「えっ今なんて?」と聞き返したくなる行動原理…バズるのに嫌われる『鬼滅』無惨様の魅力

「えっ今なんて?」と聞き返したくなる行動原理…バズるのに嫌われる『鬼滅』無惨様の魅力

アニメ公式サイトより

 今日も今日とてツイッターでは、無惨様のパワハラ会議のセリフ改変画像がバズっている。

 ネットをよく見る人ならどこかで見たことがあるかもしれない。『鬼滅の刃』第6巻、52話で鬼の首領である鬼舞辻無惨が、部下である下弦の鬼たちを集めてその不甲斐なさをなじり、一人一人処刑していくその理不尽さは、アニメ放送以降ネットでも話題になった。

 漫画内のセリフ部分を自分たちの会社事情に書き換えたツイートがバズったり、ニュース番組のパワハラ問題の音声をアニメの映像に被せたYouTube動画が100万回以上再生されたり、「無惨様のパワハラを適法に言い直すと」「無惨様がもし学校の先生だったら」などありとあらゆるバリエーションの大喜利が生まれヒットし続けている。

「お前は敵から逃げようと考えてるな」と詰め、それを否定すると「私の言うことを否定したな」と断罪する「無惨裁判」の理不尽さは、色々な人が身につまされるシーンなのだ。

■菅首相も、辻元清美も

 11月4日の衆議院予算委員会で、日本学術会議の問題などを追及する立憲民主党の辻元清美氏は「総理は鬼滅の刃のですね、セリフを一言おっしゃったけどね」と、2日に菅首相が「全集中の呼吸で答弁させていただく」と答弁したことに言及する形で、「最後に、鬼滅の刃の漫画の黒幕の言葉を、こうならないように、として紹介しておきます」と読み上げた。

「私は何も間違えない。全ての決定権は私にある。私の言うことは絶対である。お前に拒否する権利はない。私が正しいと言ったことが正しいのだ」。

「与党も野党もいったい国会で何やってんの?」と21世紀生まれの鬼滅世代のキッズたちは呆然としたかもしれないが、これは昭和の時代から続く「流行のネタを国会答弁に盛り込む」という日本の美しい伝統文化であり、豊漁を祈りイワシを海に呼ぶ儀式なので我慢してほしい。ともかく、ネットでバズりにバズった無惨様のパワハラ発言が国会審議にまで届き、めでたく議事録に残されることになった記念的瞬間であった。

 今回はこの無惨様の衰えないネット人気について考えてみたい。なお、 前回のキャラクター人気ランキングの記事 と同じように、今回の記事も『鬼滅の刃』漫画本編、アニメ、映画などのネタバレを含むのでお気をつけいただきたい。

■これだけバズったのに無惨様の順位は23位

 さて、これだけネットでバズったにもかかわらず、前回のランキング記事で振り返ったように、第二回『鬼滅の刃』キャラクター人気投票における鬼舞辻無惨様の順位は、3年前の第一回から12位下がって23位、735票であった。部下である上弦の鬼のほとんどより下、そのさらに二軍である下弦の鬼である魘夢より7位も下という結果である。1位の善逸くんが17451票なのに。

「ネタツイがいつも万バズでYouTubeが100万回再生なのに、キャラクター人気投票が735票とはどういうことであるか、説明せよ」

 と、無惨様は地獄で第2回パワハラ会議を収集して部下を締め上げているかもしれない。

「リツイートは1万くらい行くのに『いいね』が1000くらいしかついてない炎上ツイートってあるじゃないですか、無惨様ああいう感じじゃないッスかね」

 と、「第1回パワハラ会議では過剰に平伏して殺されたので、今回はあえて腹を割ってフレンドリーにトークしてみようかな」と果敢にチャレンジした下弦の弐「轆轤(ろくろ)」はきっと今回も首を捩じ切られてしまうだろう。

(ひどい話としてバズればバズるほど嫌われるという非常に当然の結果なのでは……)

 と頭の中でつい考えた下弦の参「病葉(わくらば) 」の思考もまた無惨様に読まれてしまうだろう。

 そう、無惨様はバズパワー、ネットミーム力は最強なのに、読者崇拝をあまり受けない悪役なのである。少女漫画で人気のドS王子路線もあくまで「私に惚れていればこその強引なアプローチ」にキュンとするのであって、相手を虫ケラとも思っていない無惨様のパワハラはいくらイケメンでもNGなのであろう。

 しかしながら、この「バズるのにちゃんと嫌われている」というところが悪役・鬼舞辻無惨様のキャラクター造形の優れたところであり、原作者である吾峠呼世晴先生の作劇術の勝利であるとも思う。

■暴力的でありながら同時に教育的なコンテンツ

『鬼滅の刃』が、きわどい戦闘描写がありながら、低年齢層、またその親世代に非常に好感を持って受け入れられていることはよく知られている。実際、低年齢向けコンテンツとしての『鬼滅の刃』は、実によく考えられている。

 基本的に過去のジャンプ人気マンガごっこにおいて、妹はお兄ちゃんたちからミソッカス扱いであるか、ひどい場合には無理やりフリーザ役をやらされて泣かされたりと散々な目にあってきたわけだが、『鬼滅の刃』においては「妹は基本的に箱に入れて守ってあげるもの。なお妹も適度にバトル参加したいので適当にうまい棒などを口にくわえて爪で引っ掻く単純攻撃は可とする」という未就学女児でも参加できる絶妙のルール設定で禰豆子というヒロインはキャラクターデザインされている。

 また悪役である鬼にもそれぞれの社会的・経済的背景があることが描かれ、主人公炭治郎の「暴力や人殺しは許さないけど、この鬼たちにも心がある」という悲しみの描写によって、全国の純粋な子供たちが「なるほど、見た目が悪党っぽいからといって適当に弾圧すればいいというものではないのだな」と言った社会倫理を学べるようになっている。暴力的でありながら同時に教育的なコンテンツなのだ。

■あえて感情移入ができないように描かれている

 そこで重要になるのが「究極的な悪」を象徴するキャラクター、無惨様の造形になる。実は「ラスボス、最後の敵をどんな存在として描くか」というのは、その漫画家の世界観や人生観が出る、ものすごく重要なポイントである。

 (過去の名作のネタバレをするが)永井豪の名作『デビルマン』はそのクライマックスで「人間こそが悪魔的ではないのか」というテーマに直面する。石ノ森章太郎『サイボーグ009 天使編』において、009たちは究極の存在である「神」に近い存在との戦いに向き合い、『天使編』は未完で中断のまま終わる。究極的な悪役、あるいは最強最後の敵を描くことは、裏返しに作家の理想、正義を描くことでもあるのだ。

『鬼滅の刃』における鬼舞辻無惨様の描き方は、炭治郎たちの思想的対立存在であり、また悲しみを背負った上弦下弦の鬼たちとも違う絶対悪として描かれている。ここで重要なのが、「無惨様はあえて感情移入をさせない、人気が出ないように描かれている」点である。

■無惨様の姿が目まぐるしく変わる理由

 まず第一に、無惨様は登場するたびに姿が違う。ある時にはダンディな紳士、ある時は和装の女性、ある時は紅顔の美少年の姿に変化して現れる。

 マンガのキャラクターは一般的に髪型をあまり変えない。現実の人間は毎月散髪するし髪型も変えるものだが、漫画のキャラクターは髪型で識別されるため、コロコロと髪型を変えると読者の印象が変わり感情移入しにくくなってしまうのだ。(主人公・桜木花道が物語の転機でリーゼントからロッドマン的赤坊主になる『スラムダンク』はそれを逆に利用してギアチェンジに成功したと言える)。

 無惨様の場合、髪型どころか年齢・性別までが登場するたびに変わる。これは読者に無惨様への人間的なシンパシーを抱かせず、「鬼舞辻無惨とは暴力の象徴であり概念である」ことを強く印象付ける表現として成功していると思う。

■「えっごめん今なんて?」と聞き返したくなる行動原理

 第二に無惨様は、読者が共感できるような行動理由をあまり持っていない。

『ジョジョの奇妙な冒険』のディオなどは、貧しい生まれから裕福なジョースター家で這い上がる犯罪計画を立て、その挫折に人間のはかなさを知り「俺は人間をやめるぞジョジョーーッ?」というあの名台詞を吐くわけだが、無惨様の場合「貴族の家に生まれなんとなく病弱で伏せっていたら善良な医師にうっかり不老不死にされてしまい、しかも衝動的にぶっ殺してしまったので理由がよくわからん。人間を食うのは別にいいが日光に当たれないのはなんとなくムカつくので人類を殺しまくって研究する」という、何回聞いても「えっごめん今なんて言った?」と聞き返したくなるような行動原理で動いている。

 日光に当たれないくらいなんだよ。それくらい我慢しろよ。冷静に考えると無惨様は「ほぼ不老不死で、しかも日光以外無敵である」という位置に最初からいてほぼ悩みなんかないわけであり、「生きるために極悪人の心臓だけを食べる、正義の平安ダークヒーローMUZAN -太陽は僕の敵-」的にセルフプロデュースできていたら人気も爆発していたはずである。

 しかし病弱な平安貴族という耽美な生い立ちにも関わらず、ジャイアンじみた粗暴さで場当たり的犯行を重ねた結果、暴力ジルベールというか健康優良粗暴超人みたいな歴史に残る悪役路線を驀進することになったのはひとえに作者のキャラクター造形の見事さと言えるであろう。「いや僕も大富豪の家に生まれて極悪非道の限りを尽くしているので、無惨様には非常に共感しますね」という読者も世の中にはいるかもしれないがそれはそれである。ジャンプなんか読んでないですみやかに教会で懺悔でもしてほしい。

■「絶対悪」を引き受けることによって生まれたストーリー力学

 この無惨様が圧倒的な「絶対悪」を堂々と引き受けることによって「鬼滅の刃」のクライマックスには「巨人殺し」のダイナミックなストーリー力学が生まれている。

 斬っても斬っても死なず、次々と力尽きて倒れていく仲間の中、あらゆる知恵と技術を総動員して戦う鬼殺隊のメンバーたち。冷静に考えると徒手空拳の半裸男性一人に対して日本刀や毒物兵器で武装した数十人の集団があらゆる手段で殺害を企てている状況であり、無惨様も卑怯だの生き汚いだの言われる筋合いはまったくないと思うのだが、泣き言ひとつ言わずに堂々と極悪非道であるところはさすが稀代の悪役と言わざるをえない。

 さて前述の辻元清美議員の「(無惨様のように)ならないように」という警句であるが、正直なところ菅総理、あんま無惨様っぽくはないと思う。

 もともと菅義偉という政治家に対しては官房長官時代の質問をシャットアウトする会見から、左派は「血の通わない権力主義者」、右派は「サヨクからクールに日本を守る保守政治家」といったイメージで各陣営スタンバイしていたのだが、総理になって長くトークするとモゴモゴして「なんか官房長官時代とイメージちがうしょぼいおっさんだな」と右派左派ともに微妙にテンションが下がっているのが現状である。

 これは長期政権の安倍総理にしても同様で、なんだか気弱そうなところが一般受けしていたのであって無惨様感はない。

 しいて無惨様に似ている政治家を挙げるとしたらやはりドナルド・トランプであろう。74歳だというのに毎日ジャンクフードをバクバク食って190cmの体格をぶんぶん振り回すあの謎の怪物的体力。部下をザクザク切り捨てる自己中心性。コロナにかかっても不死身。

 ちなみに『鬼滅の刃』が連載された2016-2020は、トランプが前回の大統領選で共和党のライバルを蹴散らして台頭し、そして大統領になり、反トランプ陣営の総力を上げた最後の決戦に向かう期間とほぼ重なっている。

「えっなんでそんな無理矢理政治にこじつけるんですか? だいたい735票の無惨様と7000万票のトランプでは全然違う存在であり、孤高のギャングである無惨様に対してトランプはポピュリストなのではないですか?」と21世紀生まれの鬼滅キッズは眼鏡をピコピコさせて冷静につっこむかもしれないが、前にも言ったようにこれは政治とマンガを接続して国家安康と君臣豊楽を狐様に祈願するサブカル批評という宗教行事なのでもうちょっと我慢してほしい。

■スピンオフストーリーを期待する気持ちは否定できない

 最後に、(まだ最後の単行本に収録されていない最終回前後のネタバレをするが)無惨様は最後に鬼殺隊と炭治郎の執念の前についに倒され、炭治郎に概念・思念として取り憑こうとするも、自分の立場をわきまえず最後まで命令口調で「私を置いていくな」というさだまさしの関白宣言みたいなセリフを吐きながら死の混沌の中に沈んでいく。

 物語を美しく完結させる見事なラストであるが、漫画史に残るほどキャラが立った悪役なので「惜しい」と感じてしまうのも事実であり、無惨様のスピンオフストーリーを期待する気持ちは否定できない。

 関ヶ原無惨様。無惨様VS宮本武蔵。新撰組VS無惨様。どこに置いても不死の悪と歴史の物語が眼前に広がるようでワクワクしてしまう。

 初版300万部の連載を惜しげもなく打ち切った作者が描いてくれるかどうかわからないが、想像を膨らませながら無惨様の復活を待っていたいと思う。

(CDB)

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