「50センチくらいのが、じーっとこっちを…」熊を狩る猟師が語る怖すぎる体験談
2020年11月26日 18時00分 文春オンライン

『山怪 弐 不死身の白鹿』©五十嵐晃/田中康弘/リイド社
東北の厳しい冬山に入り、熊を狩って暮らして来た伝説の集団「マタギ」。発祥は平安時代とも鎌倉時代とも言われ、戦前までは各地にマタギの集落があった。
常に死と向き合ってきたマタギは山の中で“怪異体験”をすることも多く、そのため山神信仰に篤くなり、「山は山神様が支配するところであり、クマは山神様からの授かり物」というアニミズム(自然崇拝)を信じた。(秋田県公式サイト「孤高の民・マタギ」より)
このマタギの怪異体験を聞き書きした実話集シリーズ『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘著、山と溪谷社)が累計25万部を超えた。
これを原作とした漫画『山怪 弐 不死身の白鹿』(原作・田中康弘、漫画・五十嵐晃、リイド社)にも、怪異体験が描かれている。墨の濃淡と線の強弱による水墨画で描かれた絵には独特の味わいがある。
■14発撃っても微動だにせず
1編は「不死身の白鹿」。
新潟県と長野県にまたがる豪雪地帯の秋山郷は、日本の秘境100選に選ばれている。
ある日、マタギ達が熊猟に出たが収獲は無く、疲労困憊して険しい山の中を歩いていると、藪をかき分ける音がした。目の前に現れたのは真っ白の大きな鹿。マタギ達は撃ったが、外す距離でもないのに倒れず、14発撃っても微動だにしなかった。マタギ達は震え、白鹿は悠然と消えた。
■蛇が鎌首を大きく持ち上げて
続いて「震えるうさぎ」。
福島県山間部の南郷村(現・南会津町)も豪雪地帯だ。
男性が畑仕事をひと休みすると、ウサギが突然飛び込んできて、あぐらをかいていた男性の股ぐらにうずくまった。
驚いて周りを見るとガサッと音がして、50センチはある草むらを超え、蛇が鎌首を大きく持ち上げた。普通の蛇ではなかった。あまりの巨大さと異様な眼力に震え上がり、リヤカーを引いて必死に逃げた。
ホウキを忘れたが戻る気にはなれなかった。後に、蛇の話はせずに奥さんに回収を頼んだという。
■「キツネが出る」「天狗が出る」という大きな岩の上に
マタギ発祥の地は、深い雪に閉ざされ、外界と隔絶された秋田県北部の阿仁町(現・北秋田市)。3つのマタギ集落があり、戦前まで数百人が暮らしていた。
マタギが狩る熊の胆(い=胆のう)は乾燥させると4分の1の大きさになり、煎じて飲めば万病に効く、漢方薬の最高級品として知られる。猟期を終えるとマタギ達は熊の胆を持って各地へ行商に出かけ、そのまま住みつくこともあった。
前出の秋山郷も、江戸末期から明治期にかけて阿仁マタギが住みついた集落である。
50年ほど前、夫婦が農作業のために山へ入り、気付くとその辺で遊んでいた4歳の一人娘が消えていた。名前を呼んでも、探しても見つからず、集落は大騒ぎになった。日が暮れて皆が焦り始めた時に見つかった。
奥山への入り口、「キツネが出る」「天狗が出る」と言われてきた大きな岩の上に座り、笑っていた。4歳の子供が登ることは不可能な大岩の上で。
(「狐と神隠し」より)
■50〜60センチぐらいのそれが、こっちをじーっと見ていた
地元の山を知り尽くした丹波猟師(兵庫県)の女性は、不思議な空間に迷い込み、不思議な体験をする。
軽トラックで暗い山道を下っていたある日、小人に遭遇した。
「五〜六十センチくらいでしたね。それがこっちをじーっと見てるんですわ」
数秒なのか、数分なのか分からなかった。小人は睨めっこに飽きたのか、ぴょいと姿を消した。
この話を誰も信じてくれなかった。悔しくなり、車の助手席にカメラを置くようになった。しばらく現れなかった小人が、ある夜現れた。慌てて外に出ようとした瞬間、姿は消えた。その日を最後に、小人が現れることはなくなった。
(「謎の小人」より)
■騙しムジナとキツネ憑きの熊
山形県南部、朝日連峰に囲まれた朝日村(現・鶴岡市)の大鳥池には、体長2〜3メートルと言われ、今も生態が謎の巨大魚・タキタロウが棲む。
ここでは「騙しムジナ」が語られている(ムジナ=タヌキ)。
タヌキを仕留めて皮を剥ごうとすると、突然起き上がって逃げる。皮を剥いだのに逃げ出すタヌキもいる。
同様に「キツネ憑きの熊」がいる。マタギが追い詰めても逃げてしまう。数日かけて追い詰め、銃口を向けた瞬間、森に吸い込まれるように姿が見えなくなる。
「そういう熊が時々いてなぁ どうしても捕まえられねえ」
■日本の山には説明のつかない怪異が存在する
朝日村で知られるキツネの話がある。
冬、ウサギ狩りに出た数人がそれぞれ収獲を持って集落へ戻った。1人が無線を忘れ、カンジキを再び付けて山へ入り、戻らなくなった。一晩で雪が60センチ積もり、大掛かりな捜索も叶わなかった。その年は雪が多く、それ以上探すことができなかった。雪が解けた5月、リュックを背負い、銃を肩に掛けたまま座った姿で見つかった。集落のすぐそば。誰もが一目置くマタギがこんな近くで遭難するはずなかった。
ウサギが入っていたはずのリュックは空になっていた。ウサギを狙ったキツネに化かされて道に迷ったのだ――集落ではそう考えられている。
これは10年ほど前の話である。
(「鶴岡市朝日地区」より)
漫画を描いた水墨画家の五十嵐晃氏が話す。
「過酷な自然、動物たち、死生観……墨絵ならではの世界で、どんどん風化していく山人たちの貴重な話に誘います。日本の山には説明のつかない怪異が存在する。時の流れが速すぎる現代で、忘れかけた何かを感じてもらえれば嬉しいです」
第3弾は2021年2月発売予定という。
(坂田 拓也)