「本当は20歳?」高校駅伝名門のケニア人2年生エースに年齢詐称疑惑 本人を直撃すると…《全国高校駅伝で21人抜き》

「本当は20歳?」高校駅伝名門のケニア人2年生エースに年齢詐称疑惑 本人を直撃すると…《全国高校駅伝で21人抜き》

ワングイ・エスター・ワンブイ選手 ?共同通信社/?文藝春秋

「岡山の超名門高校の女子駅伝部に、年齢詐称疑惑があります。今年も県予選を突破して、12月の全国高校駅伝に出場を決めた興譲館高校陸上部エースのケニア人留学生です。高校2年生で登録されていますが、20歳の疑いがある。実力的に日本人の高校生とは勝負にならず、実業団のトップレベルで通用する選手です」

 11月下旬、「文春オンライン」に寄せられたその情報は耳を疑うものだった。

 創立167年を誇る私立・興譲館高校は岡山でダントツの超名門校で、女子陸上部は岡山県大会を22連覇中。過去には2度全国制覇も成し遂げ、もちろん今年12月の全国大会にも出場する。過去には、10000mとハーフマラソンの日本記録を更新して東京オリンピックにも内定した新谷仁美選手(32)を筆頭に、重友梨佐(33)や小原怜(30)など錚々たるメンバーを輩出している。

■昨年も全国で10人抜き

 そんな「超名門校」で持ち上がった疑惑の対象は、ケニア出身の2年生ワングイ・エスター・ワンブイ選手。今年の岡山大会ではアンカーの5km区間を任され、日本人選手の最高記録が18分57秒だった同区間を、15分19秒で走り、優勝を大きく引き寄せた。昨年の全国大会にも2区で出場し、1年生ながら驚異的なスピードで10人抜きを見せている。

 取材を進めていくと、疑惑の発端はワールドアスレティックス(WA・通称世界陸連)のワンブイ選手の個人ページにあることが判明した。取材を開始した11月25日の時点で、世界陸連の公式サイトにワンブイ選手は「2000年5月8日生まれ」と明記されていたのだ。

 世界陸連は、世界212の国と地域の団体が加盟する陸上界の最高権威機関である。その公式サイトに記されていた誕生日から計算すると、ワンブイ選手の年齢は20歳ということに。記録欄には2019年8月7日に走った800m走や、2020年9月12日の3000mなど、たしかに「興譲館のワンブイ選手」が記録したタイムが掲載されている。

 しかし全国高等学校駅伝競走大会の参加資格は《平成13年4月2日以降に生まれた者》である。平成13年は2001年なので、2000年5月8日生まれのワンブイ選手は参加資格がないことになる。この年代での1年の差は極めて大きく、もしワンブイ選手が本当に20歳ならば、全国を目指して努力してきた他校の選手たちが不当なハンデを背負わされていたことにもなりかねない。

 高校スポーツ界で留学生の登録年齢が実際の年齢と異なることは過去にも例があり、2004年には男子バスケットのインターハイで優勝した福岡第一高が、主力セネガル人選手の年齢詐称が発覚して優勝を取り消されている。

 高校駅伝界でも上位校は軒並み留学生を招聘するようになっているが、年齢詐称が明らかになったケースは過去にない。

■遠目でも際立つ存在感と体格

 取材班は真相を確かめるために岡山県へ向かった。

 JR岡山駅から電車で約1時間ほどの井原駅。そこから20分ほど歩くと、興譲館高校が見えてきた。周囲を山々に囲まれ、校舎周辺には武道場、体育館が建ち、広大な野球部のグラウンドの周囲には陸上部のトラックが設置されている。

 そのグラウンドに隣接して、女子陸上競技部の寮が建っている。授業が終わると制服を着た部員たちが小走りで寮へ一度戻り、すぐにジャージに着替えるとグラウンドへ向かい、全員で練習場の雑草を刈り取った後に練習が始まる。

 ワンブイ選手は、その中心にジャージにニット帽姿で立っていた。他の選手に比べて一回り体が大きく、遠目にも一目でわかる存在感を発揮している。部の練習が終了したあとも、日が暮れて真っ暗になるまでトラックを走り続けていた。

 11月27日の練習前、女子駅伝部を率いる藤井裕也監督に、エスター・ワンブイ選手に持ち上がっている年齢詐称疑惑について直撃した。

――エスター・ワンブイ選手について、「全国高校駅伝に出場できない20歳ではないか」という情報があります。世界陸連のサイトを見ても、たしかに生年月日が2000年5月8日と書いてあります。藤井監督はどのように認識されていますでしょうか。

「エスターに年齢詐称の話が持ち上がっていることは聞いていました。ただこれは本当に根も葉もない話で、本人も戸惑っていましたが『堂々としていればいい』と伝えました。生徒たちは普段から厳しい練習をして大会に向かっているので、競技以外のことでまでしんどい思いはさせたくないんです。

 ワールドアスレティックスに登録されている生年月日が2000年なのは承知しています。でも、この書類を見てください。真実がわかりますから」

■「私は17歳です」

 監督がそう言って差し出したのは、ワンブイ選手のパスポート、在留カード、出生証明書のコピーだった。本人の同意を得てすべての書類を確認すると、どの書類にも彼女の生年月日は「2003年5月8日」と記されていた。藤井監督は、ワンブイ選手の年齢について、来日した経緯から丁寧に説明してくれた。

「2018年に、ケニアの選手を紹介してくれるエージェントから、『将来が楽しみな選手がいる』と聞いたのが出会いでした。しかし、彼女のパスポートを確認したら当時はまだ14歳。それで1年待って、彼女が15歳になったタイミングで私がケニアのエスターの家まで行きました。そこで本人と両親と話して、興譲館に来てくれないかと誘いました。

 年齢を含めて不正があってはいけないので、当時の時点ですべての書類を精査して確認しています。今の時代、不正をして試合に出ても絶対に後で発覚しますから」

 同席してくれたワンブイ選手本人も、次のように語った。

「私は17歳です。20歳ではないです。ワールドアスレティックスにはマラソンのタイムが私のものとして記録されていますが、私はマラソンは走ったこともありません。ジュニアハイスクールで走ったのは200m、400m、800mだけ。日本の冬は寒いですが練習と試合が楽しいです」

 体格はたしかに大きく手足も長いが、時折見せる表情にはあどけなさも漂わせていた。藤井監督はワンブイ選手について「全面的に信頼している」と話す。

「エスターは人に気が遣える、優しい子です。音楽が好きで、日本人みたいな魂を持っていて何事にも諦めず、日本に来てから心の部分もすごく成長してくれました。チームメイトが調子を落として悩んでいたら、寄り添って支えようとする性格で、走りだけじゃなく精神的にもチームの支えです。

 来日2年目ですが、日本語での会話もできるようになりました。ケニアから慣れない環境に来て、毎日努力している姿を私は見ています。本人も本当にショックを受けています。このようなことは二度と起きてほしくありません」

 取材後、興譲館高校から岡山高体連、日本陸連を通じて世界陸連に問い合わせたところ、ワールドアスレティックスに登録されていたワンブイ選手の生年月日は「2003年5月8日」に修正された。もちろん全国高校駅伝の出場資格は満たしている。

■世界陸連のサイトの情報がなぜ違った?

「これにて一件落着」と言いたいところではあるが、そもそもなぜ、「世界陸連の選手情報ページ」という極めて公式度の高い情報に杜撰な間違いがあったのだろうか。日本陸連に、世界陸連の選手ページの情報の由来や修正の経緯を問い合わせると、回答があった。?

「WA(世界陸連)のサイトに掲載されているエスター・ワンブイさんの選手情報の修正は、本連盟からWAに依頼したことによってなされましたので、本連盟でも把握しております。

 2020年11月30日に岡山県高体連より本連盟に、WAのサイトに掲載されているエスターさんの生年月日に誤りがあるので修正してほしい、という旨のご連絡がありました。パスポートや在留資格が確認できる書類も提出してもらい、同日に本連盟から WA に修正を依頼したところ、同日17:50(日本時間)にWAから修正した旨の返答がありました」

 世界陸連のサイトに掲載している選手の情報について、ワンブイ選手本人も、彼女が所属する興譲館高校も、「登録した記憶はない」と話していた。それではあの情報は、一体誰が登録したものなのか。選手の登録や情報の仕組みについて、日本陸連の担当者はこう説明する。

「選手は、国籍を持つ国や、居住する国の陸上競技連盟には登録しますが、直接WAに登録する仕組みはありません。WAのサイトでは、一定レベル以上の記録を出した世界中の選手について、選手情報のページが作成され、生年月日や出場した大会での記録などが掲載されますが、WAがどのような方法やデータ、掲載基準を基に掲載しているかは公表されておりません。

 基本的には、各国からWAに報告した大会の記録や選手の情報を基に掲載していると思われますが、詳細な仕組みは不明で、本連盟でも把握しておりません。エスターさんは2019年度から本連盟(日本)に登録しておりますが、WAのエスターさんの選手情報ページには2017年の記録から掲載されているため、ケニアからWAへ報告されたデータを基に作成された選手情報ページが誤っており、そのままこれまで掲載されていたと思われます」?

■状況改善が難しい、世界陸連の事情

 故郷のケニアを離れ、陸上のために日本へやってきたワンブイ選手。たしかにアフリカなど、国によっては出生の届けが日本ほど厳格ではなく、「本当の年齢がわからない」ケースはなくはない。箱根駅伝などは年齢制限がないため一度登録した年齢が後に変更になっても大きな問題にはならないが、高校駅伝では出場資格が誕生日で厳格に制限されているため、大問題になりかねない。

 今回は大事に至る前に解決を見たが、同様の事態が再び起こらないように対策をしてほしいところだ。しかし前出の日本陸連担当者は、「情報が正しいかどうかを確認することすら困難なのが現実」と語る。

「本連盟では現在、大会の記録や選手の情報をより迅速かつ正確にWAへ報告する方法を模索しています。しかしWAの仕組みや設定が明確になっていないので、日本側の取り組みだけでは限界があります。また、WAのサイトには非常に多くの選手が掲載されており、どの選手の情報がいつ掲載されたかも極めて把握しにくいため、日本選手や本連盟登録の外国籍選手の情報が正しいかどうかを確認するのも困難なのが実情です。?

 エスターさんだけでなくすべての選手にとって、自分の情報が誤って掲載されていれば快く思わないのは当然で、改善されるのが望ましいと思っております。今後は、WAに対してより正確な情報を掲載するよう要望するとともに、本連盟から報告する記録や情報が、できるだけ正しくサイトに反映されるような方法をWAとともに検討していきたいと存じます」(同前)

 ワンブイ選手は12月20日、全国高校駅伝で2区を走る。快走に期待したい。

(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))

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