「泣きたいのなら『おしん』を観ればいいんです、と監督が」ナウシカ声優が語る、宮崎駿の素顔

『風の谷のナウシカ』声優の島本須美がアフレコ秘話 オーディション当日に風邪引く

記事まとめ

  • 『風の谷のナウシカ』が12月25日に「金曜ロードSHOW!」で放送される
  • ナウシカ役は島本須美で、『ルパン三世 カリオストロの城』クラリス役などでも出演
  • オーディション当日にひどい風邪を引いてしまい、まったく声が出なかったそう

「泣きたいのなら『おしん』を観ればいいんです、と監督が」ナウシカ声優が語る、宮崎駿の素顔

「泣きたいのなら『おしん』を観ればいいんです、と監督が」ナウシカ声優が語る、宮崎駿の素顔

島本須美さん

 国民的映画として愛されてきた『風の谷のナウシカ』が2020年12月25日に「金曜ロードSHOW!」で放送される。

 同作でナウシカ役を演じたのは、『ルパン三世 カリオストロの城』クラリス役や『もののけ姫』トキ役など数々の作品に宮崎駿監督作品に出演し「ジブリに愛された声優」と呼ばれる島本須美さん。ナウシカ役に抜擢された経緯や、アフレコ時の知られざるエピソードについて聞いた。(#1〜#3の#1/ #2 を読む)

◆◆◆

■オーディション当日、風邪をひいてしまった

――まだ、ナウシカ役が決まっていない頃に「映画化されたら、ぜったいナウシカをやってください」というファンレターとともに『風の谷のナウシカ』の原作本が送られてきたそうですね。ものすごく運命的なエピソードに思えます。

島本 宮崎さんが「月刊アニメージュ」に『ナウシカ』の漫画を連載されていたのは知っていたし、何話か読んではいたけど通して読んだことがなかったんです。でも、読んでみたら面白くて夢中になりましたね。私は女優としてジャンヌ・ダルクを演じたいという気持ちがあったんですけど、ナウシカのキャラクターに彼女と通じるものを感じたんです。それで、やりたいなぁと。

――ファンレターを送った方は、先見の明がありますよね。

島本 おそらく、『ルパン三世 カリオストロの城』で私が演じたクラリスのイメージをナウシカに重ね合わせていたんでしょうね。どちらも宮崎さんの作品ですし。まだ、声の仕事をたくさんやっていなかったのにアニメ・ファンにはクラリスの声として認知されてもらっていたようで、そのイメージの延長でナウシカの声をやるならば私と考えてくれる方々は少なくなかったみたいですね。

――全国各地の中学校を回って演劇を上演する学校公演を活動のメインにされていた時期に、ナウシカ役のオーディションの話が飛び込んできたと。

島本 そうです。当時、私は劇団青年座に在籍していて事務所から「ナウシカ役のオーディションがあるので、行ってください」と言われたんです。事務所には『ナウシカ』がアニメになることがあったらやりたいと訴えていたので話を聞いた時は嬉しかったし、絶対にやりたいと思って。

 でも、オーディション当日にひどい風邪を引いて、まったく声が出なくなってしまったんです。1週間後くらいかな。改めてオーディションの日程を組んでもらったら、クシャナ役の榊原良子ちゃんもいて一緒に受けたんです。ふたりとも合格したのでホッとしました。

――日程を延ばしてもらえたのは、やはり宮崎監督に「どうしても島本さんに受けてほしい」という強い思いがあったのでしょうか。

島本 どうでしょうね。オーディションの延期はそんなに珍しい話ではないと思いますね。もちろん、「じゃあ、今回は残念ですが」ということもあるだろうし。ナウシカ役のオーディションに関しては、『カリオストロの城』があったので指名していただけたと思うんですけど。

――オーディションの内容は覚えていらっしゃいますか?

島本 脚本か原作本だったかな。どちらかは忘れましたけど、「ここの場面をやってみてください」と指示されてナウシカのセリフを言いましたね。私たちがアフレコの現場でお話しするスタッフさんは、基本的に録音監督さんくらいなんです。オーディションも同じで録音監督さんだけに会って、声をテープに録ってもらって、それを監督さんやプロデューサーさんが聞いて役に合っているかどうかを検討してもらうシステムになっているんです。

 だから、その場で即決みたいな話ではないんですよね。で、その年か次の年になってからかは忘れましたけど、とにかく冬にナウシカ役が決まりました。

■監督の第一印象は「意外と清潔な感じ」

――公開時に発売されたムック本「風の谷のナウシカ GUIDE BOOK」(徳間書店)で、島本さんがアフレコに先立ってスタジオ“トップクラフト”で『ナウシカ』制作中の宮崎監督を訪ねて話をされている訪問記が載っています。そこに《この日が初対面だった宮崎監督と島本さん》とあったのですが、さすがにそれはないですよね。

島本 そう、嘘ですね(笑)。すでに『カリオストロ』で会っていますから。でも、その時は録音監督としかやりとりをしていないので、宮崎さんとは顔をお見掛けした程度で会話はしていないんですよ。なので、お話をしたという意味では初めてでした。

――その訪問記では《ヒゲがモジャモジャとしていてちょっと薄ぎたない感じの、あまり見かけにかまわない方だろうと想像していたんです。ところが、清潔な感じがする方でした。それにかわいい感じもしました(笑)》と、宮崎監督についてお話しされています(※1)。まだ当時は、これほどまでの世界的巨匠になるとは想像もつかない感じだったのでしょうか?

島本 あの頃も名監督として評価はされていたけど、こんなにすごい方になるとは誰も分からないですよね。訪問した時は絵を作ってらっしゃる段階で、「王蟲はこうやって動くんだよ」なんていろいろ見せてもらったりして。アニメの制作現場は初めてだったので、すべてが新鮮でしたね。いまはCGも入っているから、それはそれでまた凄いんでしょうけど。

※1……現在「ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ」(文春ジブリ文庫)に再構成して収録された訪問記では、このコメントは未掲載。

■「瘴気用マスク」をいかに表現するかで四苦八苦

――そしてアフレコに入るわけですが、なにか苦労したシーンはありましたか?

島本 私自身が苦労したわけではないんですけど、ナウシカたちは瘴気用マスクをしているじゃないですか。その声をどういうふうに表現するかって、いろいろと考えたんですよね。紙コップの底に穴を開けて、穴の形は丸がいいか、三角がいいか、四角がいいか、底をすべて抜いたほうがいいかって、さまざまなパターンの紙コップ製のマスクが現場に用意してあったんです。

 それらを一つ一つかけてセリフを喋って、絵と合うかどうか観ながら決めていく作業が最初にありました。そこは苦労したし、印象に残っていますね。

――マスクをしていると、しゃべりにくいとか自分の声を把握しにくいといった問題が生じそうですね。

島本 いまはコロナで皆さんマスクをしていますけど、ズレてしまわないように口を大きく動かさないでしゃべるじゃないですか。だんだんと口が開かないしゃべり方になってしまうんですよ。それに似ていて、紙コップを輪ゴムで留めたマスクもそんな状態になるので、しゃべりにくくなっちゃう。

――紙コップのマスクは、宮崎監督のお手製だったんでしょうか?

島本 たぶん、録音監督さんが作ったんじゃないかな。音関係は、すべて録音監督さんが責任を持っていますから。

 収録の時は、ブースにプロデューサーや演出の方たちもいらっしゃってはいますけど、スタジオには入って来ることはまずないです。プロデューサーや監督の意見なども、録音監督だけがスタジオに入ってきて私たちに伝える。仕事が完全に分かれていて、どの現場も基本はそうなっています。『もののけ姫』の時は、宮崎さんが入ってきましたけど。

■先輩にも褒められた、お気に入りのセリフ

――以前もおっしゃっていましたが、お好きなセリフはナウシカとアスベルの……。

島本 そうですね。「泣いてるの?」「うん……うれしいの……」。あそこは、ミト爺をやった永井一郎さん(※2)が「あれがよかった」って褒めてくださったのが、すっごくうれしかったので。

 他にもいっぱいありますけど、テトに向かって言う「おいで」も好きかな。あとは、幼い頃のナウシカが「出て来ちゃだめー!」って言いながら小っちゃい王蟲を守ろうとするシーンも好きですね。

※2……『サザエさん』の磯野波平役や『機動戦士ガンダム』などで活躍。2014年没。

――ナウシカの声ですが、客観的に聞いてみてどんな声だと思いますか?

島本 いまは声優になりたくてなった人が多いですが、昔は俳優の仕事の一つとして声優をやっていました。私は俳優の仕事として捉えていたので、声を作って演技をしようみたいな意識はあまりなかったんです。「出て来ちゃだめー!」は幼いナウシカなので、さすがに声を作りましたけど。それ以外では、ちょっと気持ちを若くするぐらいで普通にやっていましたから。

 とにかくナウシカという役を演じることに集中していたので、かわいい声を出そうとか、どんな言い方をしようかなんて考えませんでした。気持ちを作って演技をするというか、キャラクターと自分を一体化させてしゃべらなきゃって。これは、いまもそうですけどね。

――「うん……うれしいの……」は泣いているけどうれしいという相反した表情と感情が交錯するシーンなので、気持ちを作って演じるという点でも非常に難しそうですよね。

島本 いまも昔も内面を作って演じるのは苦手ではなかったので、中身ができてしまえばスッと入っていけました。『ナウシカ』は3日ぐらいに分けて収録した覚えがあるのですが、いまと違って先に本編のDVDやビデオを渡されることがなかったので、まず現場に入ったら出演者全員で全編を観て、その後に残った時間でやれるところまで頭から順番で録っていったんです。

 2日目にアスベルと絡むシーンをまとめて収録したんですけど、順録りだったこともあって気持ちも作りやすかったですね。宮崎さんも「この日は、わりと少女らしく自然にできていた」なんておっしゃっていた気がします。

■自分の芝居に「恥ずかしくて逃げるように帰った」

――こちらも以前の発言ですが《試写を観た時に、どうしても自分の芝居が気になった。観終わって恥ずかしくて誰にもわからないようにいちばんで出てきて逃げるように帰っちゃったんですけど。いまほど純粋に楽しめる仕事の仕方じゃなかったし、自分の仕事がうまくいったかどうかという見方をどうしてもしてしまっていた》と仰っていますが、演技に納得されていなかったのですか?

島本 ヘタクソでしたからね。これはいまもそうですけど、先輩たちを見ていると「皆さんお上手だな、素敵だな」「まだまだ自分は努力が足りない」って思いますもん。デビュー当時はわりとがむしゃら系の芝居をしていて、周りの方の演技とのバランスもあまり考えていませんでしたから。だから「一生懸命、役作りしなきゃ。一生懸命、しゃべらなきゃ」みたいなものが、自分でもわかるくらいに出ていたんでしょうね。

――いま観直しても気になってしまうものですかね。

島本 気になるところもあります。ただ、クラリスの時もそうですけど、初々しいゆえに演技に狙っているところがないじゃないですか。ああいうのは、やっぱりすごいなとは思います。クラリスもナウシカもやればできますけど、どこか作り物になっちゃう。あの頃の演技は、どうしたってできない。

■監督の一言「泣きたいのなら『おしん』を観ればいいんです」

――宮崎監督といえば気難しいイメージがあるのですが、島本さんの目から見ていかがでしたか? 劇場公開の舞台挨拶に監督と出席された後に『ナウシカ』を観てすごく泣きましたと話したら、「これは泣かせるだけの作品じゃない」とピシャリと返されたそうですが。

島本 その後に「泣きたいのなら『おしん』を観ればいいんです」って。同じ頃に『おしん』の劇場アニメ版も公開していたんです。でも、ピシャリという感じじゃなくて普通の口調。ぜんぜん、厳しくない方ですから。

 ナウシカの時かクラリスの時かは覚えていないけど、宮崎さんを監督と呼んだら「いや、監督と呼ばないでください」と言われて。ほんと、そういう方です。それ以来、ずっと私は“宮崎さん”ですね。さすがに、いまは「監督と呼びなさい」と言われるのかな(笑)。

――『ナウシカ』公開後に刊行されたエッセイ「島本須美 これからの私」(徳間書店)で宮崎監督と対談されていますが、たしかに飄々としていますね。

島本 対談場所が、長野県の信濃境にある宮崎さんのお義父さんの別荘かなにかだったんですよ。そこへ私と女性のスタッフ、「アニメージュ」の編集部にいた頃の鈴木敏夫さんの3人でお邪魔して。そうしたら宮崎さんは、私たち3人が泊まっていくものだと思っていたみたいで、朝早くからせっせと人数分のお布団を干したり、ご飯を用意してくれていたみたいで。一生懸命にお布団を干している姿を想像したら、可愛くなってしまいましたね(笑)。

 でも、私ともうひとりの女性は、取材を終えたら帰らなきゃいけないスケジュールだったのでとっとと帰っちゃったんです。ご飯も布団も用意してくれたのに、ものすごく申し訳なくて。たぶん、鈴木さんはそのまま泊まっていったんじゃないかな。

■リンクする『ナウシカ』とコロナ禍の世界

――アフレコで苦労した瘴気用マスクを筆頭に、『ナウシカ』の世界観が現在のコロナ禍と重なるという声が多く上がっていますが島本さんもお感じになりますか?

島本 昨年の暮れ、尾上菊之助さんがおやりになった歌舞伎版『ナウシカ』を観させていただいたんですね。アニメのほうは原作の第2巻の途中までしか描いていないんですけど、歌舞伎版は全7巻すべてを描いているんです。それを観て、さらに原作を改めて読み直して、いろいろと提示されているテーマについて考えていたら本当にマスクをしなければいけない世界が到来してしまって……。

『ナウシカ』の原作を通してコロナ禍の現在を見つめていく『コロナ新時代への提言2』という番組が8月にNHKのBS1で放送されて、そのナレーションをやらせてもらったんです。それもあって、本当に考え込んじゃいましたね。

――だからこそ、第2巻の後半以降をアニメ化してほしいですね。鈴木敏夫さんは、庵野秀明監督にお願いしたいと考えていた時期があったと公言していますが。

島本 庵野監督が続編を作るんだったら、絶対に呼んでほしいなと思うけど、さすがにキャストは若い人たちで総入れ替えされちゃうかな。作ってほしいな、私で(笑)。

【#2を読む】 セリフのリテイクを20回も…「ジブリに愛された声優」が語る“『もののけ姫』で一番苦労したこと”

写真=鈴木七絵/文藝春秋

【参考文献】
▽「映画 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK 復刻版」徳間書店 2010年
▽「島本須美 これからの私」徳間書店 1984年
▽責任編集・養老孟司「キネ旬ムック フィルムメーカーズ 宮崎駿」キネマ旬報社 1999年
▽浦谷年良「『もののけ姫』はこうして生まれた。」徳間書店 1998年

セリフのリテイクを20回も…「ジブリに愛された声優」が語る“『もののけ姫』で一番苦労したこと” へ続く

(平田 裕介)

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