夫は植物状態に…「早く病院に運ばないと疑われる」 中国人妻がインスリンを投与した顛末

夫は植物状態に…「早く病院に運ばないと疑われる」 中国人妻がインスリンを投与した顛末

©iStock.com

中国人妻“ミョウガ茶”やけど事件「またやられるかもしれない」 夫は殺害を予期していたのか から続く

 2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『 中国人「毒婦」の告白 』から抜粋して紹介する。(全2回中の2回目。 前編 を読む)

◆◆◆

■インスリンの致死性

「したがって、(1)被告人詩織が自宅でインスリン投与(2)生命の危険が生じる程度に自宅で放置(3)その後インスリン投与の発覚を防ぐために病院に搬送、医師の治療を受けさせる(4)しかしその甲斐なく被害者は死亡する、というストーリーが久美子と詩織の間で練られていた可能性が高い」

「インスリンに対し被告人にも被害者が死亡する可能性のあるクスリと(久美子は)説明していた。だから殺意があった」

 そしてその背景には久美子に対して支払われるカネがあったとする。

「保険金から500万円が支払われる約束。それにもとづき実際、現金60万円が支払われた」

 こうした検察・一審判決に対し弁護側は控訴趣意書などで、こう猛反論した。

 そのひとつインスリンの致死性の認識度についてはこうだ。

「判決は、大川久美子がインスリンの過剰投与が生命に対する危険性があると認識していたとするが、それらの認定は恣意的解釈。

 社会一般のインスリン製剤の認識は、ほかの劇薬、例えば青酸カリなどと異なり、劇薬と思っている患者はほとんど存在しない。

 背景として、普通一般的に医師から患者、家族に、そうした切羽詰った説明はされていない。

 原判決はH医師の供述にもとづき危険性が説明されている旨を認定した。しかしH医師の供述を仔細に検討すれば『脳障害の恐れ』『死にいたる危険性』などの説明は、まったくされていない。

■放置されて生命の危険

 また証人の医療技師のひとりも、インスリンの大量投与による自殺例が一般に周知されているかと聞かれ、『医学系の専門誌に載る程度の話で一般患者はそうした情報に接する機会はない』と答えている」

 さらに、その技師は、こうも証言していると弁護側は指摘。

「インスリンは、打たれたときの患者の状態、つまり食後、体の中に十分糖質の貯蔵がある状態か、そうでないのか、大きい体か、小さい方か、打たれたあと、適切な処置が行われるまでの時間によって、まったく結果が異なってくる。例えば1000単位(通常の糖尿病患者に対するインスリン投与量は成人で1日2回で1回4単位から多い人でも20単位程度)、2000単位というとんでもない量を注射しても、比較的早期に発見されて適切な治療が行われれば、救命は十分可能だ。しかし、たとえ100単位程度の量でも、注射をされたあと、長時間にわたって放置されて適切な治療が行われなければ生命の危険がでてくる。それぐらい極端に幅のあるもの。致死量というものを一般の毒物のように設定することはできない」

 また、別の医者は、その「放置されて生命の危険」という状態をこう説明している。

「呼吸中枢が止まってしまうということを考えれば2日くらいでしょうか。何もしないで、何も摂取できないという状態であれば、もう少し長いかと思います。ただ、これは推測で何ともいえません」

 こうした流れから、弁護団はインスリンを過剰に投与した場合、適切な処置をせずに放置した時間が長ければ長いほど脳障害、死亡の可能性が高くなるが、そんな危険性は社会一般にはまったく認知されていない、とする。したがって、インスリンの致死性が糖尿病患者、家族に普通に認識されていたという判決は事実誤認もはなはだしい。誰もが少しは注意するが、そんな恐ろしいクスリという認識は一般人、患者、家族にもない。

 したがって久美子も夫という糖尿病患者の家族を通し致死性、危険性を認識していたとする一審判決は誤りだ、とし、こう続ける。

「久美子の捜査段階の供述調書では大変危険なクスリだという認識があった、とされている。

■早く病院に運ばないと詩織が疑われる

 ところが、久美子は同じ捜査段階の供述調書で『日本の警察は優秀だから、そんなクスリ使って家で死んじゃったりしたら、簡単に病気と信じてくれないことを忠告し、病院に運ばないと駄目と詩織に念を押した。そして病院に連れていったら、治療を受けて、茂さんが命をとりとめることになるかもしれないが、インスリンを打ったことを疑われては元も子もない。それが何より心配だった』と供述したとしている。実際、(久美子は)インスリンを打ったと詩織から報告を受けたときも、早く病院に運ばないと詩織が疑われると指示している。

 こうした指示は『インスリン製剤を過剰投与した場合には、低血糖症になって意識不明となる。そのままの状態では生命の危険すらある』という認識とは完全に矛盾する。なぜなら、インスリン投与の危険性は、量より注射後どの程度の時間、適切な治療を受けず放置していたかによる。注射後、病院で医師の治療を受けさせたのでは被害者は一命を取りとめる可能性もあり、殺害が目的ならば、目的達成は無理になる。従って、これらのことから久美子の中で低血糖から脳障害、死亡の認識は十分ではなかったと証明できる」

 そのうえで詩織と久美子の殺害計画をもこう否定している。

「殺害計画が詩織と久美子で練られたというが奇想天外のきわみ。健常者への大量投与の前例は医学的にほとんどないし、専門医もインスリン注射後、どの程度放置すれば生命の危険が生じるかまったく分からない。素人の久美子がそのような微妙なさじ加減で殺害するよう詩織に指導するなど不可能」

■「放置時間」の謎

 ここで検察側、弁護側の最終的争点となったのが、詩織がインスリン注射してから救急車を呼ぶまでどれだけ時間があったかだ。つまり放置時間の問題である。もっとも検察は、逮捕直後に詩織から「茂さんにインスリンを投与したのは午後11時ごろ」という供述を得ていた。

 これについての、弁護人と詩織の06年11月15日の公判廷でのやりとりは以下のとおりだ。

弁護人 供述調書では『午後11時ごろインスリンを打った』と述べているようだが?

被告人 病院や警察も午後11時ごろと知っているといわれましたから。

弁護人 手が震えた話、警察に言いましたか?

被告人 してません。

弁護人 どうしてしなかったのか?

被告人 つらいことだった。時間も取り調べも警察にあわせればいいと思いました。

■警察に逆らっても無駄

 ところが同じ公判廷で詩織は注射した時間を警察供述書とは異なって、こう証言している。

弁護人 インスリンは何時ごろ注射しましたか?

被告人 時間たってたけれど朝ごろ。明かりがさしてきましたから。

弁護人 どこに注射したか?

被告人 腕。どっちの腕だか覚えていません。

弁護人 量は?

被告人 半分過ぎ(1本の)。

弁護人 注射器のダイヤル回し、何回したのか記憶はありますか?

被告人 冷静でなかったので。2〜3回ぐらい。

 詩織の日本語は必ずしも完璧ではない。従って、警察や検察での取り調べの際、質問をどれだけ正確に理解していたかは不明だが、公判記録で見る限り、逮捕直後の彼女は、犯行時間を取調官の言うままに供述した可能性もあっただろう。警察に逆らっても無駄という、諦念があったことが手記からはうかがえる。この時点で詩織に、犯行時間が殺意の有無の判定を左右するかもしれない、という認識はあったのだろうか。

 その後、公判廷における弁護士とのやりとりから、朝方に注射したと記憶を修正し、手記の中でも、私との面会時にも朝方と主張している。この部分の詳細はさらに後章に譲るが、「放置時間」は検察と弁護側の、公判途中からの水面下の大きな争点となっていたのだ。

 こうしたやり取りを経て、詩織の控訴審判決は07年9月19日と決まった。

(田村 建雄)

関連記事(外部サイト)