「楽するなよ」 西武・上本達之コーチの教えは僕の“大将”萩本欽一と同じだった

「楽するなよ」 西武・上本達之コーチの教えは僕の“大将”萩本欽一と同じだった

中熊大智(テレビ埼玉「ライオンズチャンネル」提供)

 今年は新型コロナウイルスの影響で補強期限が9月30日に繰り下げられたなか、育成選手から支配下登録されるかどうか、注目していた選手がライオンズにいました。右投げ左打ちの捕手、中熊大智。他球団のファンには知られていないかもしれませんが、僕(あさりど・堀口文宏)が「ランディ・バースになるかもしれない!」と唱えている選手です。

 中熊選手は2018年の育成ドラフト3位で指名され、僕が初めて見たのは同年12月の新入団選手発表会でした。500人のライオンズファンが招待され、特に注目を集めたのはドラフト1位の松本航や2位の渡邉勇太朗。この年のライオンズには10人の新人が入団し、最後に登場したのが中熊選手でした。

 外見的に、インパクトがすごかったんです。角刈り。貫禄がある顔。都会の洗練された雰囲気はゼロ。この人はどこから出てきたんだろう思ったら、熊本でした。10代で東京に出てきた少年が銀座の寿司屋で何年か修行して、「寿司屋の大将としてこれから独り立ちします」みたいなイメージです。

 会場にはご家族もいらっしゃり、お父さんと妹さんもそっくりでした。ライオンズにはそんなインパクトがある選手があまりいなかったので、これから注目して見ていこうと思いました。

■寿司屋の大将からバースへ

 年が明けた1月。新人合同自主トレを見に行くと、ランニングでは周回遅れになっています。でも、挨拶は人一倍しっかりできる。他のルーキーたちは「おはようございます」と言う声が小さくて恥ずかしくしているように感じる一方、中熊選手はこっちを真っすぐ見て「おはようございます」としっかり言う。でも、ニコリともしない。そんなキャラクターが見ていてすごく楽しいんです。

「ああいう選手が後々に打撃開眼して、ランディ・バースみたいになるかもしれないですよ」

 僕は何の根拠もなく、興味本位でそんなことをテレビ埼玉「ライオンズチャンネル」のプロデューサーさん(当時)と話していました。

 そんなキャラが僕らの中で一変したのが、2カ月後のことです。まだ西武第二球場が新しくなる前の室内練習場に取材に行くと、そのプロデューサーさんが飛んできて言うんです。

「堀口さん、ただちに中熊選手にインタビューしたいくらい、バッティングがすごくいいです!」

 慌てて見にいくと、確かにすごい。ライトに引っ張って強い打球を打ったかと思えば、逆方向に鋭いライナーを飛ばす。アウトコースのボールになる変化球には、パッと止まることもできます。外見から、ガツーンと思い切り振る姿をイメージしていたのが、すごく柔らかいバッティングなんです。

「これは冗談じゃなく、バースになるかもしれないですね。バースはホームランだけでなく、逆方向にヒットも打つじゃないですか。バースになるんじゃないですか。入団したとき、僕らが『寿司屋の大将』なんて言っていた人が!」

 ドラフトで指名された際、担当スカウトだった後藤光貴さんのコメントを改めて見ると、「広角に打ち分けられる打撃センスを持っている捕手」とありました。経歴を見ると、ヤクルトの村上宗隆選手を育てた九州学院高校出身。卒業後は山口の徳山大学に進み、2年秋と4年春に首位打者を獲っています。大卒で育成入団ということは、おそらく何か一つ秀でたところを評価されたのでしょう。それがバッティングセンスだったんだなと、期待を膨らませました。

■「楽するなよ」に込められた意味

 1年目はキャッチャーに加え、ファーストとしても出場。そんなルーキーイヤーを終えて2年目の今年1月、ライオンズトレーニングセンター(室内練習場)に取材に行くと、育成コーチの上本達之さんと毎日のようにキャッチングの練習を繰り返していました。

「今、楽したな?」。上本さんは口を酸っぱくしてそう言っていました。上本さんは現役時代にキャッチャーだったこともあり、厳しい口調です。

「中熊は下半身が弱いので、強化する練習をしています。キャッチャーって、楽をしようと思ったらできちゃうんです。でも、それでは大事なときにミスをする。中熊は入団したときから、打撃はいいものを持っています。今はファーストをやっているけど、キャッチャーをやらないと試合に出るのはなかなか難しい。だから練習させています」

 厳しくも愛情を持って指導する上本さんの姿を見ていて、僕には重なるものがありました。16歳で欽ちゃん劇団に入った頃から、欽ちゃん(萩本欽一)に「楽するなよ」と言われてきたんです。「有名になりたいんだろ? じゃあ、楽するなよ」と。

 でも、当時の僕には「楽するな」の意味がよくわかりませんでした。

 今になってみれば、欽ちゃんが「楽するな」と言うのはこういうことだと思います。例えば舞台の稽古中、欽ちゃんは演出家の立場から、どんなお芝居が正解かは言わず、ヒントしか言いません。もし正解を教えてもらってできても、それは「楽をした」ことになるからです。それでは力がついたことになりません。自力で正解を導き出してこそ、その人の力になるんです。

 欽ちゃんの教えには、「下ネタやダジャレはやるな」というのもあります。どんな素人の方でも、下ネタやダジャレで笑いをとれるじゃないですか。それをお笑い芸人がすれば、「楽をしている」ことになる。だから、「プロを目指すお前らはやるんじゃない」と。自ら苦労して、小手先ではなく本物の技術を身につけろという教えでした。

 僕は16歳で芸能界に入り、今年46歳。30年経って、「楽するな」の意味がようやく2ミリくらいわかってきました。

■“やめない”才能を育ててほしい

 芸能界に新たに入ってくる人たちにも、プロ野球選手のように“ゴールデンルーキー”や“育成枠”という位置づけはあります。例えばアマチュア時代からテレビに出て評判になり、事務所に入った関根勤さんや小堺一機さんは“ゴールデンルーキー”。とんねるずさんもそうでしょう。あるいは二世タレント、例えば東八郎さんの息子の東貴博さんもそうだと思います。

 対して僕は“育成枠”です。

 これは後日談として、事務所のスタッフさんから10年くらい前に聞いた話です。今から約30年前、僕は欽ちゃん劇団のオーディションを受けました。

 当時、立ち上げた欽ちゃん劇団が1期生を募集すると、3000人の応募があったそうです。書類選考で1000人に絞られ、合格できるのは100人。オーディションが行われ、99人まで決まりました。

 あと1人をどうするか。スタッフにそう聞かれた欽ちゃんは、「一番若い子を残しておいたら」と答えたそうです。「22歳くらいまでは芸がしっかり身につくから」と。最終オーディションには16歳の候補者が数人いて、欽ちゃんが唯一チェックをつけていたのが僕でした。それで合格することができたんです。

 もしかして、僕は合格していなかった可能性もあります。99人でもいいじゃないですか。でも「100人合格」とするほうが、新聞の見出しなどでは決まりがいいというか。僕が合格したのは、それくらいの理由でした。

 だから僕も“育成枠”出身です。そんな自分が同じ立場から中熊選手にメッセージを送らせてもらうとすれば、大事なのは「やめないこと」です。

 芸能界で30年やっていくなか、欽ちゃんに言われたことがずっと頭の中にありました。

「お前、才能ないのに、全然やめないのな。これって重要なんですよ。いくら才能があっても、やめちゃう人たちをいっぱい見てきた。でも、お前には“やめない”という才能だけはあるんですよ〜」

 芸能界とプロスポーツの世界は、もちろん違います。一番の違いは、年齢制限があるかどうかでしょう。

 中熊選手について言えば、「やめる・やめない」は球団が決めることかもしれません。でも、いろんな意味で努力をやめないでほしい。監督やコーチから言われたことを、やめないで続ける。やめない才能を持ち、育ててほしいんです。

 僕は埼玉に生まれてライオンズファンで、ずっとライオンズの仕事をやりたいと思い続けて努力してきました。それから数年後、テレビ埼玉の番組からオファーをいただきました。もしも芸能界をやめていたら、大好きなライオンズの仕事もできなかった。やめずに続けたからこそ、小さな光が差し当たりました。

 今、中熊選手に何か信じて努力していることがあるなら、それをやめずに続けてほしい。そうすれば、隙間から差し込む光をいつか見つけられるはずです。

「楽するなよ」――。

 僕が欽ちゃんに言われた大事な言葉です。同じことを上本さんに言われてきた中熊選手が、育成枠から、いつかランディ・バースのように羽ばたく日を楽しみに待っています。

構成/中島大輔

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(堀口 文宏)

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