キムタクが感じていた「草gへの恩義」、中居正広との「本当の関係」《草g剛の結婚が結ぶ元SMAPの絆》

キムタクが感じていた「草gへの恩義」、中居正広との「本当の関係」《草g剛の結婚が結ぶ元SMAPの絆》

草g剛 ©文藝春秋

 新型コロナウイルスが猛威をふるった2020年の終わり、12月30日に元SMAPの草g剛(46)が一般女性との結婚を発表した。

 草gは所属事務所を通じて「これからも、今までと変わらぬスタンスで仕事を続けていきたいと思っておりますので、皆様にも応援していただけるよう、日々精進してまいります」などとコメントを発表し、多くのファンが祝福した。

■一番大変な時期を支えてきた女性とゴールイン

 相手女性は、2016年に「女性セブン」(7月14日号)で交際が報じられた30代後半の女性だ。黒いロングヘアにスラリとした美脚の持ち主で、2人は4年半の交際を実らせた。

「交際をスタートさせた当時、草gはSMAP分裂騒動の真っ最中でした。その年の1月に明らかになったSMAPの独立計画がご破算になって、デビュー以来苦楽を共にしてきた女性マネジャーがジャニーズ事務所を退社。SMAP解散を巡って、契約についてハードな交渉が続いていました。結局SMAPは、その年いっぱいで解散。翌年9月に草gは稲垣吾郎(47)、香取慎吾(43)とともにジャニーズを退所しました。そんな一番大変な時期を支えてきた女性とゴールインしたのだから、本当によかった」(スポーツ紙芸能デスク)

 この慶事に元SMAPたちは足並みを揃え、祝福した。まず反応したのが、草gと一緒にジャニーズを退所して、新プロジェクト「新しい地図」を発足させた稲垣吾郎と香取慎吾だ。

「これからも良き仲間として、ファンの皆さまと共に、夢をかなえていきましょう」(稲垣)

「つよポン、おめでとう! びっくりぽん! まだまだこれから、一笑懸命がんばりましょう!」(香取)

■中居らしくシャレを効かせて

 昨年3月にジャニーズ事務所を退所した中居正広(48)は個人事務所「のんびりなかい」を通じてコメントを発表した。

「信じられない…。はぁ…。
 アイツに剛に先を越されるとは…。はぁ…。
 わざわざコメントですか…。
 せいぜい逃げられないように!
 女房ができるんですね…。
 なんてこった…、ちくしょう!」

 一読すると素っ気ないものだが、各行の最初の文字が「しあわせにな」となっており、中居らしくシャレを効かせて祝福している。

 元SMAPのメンバーで唯一、ジャニーズ事務所に残っている木村拓哉(48)もコメントをしている。

「めでたい! めでたい! めでたい!」

 最初の「めでたい」は草g本人へ、2つ目は結婚相手へ、3つ目はいずれ授かる子供へ向けてという意味が込められているという。

■遅咲きのSMAPで特に“微妙”だった草g

「草gの結婚がおめでたいということに加え、元SMAPらみんながかつての仲間を祝福したことが、ファンにとってはかなり“胸アツ”な出来事になりました。改めてSMAPの偉大さを思い出しましたよね。

 昨年いっぱいで活動を休止した嵐はデビュー21周年でしたが、トップに立ったのはここ10年。SMAPは1988年に結成して、1991年にデビュー。90年代、00年代、10年代と30年近くトップとして活躍して来ました。今回の草gの結婚と元SMAPらの反応も、幅広い世代のファンが温かい目で見守っていた」(テレビ局関係者)

 日本の芸能史上に輝くSMAP。解散後もその存在感は大きいが、彼らはすぐにトップスターになったというわけではない。

「1988年に結成されたSMAPですが、デビューは1991年9月の『Can't ?Stop!! -LOVING-』。その後もヒット曲に恵まれず、ヒットチャート1位を獲得したのは1994年3月発売の『Hey Hey おおきに毎度あり』。12枚目のシングルです。トップアイドルの座を極めたのは1996年、森且行が脱退した後に発売した『青いイナズマ』と『SHAKE』が大ヒットしてからです」(音楽関係者)

 ジャニーズ事務所のアイドルグループは、ファーストシングルがヒットチャート1位を取ることが当たり前だった。しかしSMAPはなかなかトップを勝ち取れず、悶々とした日々を過ごしたことだろう。そんななか、特に“微妙”だったのが草gだ。

■バラエティー班で“不思議ちゃん”のイメージしかなかった

「しばらく燻っていたとはいえ、SMAPにはタイプ違いのイケメンが揃っていた。特にデビュー時から木村拓哉と稲垣吾郎には主演級でドラマ出演の声が掛かり、『ドラマ班』と呼ばれ二枚目担当でした。その他のメンバーはみんなひっくるめて『バラエティー班』でどちらかというと三枚目。ただ中居も香取も森も、明るい性格や目を引く華やかなビジュアルで目立っていました。

 一方、塩顔で穏やかなタイプの草gはバラエティー班のなかでも一番印象が薄かった。レギュラー番組『夢がMORI MORI』(フジテレビ系)でキャラクター『黄松』になりきって、無言でカレーライスを食べまくる“不思議ちゃん”のイメージしかありませんでした」(前出・テレビ局関係者)

 1994年に「家なき子」(日本テレビ系)で、KinKi Kids堂本光一(42)のボクシング部の邪悪な先輩役としてドラマ初出演を果たした際も、「SMAPバラエティー班がドラマ出演」と報じられるなど完全に色モノ扱いだった。

■30年来の親友に「寿司を食わせてやる」

「それでも草gくんはクサることはありませんでした。『俺が俺が』となりがちなメンバーの中で、いつも一歩引いてほほ笑んでいる。どのメンバーとも仲良くできて、グループの緩衝材になっていた。礼儀正しいし、現場での評判もよかったですよ」(アイドル誌編集者)

 そんな草gと、とりわけ絆が深いのが3歳年下の香取だ。草gにとってメンバー中で唯一の年下だ。

「SMAP結成時に小学生だった香取くんは、草gくんにとって唯一威張れる存在だったんでしょう(笑)。香取くんの実家は横浜なのですが、埼玉・春日部にある草gくんの実家に泊まって、そこから仕事に一緒に行くこともありました。

 当時の有名な話ですが、草gくんが『寿司を食わせてやる』と香取くんを実家近くの寿司屋へ連れて行ったことがあるんです。でも、2人でカウンターに座ったものの注文の仕方が分からず、結局は上寿司のセットを注文して食べたそうです。しかもお金が足りなくて、後から草gくんのお母さんが払ったとか(笑)」(テレビ関係者)

 当時の草gと香取は公私ともいつも一緒で、オフの日には一緒に原宿に遊びに行くこともあったという。それからも辛いときに一緒に抱き合って泣くことがあったと明かすなど、30年来の親友だ。

 ひとつ年上の稲垣は堀越学園高校の同窓生だ。学年が1つ違いなので、2年間は同じ学園内で過ごしている。しかしその高校生活は対照的だった。

■「ごろちゃん」から「ごろさん」へ

「稲垣は1年生の時にNHKの朝ドラ『青春家族』にレギュラー出演していて、すでに売れっ子だった。卒業した年の10月には『二十歳の約束』(フジテレビ系)で月9ドラマ初主演も果たしている。

 一方の草gはあまり仕事がなかったが、春日部の実家から堀越学園まで3年間、無遅刻、無欠席で通った。品行方正、学業優秀者に贈られる『堀越賞』を芸能人コースでは初めて受賞しています。腐ることなく頑張ったのは草gならではでしょう」(同前)

 草gはそんな稲垣のことを長らく「ごろちゃん」と呼んでいたが、30歳を超えたことから「ごろさん」と呼ぶようになった。

「草gは気配り上手で、他人への配慮を欠かさない。だからこそ格好良くて天真爛漫、自由人の稲垣はある意味で憧れの存在なのかもしれませんね」(アイドル誌記者)

 元SMAPの中で唯一、ジャニーズに残り、孤立している感のある木村ともいい関係を築いていた。

■キムタクが草gに恩義を感じている理由

「草gと木村はSMAP結成直前に、故・ジャニー喜多川氏と交流があった萩本欽一さんのところへ“修行”に送り込まれました。ジャニーさんは笑いの取れるアイドルを育てたかったんです。でも稽古の時に欽ちゃんが、いなり寿司好きの木村を『おいなりくん』と名付けたことで、反発した木村が稽古に通わなくなってしまいました。

 しかし草gはそれからも欽ちゃんの稽古に熱心に通った。その後SMAP結成と同時にバラエティー『欽きらリン530!!』(日本テレビ系)のレギュラーに抜てきされ、番組内で勝俣州和たちと後のCHA-CHAになるアイドルユニット『茶々隊』を結成しています」(前出・テレビ局関係者)

 萩本の稽古から離脱した木村は、“欽ちゃん修行”を最後まで全うした草gに恩義を感じていたこともあったという。

「ジャニーズ事務所在籍時代、彼らは女性マネジャーの誕生日にメンバーで金を出し合ってプレゼントを贈っていました。ある年、草gがプレゼントを買いに行く役目になったのですが、予算をはるかにオーバーするものを買ってきてしまった。唖然とするメンバーの中、木村が『草gは、こっちの方が似合うと思ったんだよな』ととりなして、超過した差額を気前よく払ったそうです。木村にとって草gは真面目で可愛い弟分だったのでしょうね」(前出・音楽関係者)

■仕事が少なかった草gへの「中居独特の気遣い」

 リーダーだった中居も、大器晩成型の草gをずっと見守ってきた。

「高校時代の草gは仕事が少なくて、朝5時半起きで通学していた。中居は夜遊びを終えた午前4時過ぎくらいに電話して『剛、ごくろうさん。大変だね』といじっていた(笑)。でも、これは草gが腐らないようにという中居流の気の使い方なんです」(ワイドショー関係者)

 草gも中居独特の気遣いには気が付いていたのだろう。中居のことを「大将」と呼んでいた時期もある。当時、芸能界の大将といえば萩本欽一だった。萩本の薫陶を受けた草gならではの信頼の証だろう。

 メンバーに見守られながら雌伏の時を過ごしてきた草gだが、ブレイクのきっかけとなるチャンスが巡ってくる。

「1997年に『いいひと。』(フジテレビ系)で連続ドラマ初主演に抜擢されたんです。草gはこのチャンスをちゃんとものにしました。昨年9月公開の主演映画『ミッドナイトスワン』で高い評価を得るなど、“俳優・草g剛”のスタートになった。中居くんは、この作品が放送される前から、出会う人出会う人に『剛は来るよ』『今年は剛の年になる』とプッシュしまくっていました」(ドラマ関係者)

■「50歳になっても、60歳になってもSMAPだったらいいな」

 草gくんはSMAP時代を振り返って「なんだかんだ言っても、中居くんがリーダーじゃなかったらSMAPは、やってこれなかった。中居くんのそばで仕事ができて幸せだった、感謝している」と話しているという。

 草gを中心とした元SMAPの絆??。

 昨年2月のジャニーズ退所会見で、中居は再結成について「0ではないし、100%でもないし、1人ではできない。待ってくれる人がいるから応えられるわけではない。メンバー5人で、さまざまな環境や兼ね合いもある」と話している。

 中居は今から24年前、司会を務めていた深夜の音楽トーク番組「TK MUSIC CLAMP」(フジテレビ系)で草gをゲストに迎えた際に「50歳になっても、60歳になってもSMAPだったらいいな」と話していた。

 草gの結婚を祝福する元メンバーらの姿に、再結成という夢を見たファンも多かったのではないだろうか。

(川田 南雲/Webオリジナル(特集班))

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