからね、「おお、ジェームス、満塁をフイにしてもめげずにやっとるわ」と思うだけ。「めげずにやっとる」は見ればわかるよ。野村は顔色を変えない。今、できることをやろうとする。

 まだ技術の幅はないから、できることが少ない。守備はもっと練習しないとなぁ。強い当たりで右手の指を骨折してしまうくらいだ。7日の試合、4回裏の映像を何度も見直したけど、どこで骨折したのかわかりにくい。結局、判断が遅れて若月健矢の打球にうまく入れなかったんだよ。これは練習量だ。練習すれば考えなくても身体が動くようになる。ルーキーイヤーの去年、左股関節亜脱臼で全治5か月のブランクを負ったのがもったいない。野村に野球をやらせたいなぁ。野球やればやるだけよくなるよ。

“ジェームス”野村佑希は風のように過ぎていった。

■“ジェームス”野村佑希劇場のプロローグ

 その目の覚めるような衝撃を僕らは忘れかねている。シビレチャッタヨネー。練習試合の巨人戦で左翼席にホームランを放ち、大いにアピールするが、この日は同期の万波中正が東京ドームのバルコニー席に特大の一発を放り込み、注目度では持っていかれた。開幕サードスタメンは横尾俊建と最後まで競った。プロとしての力量は現時点で横尾のほうが上じゃないかと思う。が、野村のほうがずっと迫力があった。

 野村の良さは肚がくくれるところだ。気持ちが強い。西川遥輝は「何を狙えばいいですか?」とスッと尋ねてきた野村の姿に強い印象を持った。そういうワカゾーはあんまりいない。“ジェームス”野村佑希は勝負師タイプだ。ポジションこそ違うが、僕の考えでは1年目のダルビッシュ有に似ている。持ってるもので勝負する。たぶん6月の練習試合で1軍の投手と当たって、自分の技術の足りなさに気づいたはずだ。技術が足りないときどうするか。これは選手を見るときすごく面白いポイントだ。

 足りないもののほうに意識が向いて自信なさそうになる選手がいる。慎重なタイプ。このタイプは例えば「守備なら1軍レベル」っていう風にひとつ自信をつければ変わっていく。

 野村の類型は「(足りないなら)足りてるとこで勝負するしかない」と考える。全部を追いかけない。今、持ち合わせている戦闘力で勝負する。自分の良さを信じる。躊躇なく一つに賭ける。

 そりゃもう秋まで見られないかと思うと残念でならない。だけど、これは“ジェームス”野村佑希劇場のプロローグなんだろうなと思う。ビヤヌエバの代役でチャンスをつかみ、ビヤヌエバの復帰戦で負傷交代するところが暗示的だ。

■最高の場面を僕らは忘れないようにしよう

 僕らは忘れないようにしよう。最高の場面を記事に残す。今季の本拠地初勝利だ。ソフトバンク戦、△●と来た第3戦、追いすがっても追いすがっても1点ビハインドまでしか行けない試合展開。ジリジリする。スコア7対8で、とうとう9回裏になってしまった。マウンドには高橋礼に代わって森唯斗。

 近藤四球、中田ヒットで無死1、2塁。が、そこからがいけない。渡邉諒バント失敗、清宮1ゴロで2死2、3塁。今季は打線が弱いのだが、こういう当たり前のことができないのも低迷の一因になっている。渡邉がしっかり送っていれば、清宮は外野フライでもゴロゴーでもサヨナラじゃないか。

 2死2、3塁。捕手・甲斐がマウンドに駆け寄る。1塁が空いている。意思の確認だ。白いマスクをつけたコーチも出てきた。野手も集まる。打者は7番、野村佑希。今日、ホームランを打っているが、打率.194のバッターだ。森唯斗は勝負を選択する。

“ジェームス”野村佑希は唇を結んで打席に立つ。バットを立てて構える。森はパで最高のクローザーだ。しかもこの勝負、カウントが面倒くさくなれば満塁にしてもいい。ピンチの場面ではあるけれど、精神的には見下(お)ろしていける。

 1球目、外のカットボール。これを野村は1塁側内野席にファウルした。野村は1球目から振れる。意識はインサイドアウト。

 捕手・甲斐は外角に意識をつけさせ、2球目思いきり内側に構えた。球種はストレート。森のパワーピッチ。これが甲斐の構えより真ん中に入った。野村は迷いがない。内側から叩く。打球は浅めに守ったセンターの頭を超え、ぐんぐん伸びてフェンス直撃。走者は2者生還して、9×-8のサヨナラ!! もうベンチがみんな飛び上がって、みんな飛び出していく。プロ入り初の大仕事をやってのけた野村をみんなでとり囲む。シビレチャッタヨネー。このときばかりはファイターズはソーシャルディスタンスを忘れてしまった。リアルハイタッチ! リアル頭ぽんぽん! あとで手洗い消毒だ。いやっほう!!

 ※この場面、僕はどこにいたかというと実は西武球場前駅のホームにいた。西武×オリックス3回戦を取材し、ガラガラの西武線で帰ろうとしていたのだ。さすが無観客試合ということで本数が少なかった。ホームで電車を待つ間、radikoで「HBCファイターズナイター」を聴いていた。そうしたら奇跡が起きたのだ。もう「ふぁぁ!!」とか、何だかわからない声を上げていた。で、ホームで2回、垂直跳びだ。まわりのライオンズの職員さんらしき女性が「ん?」という顔で見ていた。いい思い出だな。

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(えのきど いちろう)

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