「開けないのなら5分後にドアを爆破する」違法賭博が白昼堂々行われる釜ヶ崎で起きた事件

「開けないのなら5分後にドアを爆破する」違法賭博が白昼堂々行われる釜ヶ崎で起きた事件

©iStock.com

実録! 「飛田新地」をシノギにしている「ヤクザ」がいない理由 から続く

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所、そして大阪府西成に居を構え、東西のヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは――暴力団との関係が色濃い西成という街について、著作『 潜入ルポ ヤクザの修羅場 』(文春新書)から一部を抜粋する。

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■釜ヶ崎の危険エリア

 西成のもう一つのエリア――飛田新地の西側にある通称・釜ヶ崎(あいりん地区)の取材は、ひたすら足を運んだ。ここでは違法・合法問わず、あらゆるものが販売されていた。週末の泥棒市程度なら、観光ついでに出かけても、そう問題は起きないだろう。ただしこのあたりも写真は御法度である。すぐあちこちから怒鳴られる。かなりの確率でトラブルになる。

 JR新今宮駅近くのハローワークあいりん労働(通称・センター)からちょっと入った場所では、向精神薬や睡眠薬、覚せい剤や麻薬などがおおっぴらに売買されていた。朝早くの時間は、煙草が1割引で車上販売されていて、たぶんこれは盗品だろう。ハルシオン(睡眠導入剤)程度ならおっちゃんが路上でやっているフリーマーケットにも並ぶ。1錠100円が相場である。

 違法の度合いが増すほど、売買の主流は不法占拠の屋台に移る。こうしたエリアに踏み込むときは、それなりの覚悟をして行くべきだ。取材と分かれば怒鳴られるだけではすまない。観光気分で出かけたら危ない。

■暴力団の見張りによって守られる場所

 密売所や公営ギャンブルのノミ屋(ハコ屋)、偽ブランド品の販売所などは、もっとも厳しい警戒が行われている。グーグルのストリートビューで我慢しておくのが賢明だ。ストリートビューにも映っているが、道路の真ん中にパイプ椅子を置き、侵入者に目を光らせているのがシキ張り――暴力団たちの見張り役である。近くになんらかの違法なエリアがあると考えて差し支えない。シキ張りには原付バイクに乗った部隊もいて、明らかなよそ者はすぐ「なにしてん?」と質問される。

 一番危ないのはハコ屋の並ぶ一角で、カメラが見つかったら、取り上げられるのはもちろん、身の安全は保証できない。センター付近ならカメラを隠し、ノーファインダーで撮影していても見逃されるが、この一帯では厳重なシキ張りがにらみをきかせている。警察官が同行してくれない限り無理だろう。やってみれば分かる。本気ですすめない。

 ハコ屋の絶頂期は、ちょうど私が飛田に部屋を借りていた2000年前半で、当時は30店あまりのハコ屋があった。景気の悪化と3連単の登場によって、次第に客足が減り、いまは3分の1程度になっている。3連単は配当が大きいので、たった100円張られてもかなりの損失になるのだ。ハコ屋に来る客はみな万馬券狙いのため、かなりの資金力がないと、公営ギャンブル通りのオッズでは経営が成り立たなくなった。

■違法賭博の現場

 一度だけ、このハコ屋に入ったことがある。地元の暴力団たちから「西成に馴染んできたねぇ」とお世辞を言われ、調子に乗ってその勢いのまま、よれよれのジャージとサンダルを履いて出かけた。内部はまるでアミューズメントパークで、ここが違法な空間であるとは思えないほど綺麗で清潔だった。カウンターには『売り子』と呼ばれる女性がいて、チケットを販売したり、払い戻しをしていた。たしか制服……のようなコスチュームを着ていたように記憶している。

 全国の公営賭博を扱うため、十数台のテレビが置いてあって、その迫力に圧倒された。メシや飲み物もタダだったが、胸がドキドキしてしまい、3レースだけ張って帰った。結果は負けで、これだけの施設が黙認されていることに驚いた。

■ハコ屋の非常口を爆破

 実際、摘発されたら逃げようがない。

 2010年10月6日、一帯で最大規模のハコ屋が摘発されたとき、店側はすぐに頑丈な鉄の扉を閉め切ってしまい、一切応答しなかった。警察はかねてから用意していた捜査一課の特殊班「MAAT」を投入し、「ここを開けないのなら5分後にドアを爆破する」と宣言、非常口を爆破している。挙げられたのは、警察庁長官が「壊滅作戦」を直々に指示するなど、徹底的な取り締まりを受けている山口組の主流派弘道会が経営している店だ。店の従業員や客など合計100名以上の人間が西成署に連行され、現金約500万円が押収されたが、すぐ近くのハコ屋の関係者がいて、「なんでお前がここにおるんや」とどやしつけられたらしい。

 暴力団がこうした取材に協力してくれることはまずない。

「そこは触らんほうがええ」

 と、やんわり、しかし、はっきり拒絶される。警察も苦い顔をする。違法なシノギはかなり正確に把握しているようで、現状はあくまで黙認なのだ。マスコミにそれを書かれたら、建前上、検挙しなくてはならなくなる。敵味方の双方から嫌がられる。

 西成署近くの路上では、ときどき公道で堂々と路上賭博をやっているが、これが最もピリピリしている。何度も写真を撮ろうと努力したが、断念せざるを得なかった。当然カメラはバッグなどの一部を切り取り、そこからレンズだけを出して盗撮する。しかし、囲まれて荷物を調べられたら終わりだ。

■覚せい剤の売人と接触

 覚せい剤の密売は、飛田新地と太子の交差点から近い、とある通りで行われている。売り子がたむろしており、走って来た車に人差し指を立てて合図するからすぐに分かる。1万円で小分けされた覚せい剤、通称パケが買える。まるでドライブスルー感覚で、何度も掃討作戦が行われた。しかし、どれだけ取り締まりをしても、密売人はこの場所から離れない。

「ここに来れば一見でもシャブが買えると浸透しているから、移動するわけにはいかん」

 のちのち当事者にオフレコ取材することが出来たが、この組は山口組内部の権力闘争に敗れ解散した。

 覚せい剤に関して、日本の取り締まりは建前論すぎる。1990年代後半から、遅れてきた覚せい剤ブームがやってきたアメリカでは、深刻な社会問題となっており、覚せい剤であるメタンフェタミンは“メス”と呼ばれ、驚異的なスピードでコカインやクラックを駆逐した。取り締まりを繰り返してもいたちごっこで、強烈な依存症から立ち直るための離脱プログラムや、医療的に依存症を克服するための臨床研究が行われている。どれだけ量刑を重くしても、覚せい剤乱用者は減らない。たとえ死刑まで引き上げても、逮捕者はゼロにならない。麻薬・覚せい剤を根絶するためには、建前論だけで対処していても無意味だ。刑事罰より依存症克服のために予算を使うべきである。

 現在、覚せい剤事犯によって刑務所に服役している受刑者は、かなりの数になっているという。裁判を傍聴すれば、その実態がわかるはずだ。暴力団たちは「半分以上がシャブや」と、体感している。再犯率も高い。受刑者に対する費用はすべて税金によってまかなわれる。悪質な犯罪者を刑務所にぶち込むのはもちろんだが、依存症を克服し、再犯を防ぐための取り組みが欠かせない。

■覚せい剤売人との接触

 西成にいると、覚せい剤が生活のすぐ近くで広く蔓延している事実に驚愕させられる。臭いものに蓋をしているだけでは、多くの犯罪者、言い換えれば犠牲者が出る。

 こうした取材は、協力が得られないとはいっても、実話誌が「ついに成功! 密売の現場に極秘潜入!」などと値打ちをつけて煽り立てるほどは難しくない。売人とは案外、簡単に接触できる。当時、ネタ元にしていた売人は先輩ルポライターや朝日新聞の記者も接触していたし、彼自身が覚せい剤のユーザーとわかったので、新しい売人を捜そうとした。私が試したのは当時流行していたインターネットの売買だ。

 その手の掲示板はすぐ見つかって、何人かにメールをした。一番信用できそうな人間と約束を取り付けた。

「西成は危ないからミナミまで出てきてくれますか?」

 国道25号線沿いにあったファミリーマートが指定場所だった。カメラマンを待機させ、車で待った。売人は約束の時間、きっかりに来た。乗っていたスバルレガシィは他府県のナンバーだった。

■悪人には見えない風体

 売人が私の車に乗り込んでくる。やせ形でカジュアルな服装だが、悪人には見えない。もちろん購入するわけにはいかないので、「金が用意できなかった」と言い訳した。

「不特定多数を相手にして危なくないんですか?」

「電話でだいたい分かるからね。あんたシャブ行くんだろ? そんなふうには見えないなぁ〜」

 もっと質問しようと思ったら「金が用意できない時は電話してよ」と注意された。

「話をきかせてもらえません?」

「あんた……警察?」

「違いますよ。ただ興味があるだけです」

 白々しい嘘が通用するはずもなかった。売人はさっさと車を降り、去っていった。

 どうしてネタ元になってくれたのか……といえば、売人が私の車に携帯電話を忘れたからである。売人にとって携帯は顧客のデータがぎっしりつまった商売の必需品だ。

 5分もしないうちに電話がかかってきた。

「……さっきの人?」

「そうです」

「電話取りに行きたいんだけど……」

「いいけど、ちょっとだけでいいから話を聞かせてもらえませんか?」

「なんで?」

「取引しましょう。実は取材なんです。ケツ持ちに電話しないでくださいね。あなたたちのシノギを邪魔する気はありません」

 タクシーで後をついてきているカメラマンが私の安全保障だった。なにかあればすぐ警察に通報するよう指示していた。道路の反対側には交番がある。売人にとっては嫌な場所だったろう。

■ウィークリーマンションに住まう売人

 それから数回、この売人と接触した。ミナミの大国町のウイークリーマンションが彼の部屋だった。バックにはやはり山口組系の暴力団がいた。窓口になっている組員はあらかじめ絶縁されていて、逮捕されても組織の名前が出ないよう、用意周到に細工がされていた。

 最後には、ケツ持ちの組長とも焼き肉屋でメシを食った。

「余計なお世話やろうけど、無茶な取材やで……」

 言われてみればその通りだった。しかし暴力団ルートでは、こうした取材は不可能だ。

 現在、ネット売買はいっそう巧妙になっている。いつかは足がつくのだが、プロキシをいくつも通し、外国のサーバーを経由されたら、ネットの痕跡から密売人を辿ることは実質、不可能に近い。インターポールは、一国の末端の覚せい剤売買の検挙を手助けするほどヒマではない。これを摘発するのはおとり捜査しかない。

(鈴木 智彦)

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