「面接した女のコは6000人、うち800人は…」筆者も驚いた“郡山の風俗王”が生み出した革新的サービスとは?――2020 BEST5

「面接した女のコは6000人、うち800人は…」筆者も驚いた“郡山の風俗王”が生み出した革新的サービスとは?――2020 BEST5

“郡山の風俗王”と呼ばれた伊藤守氏(著者撮影)

2020年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。インタビュー部門の第1位は、こちら!(初公開日 2020年10月11日)。

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“夜の店”が人口比率で日本一と言われた東北有数の繁華街、福島県郡山市。この街に“郡山の風俗王”と呼ばれた一人の男がいた。男は最盛期には36店舗を擁す「風俗店グループ」を築きあげたが、コロナ禍のいま古びた雑居ビルの一室でピンサロ1軒だけを細々と営んでいる。

 彼の波乱の半生を、ベストセラー『 売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ 』の著者、高木瑞穂氏が紐解いていく。(全2回の2回目。 前編 を読む)

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■「法律の範囲内でアイデア勝負すれば問題ない」

“郡山の風俗王”と呼ばれた伝説の風俗店経営者、伊藤守。1996年、彼が46歳にして、はじめて風俗の道に入ったのは、コンパニオン会社を手放し無収入だったところを福島市内のピンサロの社長に拾われたのがきっかけだった。

 社長の指示の下、福島初の韓国エステ店を任され成功を収めるが、警察の摘発が間近に迫り、たった3ヶ月で店を畳まざるを得なかったことは、 前編 で紹介した。

 意気消沈して地元・郡山に戻った伊藤だったが、まもなくコンパニオン業時代の従業員と2度目の結婚。妻の援助を受けて、日本人女性を雇ったエステを始める。いよいよ郡山での性風俗事業をスタートさせたのだ。

 韓国エステでのノウハウを生かし、今度は伊藤とは別に名義人を立てた。加えてマッサージの先生も置いて健全店に偽装するなどそれなりの口実も用意した。

 それでもヌキがある以上、違法店に違いはない。結果、半年後、伊藤は風営法違反(無許可営業)の容疑でパクられた。

「オープンして2週間後、誰かがチクって一度、警察が『やめろ!』って乗り込んできたことがあったの。私は業界のことに疎く、手コキなんてどこもやってるもんだと思ってたから、その警告を無視して一旦はヤメたふりをしてまた看板替えて始めたんです。

 ところが甘くなかった。30万の罰金刑で20日間拘留された。警察や検察で取り調べを受けるなか、そこで初めて風営法が何たるかを学びました。なぜ手コキのエステはダメで、より過激な口でのサービスがあるピンサロが堂々と営業を続けられているのか。法律の範囲内でアイデア勝負すれば問題ないことが身に沁みて分かりました」

■デリヘルはあっという間に10店舗、20店舗に

 逮捕で風営法の本音と建前を理解した伊藤は、さらに自信を深め、知人から寂れたスナックのテコ入れを頼まれ「ピンサロ」に鞍替えし大繁盛させたことを皮切りにキャバクラ、水着パブ、メイドパブ、デリヘルなどを次々に立ち上げる。

 なかでもデリヘルは大成功を収めた。

 時は新風営法が施行された直後のデリヘル元年(1999年)。郡山で初だった物珍しさも手伝い、10年後には30店舗まで膨れ上がったのだ。

「韓国エステ時代にステ看を出したけど警察から条例違反を指摘され取り下げたことがありました。なら正式な看板ならいいかと思い、街の『タクシー乗務員募集』の横にデリヘルの看板を出したんです。すると面白いように客が来た。

 看板を1本出すと、日に10本の電話が鳴る。3本出せば、毎日30本。もうウハウハでした。でも、それも長くは続きませんでした。しばらくして警察から風営法違反をタテに看板を降ろすよう指摘されたんです。仕方がないからゲリラ的に電柱にピンクチラシを貼る、いわゆる電貼りに切り替えたら、それもダメだと言われた」

 八方塞がりだった伊藤は、インターネットの風俗情報サイトに広告を出すのと同時に、自らも風俗店のポータルサイトを作ることを思いつく。取り急ぎ自身が経営するデリヘル・キャバクラ・ピンサロ・メイドパブなどを集めてサイトで告知した。まだ「爆サイ」(日本最大級のローカルコミュニティ掲示板)が無かった時代だ。いかに先見の明があったかが窺い知れよう。

「デリヘルはあっという間に10店舗、20店舗になりました。多いときは年に5店舗のペースでバタバタバタって出店しましたから。最盛期は30店舗になってましたね。もちろん全て郡山です」

■筆者も驚いた革新的レンタルルームの中身

 3年後の2002年、次に伊藤は、街中で合法的にデリヘルの告知をするために風俗案内所を、デリヘル嬢を呼ぶホテル需要を見込んでレンタルルームを、それぞれ同時期に郡山で初めて仕掛ける。特に部屋がイメクラ(イメージクラブ)風に設えられたレンタルルームは爆発的にヒットし、その存在は郡山を超えて全国の好事家が知ることとなった。

 かつて郡山を訪れた際、偶然にも伊藤が経営するレンタルルームを利用し、その斬新さにすっかり魅了された僕は、その体験ルポを複数の実話誌に書きなぐったものだ。伊藤のアイデアは、風俗取材に慣れた僕を驚かせるほど革新的だったのだ。

「レンタルルームを立ち上げた頃には風営法のラインを熟知していたからもう、慣れたものです。同じ建物に事務所を構えたりしてはダメ、呼び込みもダメ。見よう見まねでヤクザが始めたレンタルルームは部屋に女のコを待機させてたから警察に踏み込まれた。対して私は警察とツーカーで、そういうノウハウを生活安全課のオマワリから聞いてね。

 レンタルルームは一気に8店舗になるなどすごい勢いでした。最初からイメクラ風にしようと考えてたかって? そうですよ。私はとにかく人を驚かせたり喜ばせたりするのが好きだから。覗きの出来る部屋、吊革を設えた電車風の部屋、学校の教室風、跳び箱とマットが敷かれた体育倉庫風の部屋。自分は興味ないですよ。イメクラだって行ったことない。でも、生きている中で知るでしょ、イメクラの存在くらい。

 要は客目線で作っただけ。ウチのレンタルルームに入ってデリヘル嬢を呼んだ客がどういう目的で来たのか。女子高生の制服が好きな人がデリヘルで制服のオプションを付ける。なら部屋も教室風にしちゃえ。そんな客の妄想を具現化しただけで。

 でも、実は私がやった商売で一番当たったのはメイドキャバクラ。最初は生理でデリヘルをお休みするコを集めてスタートしました。ちょうど東京・秋葉原でメイド喫茶がブームの頃でした。郡山は田舎町だから、喫茶店は無理だと踏んで飲み屋にした。もちろんメイド喫茶もメイドキャバクラも郡山はもちろん東北全域にすらない。

 すると見事にヒットした。東北にもいろんな人種がいるんだよね、ぬいぐるみをいっぱい持って遊びに来たり、アニメ柄のリュックを背負って来るオタクが。自然、ウチで働きたいって女のコも集まってきて、最終的には5店舗まで増えました。ところが男子従業員が育たなくて結果、泣く泣く閉めた。これは私の誤算だね。女のコの扱いは得意だったけど、男はダメで」

■「ヤクザはみんな面倒見ましたよ」

 伊藤は、どうすれば客を喜ばせられるか、常に頭を巡らせていたという。欲望はカネに化けるからなのかと聞けば、それは違うと否定する。

「だって私の生き方を考えてみてください。突拍子もないことばかりでしょう。カネは二の次。知恵を絞って店作りするのってホント、楽しいの。コンセプトはもちろん、屋号を決めたり店舗デザインなどする、全てが。ただそれだけのこと。ヒトがね、特に女のコが好きで、彼女らが働く場所を提供する。オンナを扱う商売だけは誰にも負けたくないっていう思いがあるんです。自分が一番だと思ってるんです」

 結果、“郡山の風俗王”と呼ばれるまでになった。絶頂期は東日本大震災直前の2010年、伊藤が還暦を迎えた頃だった。

「といっても、カネ儲けなんて考えてないから年商7億程度だけどね。従業員も男子スタッフ含めて250人くらい。年収? 出来るだけ社員に還元してたから私の取り分は2千万くらいですよ。その代わり無借金経営だった。店舗展開も全て会社のカネです」

 自分の食う分だけを確保し、残りは妻に送る。会社に残ったカネは全部、新店舗に注ぎ込んだという。

 夜の世界でのし上がることは、つまりヤクザと共生することを意味する。彼らの存在を避けて頭角を現すことなど不可能だろう。

 みかじめ料の要求に始まり、ヤクザを使った競合店からの嫌がらせ。降りかかる火の粉にどう対処したのだろうか。

「ヤクザはみんな面倒見ましたよ。ショバ代みたいなものも当然、月に100万くらいは払った。だけど、ヤクザとかカタギとか関係なく、人として気に入ったから付き合ったまで。警察も一緒です。覚醒剤の売人の捜査などの協力要請があれば、情報提供をする。それも全て街を良くしたいという気持ちから。ヤクザも警察も関係なく、人が困っていれば面倒を見る。嫌われるようなことは一切してないから当然、他店からの嫌がらせもないんです」

 みかじめ料だけでなく、ときにはヤクザがカネを借りに来ることもある。あるヤクザは300万、またあるヤクザが500万。カネに困ったヤクザは伊藤の元に集まった。

「気持ちは貸すんじゃなくて、あげる。もちろん返済するヤクザもいれば、それっきりのことも。でも過去に金貸しやって取り立ては懲りてるから、『社長、助けてください』と相談されれば、基本はくれてやるんです。使えばまた戻ってくると思ってるから、あまりカネに執着がないんです。ヤクザが経営していて立ち行かなくなったレンタルルームを、ヤクザの言い値で買ってあげたこともありました。相場の倍の値段を提示されたのに、です」

■面接したのは6千人、うち裸にしたのは800人

 それでもトラブルが全くないわけではない。アルコールが入れば強気に出る一般客も少なくないからだ。

「店で客が暴れた末に誰かに助けを求めたらしく、ヤクザ口調の男から電話がかかって来たことがありました。それで私が電話に出て伊藤と名乗ると『申し訳ございませんでした』と瞬時に謝った。普通ならあーでもない、こーでもないと始まるところ、私の名前を聞くと大人しくなるわけです。

 郡山は、一時はA組織が進出してきたことがあったけど、基本的にはB組織が仕切っている。そのため、(Bは昔から世話してたから)上から下まで私の名前は知られているんです。そんな具合で、いまも昔も私に文句を言う人はいない。そりゃそうですよ、ヤクザから感謝状もらえるくらい世話をしてきたんだから。警察だってそうですよ、警察は潜入捜査ができない。その代役で何度、ウチの従業員に本番行為の疑いがある店の調査に行かせたことか。

 もちろんウチの女のコを含めた従業員も同じだよ。カネだけじゃなくて、例えば子ども堕ろすのに保証人になったり、リストカットだ自殺だっていうことでも心のケアをするし。いうなれば親代りだよね。特にこの業界は、母子家庭にDVと、いろんな問題を持つコが多い。10人に1人は心に病気を抱えてる。面接したのは延べ6000人、うち裸にしたのは800人。そのコらとは真剣に接してきました。美人だろうがブスだろうが一切関係ナシで」

 組織は同じでも枝が違うヤクザ同士が一度、伊藤をめぐり取り合いをしたことがあるという。伊藤はカネになるからだ。

「2人の親分から『伊藤さん、どっちに付くんだ』と迫られた。そのとき私は、ヤクザとして付き合ってるわけではないから『どっちにも付かない』と両者とも突き放した。人として付き合ってるんだから『どちらに付くも付かないもない』。そう話を終わらせたんです。

 実は一方は親分との付き合いだったけど、もう一方は格下との付き合いだった。それが気にくわなかったらしく、ヤクザが『どちらか選べ』と言ってきたわけ。こんな性格だからヤクザによく言われるんです、『伊藤さんはヤクザよりもヤクザだね』って」

 そのヤクザたちとのみかじめ関係も、賠償詐欺の件をきっかけに「申し訳ないけど」の一言で清算した。ヤクザの処世術からすれば、あっさり引き下がるわけにはいかぬはずだが、伊藤の施しが分かるエピソードだろう。

■ボランティア尾畠さんに「負けちゃいられない」

 最近、伊藤は、コロナ対策を講じた新店舗を準備しているそうだ。

「旧知の大家さんから頼まれて、居抜きでショーパブをやろうかと。なんでも東京ではマジックミラー越しに女のコのパンチラを覗き見る『見学クラブ』ってのが流行ってるんでしょ。だからショーパブのステージをマジックミラーで間仕切りして、ショーの覗き見ができるようにしようと思ってるの。

 女のコはライブチャットのコらで賄うつもり。ウチのグループでライブチャットをやってた元従業員が、いまも別の会社で続けてるの。そこの女のコを貸してくれるって言うからさ。これならコロナ対策も出来て、一石二鳥でしょ。

 まあ、東電から返還要求が来た直後はこんな気持ちになれなかった。でも、九州の水害報道等で活躍する10歳上のスーパーボランティア・尾畠春夫さんを見て、私も負けちゃいられないって。加えて災害で家を無くしたり、コロナで廃業した飲食店報道を見るたび、『自分は幸せなんだなぁ』と感じるんです。残るピンサロはコロナで売り上げが半減し、8月にはとうとう赤字になった。本当はヤメたいけど、女のコの職を無くしたら申し訳ない。だから、そろそろ求人と営業広告を出して攻めに転じようかと。どんなに苦しくてもあと3年は頑張るつもりです。そして必ず復活して見せますよ」

“郡山の風俗王”の飽くなき情熱は、震災、賠償詐欺、新型コロナと苦難が次々と押し寄せても未だ消えてないようだ。

 伊藤は今年、コロナ禍で古希を迎えた。

(文中敬称略)

■2020年 インタビュー部門 BEST5

1位:「面接した女のコは6000人、うち800人は…」筆者も驚いた“郡山の風俗王”が生み出した革新的サービスとは?
https://bunshun.jp/articles/-/42227

2位:『野ブタ。』人気俳優と腕組みシーンでクラス全員から無視…元SDN48の私が抱える生きづらさの原点
https://bunshun.jp/articles/-/42226

3位:「需要あるのかな」事故で脊髄損傷の28歳アイドル、劇的復帰の原動力
https://bunshun.jp/articles/-/42225

4位:父はヤクザ、母は自死…「機能不全家族でした」顔色ばかり窺っていた高知東生の幼少期
https://bunshun.jp/articles/-/42224

5位:「あれっ私は夏目雅子じゃないのか」山田邦子60歳が語る「ブスいじり」と“デビューした頃”
https://bunshun.jp/articles/-/42223

(高木 瑞穂/Webオリジナル(特集班))

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