山田哲人“国内FA権獲得”で思う「もし他球団に移籍したら彼を素直に“応燕”できるのだろうか?」

山田哲人“国内FA権獲得”で思う「もし他球団に移籍したら彼を素直に“応燕”できるのだろうか?」

山田哲人 ©文藝春秋

■山田哲人、青木宣親――新旧背番号《1》の夢の競演

 守備を終えたヤクルトナインがベンチに戻ってくる。ナインを鼓舞するかのように、グラブを叩きながら青木宣親が白い歯をこぼす。セカンドからは山田哲人が小走りに駆け寄ってくる。その光景を見るたびに、何とも言えない幸せな気持ちになる。

 青木宣親と山田哲人――。「新旧背番号《1》」の夢の競演が日々、グラウンドで展開されているのである。青木も山田も、スター選手ならではの堂々たるたたずまいだ。今から20年近く前、21世紀はじめの光景が、ふと頭をよぎる。この頃、ヤクルトベンチには現在同様、「新旧背番号《1》」が肩を並べていた。

 岩村明憲と池山隆寛――。01年に背番号《1》を背負った岩村は、成長著しい主力選手として大活躍。見事にこの年の日本一の立役者となった。そして、かつてこの番号を身につけていた池山は、ボロボロの身体を引きずりながら満身創痍でプレーを続けていた。さらにこの頃には、「元祖背番号《1》」と言っても過言ではない、若松勉が監督を務めており、テレビ中継においてヤクルトベンチが映るたびに、若松、池山、岩村と続く「背番号《1》の系譜」にうっとりとしたものだった。

 背番号《1》を背負って、右に左にヒットを連発する若松に魅せられて以来、「背番号《1》の系譜」に声援を送り続けて40年が経った。ヤクルトの背番号《1》はみな、本当にカッコよかった。今年は青木も山田も、それぞれが主力選手として日々奮闘している。こんなに喜ばしいことはない。選ばれし者だけが身につけることの許される背番号《1》が、僕は大好きなのだ。

■そして山田は、国内FA権を獲得

 9月3日、山田の出場選手登録日数が8年に達した。この日、山田は国内FA権を獲得。つまりは、国内のどのチームにも移籍することができる権利を手にしたのだ。今季開幕前から、山田のFA権獲得についての憶測記事は飛び交っていた。そして、この日以降、さらにその流れは加速する。

 移籍先の候補として、巨人、ソフトバンク、そして楽天などの名前が挙げられ、それぞれにもっともらしい推測が述べられている。ヤクルトファンとしてはもちろん、山田本人の口から「生涯スワローズ宣言」を聞きたい。でも、長年にわたって奮闘した選手の正当な権利として、山田が他球団のユニフォームを選択する可能性があることも覚悟している自分がいるのも事実だ。

 ……そこで、ふと思う。

(もしも山田が他球団に移籍したとしたら、僕は彼を応援できるだろうか?)

 改めておさらいしたい。ヤクルトにおける「背番号《1》の系譜」は、前述したように、若松勉から池山隆寛に託され、その後は岩村明憲、青木宣親と続き、現在の山田哲人へと受け継がれてきた。つまり、昭和時代のスターだった若松さん、池山さんは「ヤクルトひと筋」の現役生活を過ごし、ともに古巣の指導者としてスワローズに貢献してきた。

 有望選手が続々と海を渡っていた平成中期になると、ヤクルトだけでなく、すでに日本を代表する名選手となっていた岩村、青木両選手はともにメジャーリーガーとなった。衛星放送を通じて日本に届けられる彼らの姿はカッコよかった。異国の地で奮闘する岩村や青木の雄姿を見ながら、「ミスタースワローズの意地と誇りを見せつけてやれ!」と素直に応援することができた。

 そうなのだ。昭和の若松、池山は「ヤクルトひと筋」、平成の岩村、青木は「ヤクルト発MLB行き」で、いずれも国内他球団のユニフォームに袖を通していないのである。厳密に言えば、岩村はMLBから日本球界に復帰した際に楽天のユニフォームを着ている。けれども、このときのことを本人に尋ねると「本当はヤクルトに戻りたかったけど、それがかなわなかった」と岩村は言っていたのでノーカウント。

 これまでの歴代背番号《1》の面々は、「ヤクルト」と「メジャー」の二択であり、「国内他球団」は存在しなかった。もしも山田が初のケースとなってしまったとしたら、僕は素直に彼を応援できるのだろうか? ここで、僕の心の中の菅官房長官が「仮定の質問にはお答えしかねる」とそっけなく答えるものの、それでも不安はぬぐえない。……あぁ、山田の去就は一体、どうなってしまうのだろう?

■山田の発言は何を意味するものなのか?

 前述したように、シーズン中盤を過ぎたばかりにもかかわらず、山田の去就に関する記事はこれからもどんどん増え続けていくことだろう。端的に言ってしまえば、僕が今書いているこのコラムもまたその一つにすぎない。でも、外野からの余計な雑音をとことんシャットアウトして、今はただ目の前の白球に集中してほしい。

 国内FA権を獲得したことを報じる日刊スポーツ(20年9月4日付)には、こんな一節があった。

“プロ10年目を迎え「ヤクルトにドラフトされて本当に良かったと思います。環境だったり、人と人との縁だったり、自分は恵まれていると思います」とコメントした。”

 山田のこの発言は、どんな意味を持つものなのか? 何も他意のない純粋な思いを述べただけのものなのか、それとも「ファンのみなさん、安心してください。今はまだ公言できないけど、僕の心は決まっています。えぇ、もちろん生涯ヤクルトです!」という全61文字の熱き思いを意味するものなのか? 考えても答えが出る問いではないとわかりつつ、僕は何度もこの一文を心の中で反芻し、煩悶を繰り返す。

 ……そんなことより、今日も試合だ。広島先発・森下暢仁相手に、山田はどんなバッティングを見せてくれるのだろう? 僕らはただ応援するだけだ。来年も再来年も、背番号《1》の正統継承者として、山田哲人を応援し続けるだけだ。3年契約最終年となる青木、国内FA権を獲得した山田。心配の種は尽きない。心の中の菅官房長官は「ご心配には当たらない」と木で鼻をくくったように答えてくれるだろうか? いやいや、余計なことなど考えず、僕らは今日も黙って応援するだけだ、コロナ禍だけに。

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2020」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト https://bunshun.jp/articles/39905 でHITボタンを押してください。

(長谷川 晶一)

関連記事(外部サイト)