多摩美のユーミン「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルトアワー」で“女王”に…22歳の胸中

多摩美のユーミン「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルトアワー」で“女王”に…22歳の胸中

松任谷由実 ©文藝春秋

広末涼子40歳 早稲田大に初登校「異例の囲み会見」から「出席ゼロ、5年生で退学」するまで から続く

 大学在学中から音楽活動をはじめた多摩美術大の荒井由実(当時)、慶應義塾大の竹内まりや。近年では関西大の矢井田瞳、立命館大の倉木麻衣、上智大のクリスタル ケイ、青山テルマらも同じ道を歩んだ。

 教育ジャーナリストの小林哲夫さんが上梓した『 女子学生はどう闘ってきたのか 』(サイゾー)から、多忙な彼女たちがどのようにミュージシャンとして活躍していったのか、その一端を紹介する。(全2回の2回目/ #1 から続く)

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■「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルトアワー」で80万枚

 女子学生でありながらミュージシャンとして活躍する姿は、その女子学生と同世代にとって誇るべきことであり、嬉しいものだ。

 ミュージシャンに女子学生が登場するのは、1960年代に入ってからだろう。

 東京大の加藤登紀子は1965年東京大在学中、日本アマチュアシャンソンコンクールで優勝して、翌年には「誰も誰も知らない」でデビューを飾っている。

 1972年、キャンディーズが結成された。メンバーの伊藤蘭は、73年に日本大に入学するが、「女子大生歌手」と騒がれることがあまりなかった。

 1970年代に入ると、フォーク、ニューミュージックと呼ばれる分野で女子学生が華々しい活躍を見せる。多摩美術大の荒井由実は1972年にデビューし、「ひこうき雲」「ミスリム」「コバルトアワー」を発売し合わせて80万枚が売れ、一女子学生ながら、「ニューミュージックの女王」と呼ばれる。『週刊現代』(――1976年2月5日号)がこんな見出し、リードを付けて伝えている。

「注目の女子大生歌手 布施明よりすごい女のコ 75年レコード売り上げNo.1は『シクラメンのかほり』の布施明でも、演歌じゃ日本一の北島三郎でもない。二十二歳の女子大生歌手だった。若者風俗そのままのやさしさが井上陽水を追い抜いた――われわれは無関心ではいられない」

 荒井が同誌のインタビューにこう答えている。

「音楽は趣味でやっているんです。プロ意識なんかないわ。喰うためにやったらいい音楽なんかできません。音楽で金を稼ごうなんて考えていないの。今は軌道に乗ってお金が入ってきますけど」

■慶應義塾大の竹内まりやがデビュー

 荒井由実の登場から少し遅れて、1978年、慶應義塾大の竹内まりやがデビューしている。1979年のシングル「SEPTEMBER」で日本レコード大賞新人賞を獲得した。

「SEPTEMBER」のコーラスアレンジの1人に東京女子体育大の宮川榮子がいた。彼女は、1980年、EPOとして「DOWN TOWN」でデビューする。フジテレビ『オレたちひょうきん族』のエンディングテーマとして、だれもが口ずさむほど売れた。EPOはこんな話をしている。「嫁入り道具のひとつとして普通の大学に行きたくなかったので体育大学を選んだの」??『週刊現代』1981年10月8日号

 体育大学に通う女子学生ミュージシャンには、しまざき由里がいた。1975年に東京女子体育大学に入学するが、すでに、『みなしごハッチ』の主題歌を唄っており、音楽歴は長い。大学入学後はドラマ『Gメン’75』のエンディングテーマを担当していた。

 1978年、青山学院大の学生を中心としたサザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でデビューした。キーボード担当の原由子は青学の女子学生だった。

 1980年代、ポプコン(ヤマハポピュラーソングコンテスト)出身の女子学生がデビューを果たしている。

 1982年、椙山女学園大の岡村孝子と加藤晴子のデュオグループ、あみんが、ポプコンで「待つわ」を歌いグランプリを受賞し、すぐにデビューした。「待つわ」は同年のオリコン年間売上1位となり、紅白歌合戦にも出場する。

 1983年、奈良女子大の辛島美登里はボプコンに近畿地区代表で出場、グランプリを獲得しており、同年の世界歌謡祭にも出場した。のちにクリスマスソングの定番となった「サイレント・イヴ」を大ヒットさせている。

■関西大のyaiko、立命館大の倉木麻衣

 1990年代、関西大の矢井田瞳(yaiko)がデビューしている。2000年に「My sweet darlin'」が大ヒットした。学生時代をこうふり返っている。「デビューして1〜2年はまだ大学生だったので、親から『卒業はしてね』って言葉では言われなかったですけど、すごいプレッシャーがあったし(笑)、私も卒業したかったので、月〜金曜は大阪で大学へ行って土〜日曜は東京で仕事という。で、どちらも頑張りたいと思っていたし、若さで乗り切りたい!みたいな感じだったので」――ネットマガジン『BARKS』2019年8月9日

 2000年代、立命館大の倉木麻衣は高校時代からデビューしていたが、大学入学後、音楽活動を中断することはなかった。こうふり返っている。

「両立の難しさは覚悟していたものの、やはりレコーディングと試験期間が重なってしまった時は特に大変でした。スタジオに教科書を持ち込んでテスト勉強をしたり、宿題をしたり。睡眠不足が続いてくじけそうになることもありましたが、周りのサポートで乗り切ることができました。欠席した授業のノートを貸してくれた友達、講義内容を丁寧にフォローしてくださった先生方には本当に感謝しています」――立命館大校友会ウェブサイト

■上智大のクリスタル ケイ、青山テルマ

 女子学生ミュージシャンのグローバル化が進んだ。その象徴的な大学が上智大だった。

 2004年、Crystal Kay(クリスタル・ケイ)が入学した。父はアフリカ系アメリカ人、母親は在日韓国人3世である。2007年、7枚目のアルバム「ALL YOURS」はオリコン初登場1位を記録し、Crystal Kayの伸びのある声に多くの音楽ファンは度肝を抜かれた。

 2006年、青山テルマが入学している。青山の父方の祖父はトリニダード・トバゴ人で、クオーターになる。2008年、「そばにいるね」でオリコン1位を獲得し、NHK紅白歌合戦に出場した。

 2人ともアメリカンスクール出身である。文部科学省の管轄外のアメリカンスクール、インターナショナルスクールなどから上智大に進み、在学中にミュージシャンとして活躍していた先輩たちがいる。アグネス・チャン、南沙織、西田ひかるなどだ。

■アイドルが早慶出身の女子学生に

 2010年代にはアイドルが女子学生になるケースが見られた。AKB48グループで活躍した女子学生を見てみよう。

 早稲田大の仲俣汐里は政治経済学部経済学科の学生ということもあって、『AKB48でもわかる経済の教科書』(――青志社)を菅下清廣(国際金融コンサルタント)との共著で刊行している。

 慶應義塾大の内山奈月はAKBの研究生時代、日本武道館のコンサートで日本国憲法を暗唱し、「憲法アイドル」と呼ばれた。のちに『憲法主義 条文には書かれていない本質』(――PHP研究所)を南野森(九州大教授)との共著で刊行する。内山は同書で、安倍政権の「解釈改憲」についてこう綴っている。

「解釈改憲が手軽に行えるとしてもそれを繰り返すことは非常に危険だ。解釈改憲を繰り返すうちに本来の憲法の意味がなくなってしまいかねないからである。(略)憲法の価値とは、『誰が草案を書いたのか』とか『草案の素晴らしさ』がそれを決めているのではない。その憲法が『その国に根づいているか』『安定しているか』『運用されてきたか』ということが、その憲法の価値を定めているのだ。そういった観点から見て、日本国憲法は素晴らしい憲法であると思う」

 女子学生アイドルが改憲反対を訴えた、とも読みとれる。これも社会と向き合い闘っていると言えるのかもしれない。

(小林 哲夫)

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