日本のメディアは政治権力に対して「どうして?」を問わなくなった

日本のメディアは政治権力に対して「どうして?」を問わなくなった

©山元茂樹/文藝春秋

 いま政治ドキュメンタリーがひそかなブームになっている。

 無名の野党議員・小川淳也衆院議員の初出馬から現在までの政治活動を追った映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)が異例のロングラン。上映館は全国に広がり、観客動員数は3万を超えたという。富山市議会の政務活動費不正をめぐるドキュメンタリー『はりぼて』も話題だ。

 ノンフィクションの書籍では、小池百合子都知事の半生を描いた『 女帝 』(石井妙子)がベストセラーとなった。

 一方、国政では菅義偉総理が誕生。そのかげで野党の合流新党「立憲民主党」が発足した。

 政治とメディアの関係、そして与野党のあり方について、ともに永田町の外から政治を描いた石井妙子、大島新両氏に聞いた。(全2回の1回目。 後編 を読む)

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■小池都知事は「その読み物は読んでおりません」

大島 『 女帝 』、すごいですね。発行20万部だとか。

石井 数字を言われても何だか現実味がなくて……。本当にいろんな方が読んでくださっていて、ありがたいことなんですけど。

大島 小池百合子さん本人は読んだんですかね。

石井 7月の都知事選開票番組で、池上彰さんがご本人に聞いたときは、はぐらかしていました。都議会で「読みましたか」と質問された時には「その読み物は読んでおりません」と答えていましたね。

大島 読み物、ですか。

石井 はい(笑)。大島さんの作品『なぜ君は総理大臣になれないのか』は野党議員の小川淳也さんを17年にわたって追ったドキュメンタリーですけれど、ご本人はご覧になってどんな感想をお持ちになったのでしょうか?

大島 いや彼、まだ観ていないんですよ。公開最終日に観るとか言って。

石井 そうなんですか。

大島 でも永田町の、特に野党議員の方々には観てくださった方も多いみたいです。合流新党代表選で戦った枝野幸男さんも泉健太さんもご覧になったそうです。あと、劇場公開しているポレポレ東中野に、菅直人さんがわざわざ並んでいたらしい(笑)。

?

石井 私が『女帝』を、大島さんが『なぜ君は総理大臣になれないのか』を発表したのはほぼ同じ時期でしたよね。これまでお互い政治を主題にすることはなかったのに、この偶然は何だろうって驚きました。

大島 しかも僕の映画でも小池さんは重要人物。小川さんは小池さんによって振り回された存在でしたから。

石井 2017年総選挙での「希望の党騒動」ですね。小池さんが立ち上げた希望の党に、当時小川さんが所属していた民進党が合流。ところが小池さんは全員を受け入れることはないと明言、政策の一致しない人は「排除します」と発言して、民進党は分裂してしまいました。

大島 まさにこの流れが、小川さんに密着した甲斐のある場面の連続になるわけです。こう言ってはなんだけど、小池さんのおかげで映画が面白くなったところはあって。

■「高校で同学年だった小川くんが出馬するらしい」と妻が

石井 それにしても、どうして小川淳也さんという政治家を取り上げようと思ったんですか?

大島 小川さんを、というよりまず、政治家を撮ってみたかったんです。いろんな人物ドキュメンタリーをやっていると、自然といろんな職業の人を見てみたいって思うようになるんですが、中でも政治家には興味があった。でもフリーの立場からすると、なかなかアクセスのしにくい人たちで。

石井 人脈といったルートがないと、深くは入り込めない世界ですよね。

大島 そうです、報道の政治担当だったりすれば別ですが、そうでなければ入りにくい。ところが2003年、小川さんが総務省を辞めて民主党から初出馬するときに僕の妻が「高校で同学年だった小川くんが、家族の猛反対を押し切って出馬するらしい」と。それで、初出馬で妻の縁もある人なら近づきやすいだろうと、彼のこともよく知らずにスケベ根性で会ってみたのが最初です。それから付き合いが続いて、発表のあてもなくカメラを回したり、回さずに会ったりを繰り返していました。

■映画にしたいと思った直接的なきっかけは

石井 政治家という職業への興味から、小川淳也という一人の野党政治家に出会い、興味を持ったわけですか。では、映画にしたいと思った直接的なきっかけはあるんですか?

大島 小川さんって「社会を変えなきゃいけない、日本を変えなきゃいけない」と目をキラキラさせて言い続けて、政策通であることを自分の強みとして訴えかける人なんです。逆に政局や政治家としての世渡りに関してはちょっと鈍いところがある。それは映画でも見せているつもりなんですけど、彼と付き合っていると単純に思うんですよ、「なんでこんなに真面目でまっとうな政治家がうまくいかないんだろう?」って。民主党が民進党に変わったのが2016年ですが、ちょうどその頃かな「こんなダメな野党の中でさえ、どうして小川淳也は出世できないのか?」と。その単純な「どうして?」が小川さんで作品を作ってみようと思ったきっかけです。

石井 映画を観ていて不思議だなと思ったのは、小川さんって選挙区じゃなく比例で当選したことを負い目のように語るところ。比例だから発言権がないとか、党の中で力が持てないとか。でもそこに格差があるなんて国民は思っていない。国会議員なんだから一緒でしょ、と。謙虚すぎて歯がゆく思う部分もありました(笑)。

大島 今回の合流新党でも、若手議員を中心に小川さんを代表候補として担ぐ声があったそうです。ただ、結局は選挙区当選でないことを理由に手を挙げなかった。僕も彼に言ったんですよ。そこは気にしなくていいんじゃないか、比例は選挙区に比べて一段低いなんてルールはどこにもないんだからって。でも彼は、自分で色々と分析してブレーキをかけてしまう。それで突破力を自分で削いでしまっている。そういうところは誠実さの裏返しでもあるんですが、まさにこんな真面目な人がどうして政治家としてうまくいかないんだろうって思って撮影していました。

■「どうして? どうして?」と謎を追うようにして

石井 私の場合の「どうして?」は大島さんと真逆で、「どうしてこの人が出世しちゃうの?」でした。小池百合子という人は、どうして男性社会の政治の世界でのし上がり、自民党総裁選にも出馬し、東京都知事というトップにまで登り詰めていけたのか。いったいこの政界という場所は、どんな理屈で動いているのか。「どうして?」と思うことばかりで。その一方で、「どうして?」と思うのは、私が政界に通じていないからなのかな、とも思ったり。

大島 お互い政治記者でもジャーナリストでもないことが強みになっているのかも知れませんね。僕もこの作品を撮りながら、つくづく政治の世界には「王様は裸」的な虚像が溢れていると感じました。だから、下手に政治に通じていると見えなくなるものがたくさんある。

石井 知らないからこそ「どうして?」が出るんでしょうね。

大島 その意味で『女帝』を読んであらためて思ったのは、小池さんの一貫性のなさ。政治の世界では「遊泳術」は常套手段かもしれませんが、小川さん的に言うと「政治家は信念を持たなければならない」はずで、本当は変ですよね。小池さんの場合は、細川護熙、小沢一郎、小泉純一郎と「隣の席」の人を次々と変えていくでしょう。全くタイプの違う政治家を渡り歩くところなんか、象徴的で。

石井 そうなんですよね。それでどうして、うまくいってしまうのかがわからない(笑)。だからこそ、「どうして? どうして?」と謎を追うようにして詳しく書けたというところはあるかもしれません。この女性はいったい、どういう人間なのか。その答えを見つけたかった。

■共感から「このままでは難しいだろうな」に変わった

大島 取材対象者への距離感でいうと、僕の場合は最初は共感から始まったんです。年代も近いし、言っていることも正しい。でもだんだん、このまま青臭すぎることを訴えているだけでは、政治の世界ではやっていけないだろうなって思うようになって、共感から「このままでは難しいだろうな」って気持ちに変わったんです。それでタイトルも「なぜ君は総理大臣になれないのか」に。

石井 取材を始めた頃、大島さんが最初に提案したタイトルは「それでも政治家になりたい」だったんですよね。それに対して小川さんは「このタイトルには、ちょっと違和感がある」と切々と大島さんに訴える。「世の中をこう変えたい」という強い意志があって、それをしたいから官僚を辞めて政治家になった、地位を欲しているわけじゃないんだ、と。青いといえば、青いのかもしれませんが、誠実さは伝わってきました。

大島 どうしてこの人が政治の世界でうまくいかないんだろう、というのは『女帝』に出てくる小林興起さんにも感じたんです。郵政選挙のときに政策として真面目に考えぬいて「郵政民営化反対」を唱えたのが小林さん。そこに「刺客」として小泉さんに放たれたのが小池さん。

■真面目な人が不遇というのはやるせない話です

石井 小林さんは世襲議員でもなく、地盤も看板もない官僚出身者で政策通。そういう点では小川さんと似ていますよね。キャラクターはだいぶ違うように思いますが(笑)。小林さんは、政策を訴えて小池さんと戦おうとした。取材時、小林さんがおっしゃっていました。メディア、特にテレビでの報道のされ方が恐ろしかったそうです。政策論なんて、まったく取り上げてもらえず、容姿で判断されてしまった。「クリーンできれいな女性政治家」小池百合子、片や「悪代官みたいな顔をした脂ぎったおじさん」小林興起、と対立的に顔をフレームアップして報道され続けた、と。

大島 政策論に触れないんですよね。

石井 小林さんは郵政民営化法案の一部に問題があると感じ、反対する立場を取った。すると女刺客として、自分の選挙区に小池百合子が送られてきた。小林さんは郵政民営化に賛成する小池さんに政策論争を持ちかけるのですが、「法案を読んでない」と一蹴される。「だって私は大臣なんだから、忙しくて読む暇なかったのよ」と。

大島 そこが小池さんの強さですよね。

石井 これがまた報じられないし、国民も気にもしない。表面的なところだけすくい取り、それを消費して、面白がる。深い考えから真面目に政策を語ったり、意見を述べても得にはならなくて、むしろ損をする。派手なパフォーマンスが受ける。

大島 真面目な人が不遇というのは政治の世界に限らないとはいえ、やるせない話です。

■「なれなかった自分」を小池さんに投影している方も

石井 自分の考えや意見を読者に押し付けないように書きたいと、いつも思っているのですが、私の「どうして?」という感情が今回の『女帝』には色濃く表れたかもしれません。でも、読者の反応は思ったよりも幅広くて。先日、びっくりしたのは「これはハウツー本ですね。男社会を生き抜く女性にとっての生き方バイブルです!」という声でした。

大島 それはすごいですね。あれがサクセスストーリーとして純粋に受け止められるのか。

石井 あと、痛快だったという声も。小池さんが築地市場移転問題で石原慎太郎さんを追い込むあたりだとか、男の人たちをやっつけていく感じが「読んでいて痛快」だった、と。小池百合子という人物がトップとして政治を動かしていることに警鐘を鳴らす本として受け止める方もいれば、小池さんを後押しする本として読まれる方もいる。

大島 ベストセラーになるというのは、そういうことなんでしょうかね。

石井 さまざまな反応を見ていて、「なれなかった自分」を小池さんに投影している方も多いのだな、と気づきました。女性であることで活躍する機会を奪われたと感じてきた人たち、男社会の中で忸怩たる思いを抱いて生きてきた女性たち。

大島 本の中で、小池さんと親交のあった実業家の奥谷禮子さんがこう語っていましたよね。「私の世代で仕事をしている女性というのは、これ、という一芸を持っている人たちが多い。小説家だとか、漫画家だとか。そうでないとなかなか難しい。でも、小池さんには深い専門性はなかった。だから彼女は必然的に『とらばーゆ』を繰り返すんだと思って見ていました」と。

■強いものの側に自分もいると思いたい人が増えている

石井 小池さん自身に本業といえるものがないわけですよね。技芸で生きているわけではないし、実業家でもない。容姿を含めた自分自身のキャラクターを売り物としていました。知識や技を深めていく職業なら腰を据えられますが、そうでないと次々と居場所を変えて生き抜いていくことになる。女性に就職の機会を与えなかった社会の問題でもあると思いますが。

大島 とはいえ、純粋に憧れの対象として『女帝』が読まれるというのも驚く話ですね。彼女のカイロ大学首席卒業疑惑といい、表と裏の顔の使い分けといい、小池百合子という人物の虚飾を丹念に描き、世の中がミスリードされないように本当のことを伝えようとしているのに。

石井 平成時代になって、世の中全体が虚飾化しているんでしょうか。有名人や成功者に対して無条件に憧れる、あるいは拝金主義的な価値観もすごく強くなっているように感じられます。言い方を変えれば、強いものの側に自分もいると思いたい人が増えているというか。自民党がどんどん強くなっていった理由も、こうしたところにあるのでしょうか。

大島 そうですね、小川さんの選挙を撮影して回っていると、対する自民党候補の事務所なんか安倍さんのポスター一色なんです。とにかく自民党だから入れましょう、人気のある安倍総理の下で自民党候補やってます、という感じ。

■「どうして?」とメディアが思わなくなってしまったら

石井 勝ち馬に乗る、長いものに巻かれることに慣れてしまうと、健全な批判意識は生まれなくなりますよね。最近、世の中が批判することに対して批判的になっているなと思うんです。「そんなに人を悪く言うなんて」と。『女帝』の感想として、「学歴詐称なんて、そんな過去のことどうでもいいじゃないか。都知事にまでなった人なんだから」「コロナで頑張っている都知事を批判するなんて許せない」という意見もありました。

大島 確かに危険な兆候という気はしますね。長いもの、つまり権力のあるものに対して常に「どうして?」とメディアが思わなくなってしまったらおしまいですよ。

石井 小池さんのカイロ時代の同居人で、「小池さんはカイロ大学を卒業していない」という重要な証言してくれた早川玲子さん(仮名)さんも「どうして?」という思いを抱いている方でした。早川さんは最初、ある新聞社に「小池百合子さんは学歴を詐称している」という告発の手紙を送ったんですね。でも、何の返事もなくて、それで私に宛てて手紙を下さった。私からも返事がなかったら、もう日本人に真実を伝えることは諦めよう、と思っていたそうです。カイロ在住歴の長い早川さんに、私は何度も、聞かれました。「日本のメディアはどうして、真実を知ろうとしないんですか」「日本もエジプトと同じように権力者の批判はできない国になったんですか」と。

 メディアだけでなく、「どうして?」という疑問を持って生きている人が少なくなっているように思います。でも、だからこそ、「どうして?」という問いを発し続ける必要があるんでしょうね。

写真=山元茂樹/文藝春秋

INFORMATION

映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」公式サイト
http://www.nazekimi.com/

9月26日(土)夜8時より、オンライン上映会開催(スペシャルトーク付き) ※10月2日(金)24時までアーアイブで視聴可能
http://www.nazekimi.com/#online

なぜ野党議員のドキュメンタリー映画で「泣ける」という感想が多いのか へ続く

(石井 妙子,大島 新)

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