中国人妻“ミョウガ茶”やけど事件「またやられるかもしれない」 夫は殺害を予期していたのか
2021年01月21日 18時00分 文春オンライン

©iStock.com
2006年、“中国人妻の夫殺人未遂事件”が世間を騒がせた。お見合いツアーを経て結婚した中国人妻の鈴木詩織が、親子ほども年の離れた夫、鈴木茂に、インスリン製剤を大量投与するなどして、植物状態に陥ったのだ。夫の目を盗んで性風俗で働いていたことや、1000万円で整形した等との噂も影響して、センセーショナルな報道が相次いだ。そんな中、事件記者として取材を進めていた、田村建雄氏は、獄中の詩織から300ページに及ぶ手記を託される。取材の様子を『 中国人「毒婦」の告白 』から抜粋して紹介する。(全2回中の1回目。 後編 を読む)
◆◆◆
手記では2つのコンロのうち、ひとつはミョウガ茶、もうひとつのコンロでは味噌汁を作っていた。そして晩御飯のおかずに詩織の得意の炒め物をやろうとして準備をしていたと記されていた。その炒め物のコンロのスペースを空けるため、ミョウガ茶を動かそうとして、梅を取りにきた茂に気づかずぶつかり誤って火傷を負わせたというのが詩織の主張だ。しかし、弟は警察の調べと公判廷で兄から聞いた話として「食事の準備はしてなくて当時はミョウガ茶だけを作っていてコンロは1つは空いていたと聞いていた」という証言をしていたのだ。
■またやられるかもしれない
再び一審での弟の公判廷での証言を続ける。
検事 (当時火傷にはさまざまな疑問、疑惑があり)公にしたほうがいい、警察に捜査してもらったほうがいいと思ってましたか?
弟 思ってました。
(中略)
検事 お兄さんは、また何か危害を加えられるんじゃないかと身の危険を感じるようなことを言ってたことがあるんですか?
弟 ハイ、またやられるかもしれない、あとは頼むよということは聞いています。
検事 あとを頼むとは どういうことですか?
弟 家のこととか子どものこと。
検事 やられるかもしれないというのはどの程度危惧を持っていた?
弟 今回火傷で死ぬ寸前までいっているのでもっとひどいあれじゃ……。
弟は「兄は当時いつかは命を狙われるようなことが起こりうるかもと薄々感じていた」と証言している。これらの弟の証言と供述調書に対し、判決では「弟の供述は十分信憑性がある」との判断が下されたのだ。
■どうして茂さんにお湯がかかったか
詩織サイドは、当然ながら、これらの供述や冒頭陳述に猛反発した。例えば「梅ぼしを取って欲しいと詩織が頼んだ」などという指摘について、詩織は06年11月15日の公判(千葉地裁)で大島一弁護士らからの弁護人質問でこう答えている。
弁護人 どうして茂さんにお湯がかかったか覚えている範囲で説明してください。回転したとき茂さんの体に鍋はぶつかったの?
被告人 右回転で鍋をテーブルに置こうとしたら鍋が傾き、お湯が私のほうにかかってきた。反射本能でまっすぐに直したら茂さんにかかってしまいました。
弁護人 茂さんに鍋はぶつかったのか?
被告人 実際鍋が茂さんにぶつかったのは見ていません。感覚ではそう思いました。
弁護人 茂さんがお湯がかかる前にいた場所はガス台とダイニングの間の電子レンジ寄りですね。ガス台のすぐ右側ですか?
被告人 ハイ。
弁護人 茂さんは回転前にそこにいたと思いますか?
被告人 ハイ。
弁護人 そんなに近くにいたのにどうして気がつかなかったのですか?
被告人 それまで(茂さんは)ビールを飲んでテレビの前にいました。私は(イヤホンで)音楽を聴いていて注意していませんでした。
弁護人 茂さんのどこにぶつかりましたか?
被告人 私はみていませんでした。もしぶつかったとしたら肩辺りです。
弁護人 茂さんは何をしていたのですか?
被告人 何かをとりにきていました。梅か梅ぼし。
弁護人 茂さんに後で聞いたのですか?
被告人 梅か梅ぼし。
弁護人 事件後も聞いていないのですか?
被告人 頭が真っ白になっていたので覚えていません。
弁護人 どうして梅か梅ぼしと思ったのですか?
被告人 茂さんは1日1回梅ぼしを食べます。お酒の中につけた梅を3時のおやつ、食後などです。
弁護人 梅酒の梅?
被告人 ハイ。
弁護人 あなたは梅を食べる習慣は?
被告人 私はありません。最初食べましたが、アルコールがきついのであまり好きではありません。
■信憑性がない弟の供述
弁護人 梅ぼしは?
被告人 嫌いです。
弁護人(被告人が)梅をとるように頼んだことはなかったのか?
被告人 ありませんでした。
弁護人 弟さんは、(その時)茂さんがあなたに梅をとるように頼まれたと証言していますが、そんなことはなかったのですか?
被告人 ホーメイヨウ!(中国語で、「ありません!」)
さらに弟が「自分が近くにいたことを詩織は知っていたはずだ」と兄から告げられたと警察に供述していることについても、07年6月の高裁に対する「控訴趣意書」で弁護側はこう反論している。
「これほど重要な内容が最初の検察主尋問で現れなかったのは不自然。ところが第6回公判で裁判官の補充質問で突如現れた供述。弟が捜査段階からそうした供述をしていれば主尋問で出てきているはず。途中から述べ始まったこと自体が信憑性がない。原判決では、この点何も言及してないが、この供述の信憑性に疑いがある以上、弟の供述全体の信用性もゆらいでいる」
この「故意による火傷」も含め、これまで何度か一審判決、弟の公判廷シーンで指摘されてきた、後のインスリン投与事件にもからむ極めて重要な弟の証言、「04年1月8日に、“またやられるかもしれない、あとは頼む”といわれた」にも弁護側はこう反論している。
「弟が日ごろから重要なことをメモしていた家計簿、日記、備忘録のノートにも、同日の記載された部分には『アジ(魚)あげる』などと書かれているのみ。だから弟が公判廷で茂から言われた言動が本当にあったかどうか極めて疑わしい」
■インスリン投与に殺意は?
次に糖尿病治療用のインスリン製剤を注射器で大量に投与し事故死にみせかけ殺害しようとした容疑について見てみよう。
詩織が、手記や面会時に私に語ったところでは、インスリン投与の際、殺意はなく、あくまで「身体を弱らせるのが目的だった」と一貫している。しかし検察、一審判決は火傷同様、厳しい判断をみせている。
インスリンの致死性認識については「インスリンを被告人に分け与えた大川久美子には過剰投与により、低血糖状態に陥った場合、生命に対し危険性があることの認識があった」とし、その理由を、こう述べる。
「インスリンは、投与量次第で低血糖や意識を失う恐れがある危険性を持つ。だから医師からは投与量について厳格な指導がなされ、糖尿病患者は危険性について承知している。患者の家族もインスリンの取り扱い方や低血糖状態の危険性、対処法を周知されている。
久美子は夫が糖尿病患者だったのでインスリン製剤は糖尿病患者でも必ず決められた量を守ること、必要以上に打てば低血糖で体がしびれたり震えたりし、そのままにしておけば意識がなくなるなど、使い方をまちがえると危険と知っていたとの捜査段階の供述がある」
「久美子には過剰なインスリンを打ち低血糖になり放っておくと意識がなくなるという認識があった。そのまま意識が戻らなくなって脳障害・死亡の可能性もあると認識していた」
その上で「だから明確な殺害計画があった」と断定している。
夫は植物状態に…「早く病院に運ばないと疑われる」 中国人妻がインスリンを投与した顛末 へ続く
(田村 建雄)