「自分だけの『悪口辞典』が作れるといいな〜」 “エグい職場”で笑って生き抜く後輩のストレス対処法とは

「自分だけの『悪口辞典』が作れるといいな〜」 “エグい職場”で笑って生き抜く後輩のストレス対処法とは

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「また一人ダメになったなぁ」30人いたスタッフが2ヵ月で10人に…コールセンター業界のヤバい実態 から続く

「人見知りで話しベタで気弱」を自認する新卒女性が入社し、配属されたのは信販会社の督促部署! 誰からも望まれない電話をかけ続ける環境は日本一ストレスフルな職場といっても過言ではなかった。多重債務者や支払困難顧客たちの想像を絶する言動の数々とは一体どんなものだったのだろう。

 現在もコールセンターで働く榎本まみ氏が著した『 督促OL 修行日記 』から一部を抜粋し、かつての激闘の日々を紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◇◇◇

■自尊心を埋める

 同期のA子ちゃん。努力家で美人で、やさしい、私の憧れだった彼女が心身を壊して会社を辞めたことは、私の心に大きな穴を開けた。

 それと同時に私も、このままじゃ心も体もダメになると思った。このままではきっと私も彼女の後を追う、遅かれ早かれ同じ状態になってしまうに違いない。

 A子ちゃんは、お客さまに怒鳴られたり、感謝されないことが嫌だと言って会社を辞めてしまった。その気持ちは痛いほどよくわかる。

 この督促の仕事を続けていくためには、怒鳴られたり感謝されなくても平気な「心」を作らなきゃいけない。

 でもなんで相手から怒鳴られたり、罵倒されたりすると傷つくんだろうか。そんなの当たり前かな? でも世の中にはののしられて喜んじゃう趣味の人たちだっているわけだし(!?)、きっとお客さまの言葉に傷ついても平気になる方法があるはずだ、と私は考えた。

 例えばお客さまに悪口を言われたとする。そうするとカチンときて腹が立つか、もしくは心が傷つく。けど、なんでカチンときたり傷ついたりするんだろう。

 それは、人間には自尊心があるからだ。

 人間は誰でも自尊心を持っている。ぞんざいに扱われたり軽んじられたりすると、それが傷ついてしまう。お客さまにひどいことを言われると自尊心が傷つく。お礼を言われないと自尊心が満たされない。だからこの仕事は辛いんだ。私の痛みの源になっているのは自尊心、つまりプライドだ。

 私はプライドが高かった。だって自分に自信がなかったから。自信がない人はプライドを高くすることで自分の心を守る。プライドは傷つけられないための外殻のようなものなのだ。でも、いきなり自分の自尊心を消すというのは無理な気がする。感情を消そうと思っても消えないように、自尊心も消そうと思っても消せない。

 よし、わかった。埋葬しよう!

 自尊心は消せない、なら埋めてしまえばいい。

■20万円のビジネスセミナーに

 そうして私は自分の自尊心を埋めに、西新宿へ向かった。ちょうど私はその頃、交渉術を身につけるために生まれて初めて20万円も投資してビジネスセミナーに通うことにしていた。K藤先輩に散々ダメ出しをされ、必死に勉強していたのだ。そのセミナーは西新宿の高層ビルで行われていた。

 そのセミナー会場に入る前に、私は、少し立ち止まって、そのビルの下に自尊心を埋めることにした。

(ここが私の自尊心のお墓)

 そう決心して、セミナーを受講するためにビルに足を踏み入れた。   

 そして埋めた自尊心に誓った。「この高い自尊心は、持っていてもおかしくないくらい私が立派になった時、きっと掘り返してあげるから!」と。私の自尊心は今も、西新宿にある、とあるビルの下に眠っている。

?

■自尊心との闘い

 でも時々、埋葬したはずの自尊心が生霊となって戻ってくることもある。

 ある日、私は半泣きで、お客さまからのクレーム処理をしていた。その日は名指しで私にクレームが入った。「N本の態度が気に食わないから俺は入金しない! 入金してほしかったらあいつに土下座させに来い」というのがクレームの内容だ。

 K藤先輩にひとしきり怒られた後に、クレームの発端になってしまった督促の電話の録音を聞き返してみる。

「おい、この忙しいのに何の用だ!」

「ご、ご入金のお願いでお電話させていただきました……」

 電話に出たお客さまは最初からケンカ腰だった。

「今日入金しようと思ってたんだよ! あーもー、お前が電話してきたからやる気なくなったわー、頭に来たからもう絶対入金しないから」

 お客さまのあまりの言いように、私はついカッとなって強い調子で言い返してしまった。

「そ、そんな! お客さまがお使いになった代金じゃありませんか!」

「なんだと!! この野郎、偉そうに!」

(し、しまった〜……!)

 ハッと我に返った時にはもう遅かった。一度怒り出したお客さまは止まらない。それからはマシンガンのようにお客さまから罵詈雑言を浴びせられることになり、その後、例の私が土下座するまで払わない、という旨のクレームが入るのだった。

 もちろん理不尽なお客さまの要求を突っぱねなきゃいけない時もある。でも、この場合はお客さまに言い返しちゃいけなかったのだ。理不尽だけど、クレーム処理に労力を取られるくらいだったら、その時間で別のお客さまに電話をかけたほうがいい。

■感情労働はツライよ

 督促や、コールセンターの仕事は「感情労働」と呼ばれているらしい。

 感情労働とは、肉体労働、頭脳労働に続いて最近注目されている労働形態の一つだ。

 簡単に言ってしまうと、肉体労働は体を使って仕事をしてお金を得る。頭脳労働は頭を使って生み出したアイデアなどを賃金に変える。感情労働は自分の感情を抑制することでお金を得る。「心を売る」なんて言葉があるけど、まさにそれだ。

 A・R・ホックシールドの『管理される心――感情が商品になるとき』という本の中では代表的な感情労働として、航空機の客室乗務員と集金人を挙げている。

 感情労働をする人々は、たとえお客さまに一方的に罵詈雑言を浴びせかけられたとしても、反論せず黙ってそれに耐え、相手のプライドを満たし満足させることを求められる。

 感情労働は心の疲労の問題が深刻なのだそうだ。肉体労働や頭脳労働の疲れは休息を取り、体や頭を休めることによって解消されるけれど、感情労働による心の疲労は、一日寝たからといって解消される保証はない。こうして心に疲労を蓄積させた結果、感情労働をする人が心を病む確率は他の労働よりも高い。

 それにコールセンターが心を病ませる仕組みになっている点については、いくら挙げてもきりがない。

 勤務時間が不規則だし、24時間稼働しているコールセンターだと夜勤も頻繁にある。コールセンターの勤務体系はシフト制で組まれていて、朝から出社する日もあれば、昼や夜から会社に行く日もある。だから生活リズムなんてバラバラになってしまう。

 こんなふうに心や体を病む要素がいっぱいのコールセンターでは、働いているだけでサバイバルだ。自分で自分を守るしかない。

■「私は謝罪するプロだ」作戦にでる

 そこで私が考え出したのが、「私は謝罪するプロだ」作戦だった。

 例えば50万円のお金を借りているお客さまに怒鳴られて、謝らなければいけない時は、この一謝りが50万! と金額に換算する。

 道端で見知らぬ人にいきなり「50万あげますから私に謝ってください」って言われたら、たくさんの人が謝っちゃうんじゃないだろうか?

「ごめんなさい」と謝ることをお金に換算するのは、まさに心を売る感情労働。でもただ理由もなく謝罪を強要されるよりは納得できる。

 プロのスポーツ選手が、アマチュアの選手と違ってものすごくストイックな食事制限やトレーニングに耐えるのは、もちろん結果を出すためでもあるけど、自分が「プロ」だと思っているからじゃないだろうか。「プロ」とは、それでお金をもらう。たとえお客さまに理不尽な言葉で罵られたって、「私は督促のプロだ、これで食べてるんだ!」と思えば仕事のうちだと割り切れる。

 プロ意識を持つこと。これは他人のためではなく自分の心を守るためにも役立つ一つの手段なのだ。

■エース・イケメンM井さんのメントレ

「え? お客さまのクレームですか? ボクは全然、ストレスなんて感じたことないですね」

「マジですか!?」

 中途入社でコールセンターに入ってきたM井さんは、さわやかな容姿のイケメン。まだ20代の若手だけど、コールセンターの中にある「クレーム対応専門チーム」に所属して日々クレーム対応に従事している。今ではセンターで一番の処理数を誇るエース的存在だ。

 お客さまの電話を最初に受けるのは、主に電話オペレーターだけれど、お客さまのクレームがオペレーターに耐えられないほどキツイ場合や、交渉がこじれてしまった場合には私と同じ立場の「サポート」をする社員が対応する。でもそれでも対応できなかったり、さらに難しい要求をしてきたりするお客さまはM井さんたち「クレーム対応専門チーム」の社員が電話を代わって交渉することになっている。

 彼らは常に十数件のクレームを抱えていて、お客さまからの罵声を浴びない日はない。時には1本の電話で2〜3時間ひたすら怒鳴り続けられることもある。

 しかも謝るだけで終わらないのが、この督促というお仕事の難しいところ。怒鳴られながらも、最終的にはお客さまを説き伏せて入金をしていただかなければならないのだ。

 お客さまの中には「馬鹿野郎!」「ふざけるなテメェ!」とか「ブス! 不細工!」(電話じゃ顔も見えないのに……)といった罵詈雑言を口癖なのか、と思うほどいちいち会話に挟みこんでくる人もいる。

 理不尽なことを言われて、きっと大変だろうな。そう思っていたのに、突然M井さんから「ストレスを感じない」と聞かされて私はビックリした。

■悪口辞典

「実はボク、お客さまに言われた悪口をコレクションしてるんです。いつか自分だけの『悪口辞典』が作れるといいな〜と思って」

 M井さんはにっこりと笑うと、ピンク色のB5サイズのノートを出してきた。その中には、日付と、お客さまに言われた悪口や罵詈雑言がぎっしりと記録されていた。

 ○月×日:「大丈夫じゃねぇよ馬鹿! お前のとこがチョンボってんだろ!! ふざけんじゃねぇ!!」と言われる。

 △月□日:「お前、何様やと思ってんねんクソが。はよせー弁護士に持って行くぞ、こらーアホ。あんたアホやから理解できないんやろ」と言われる。

(ひ、ひーー)

「ノートをつけ始めてから1年半位なんですけど、まだこれしか集まってないんですよね。最近じゃお客さまにひどいこと言われると、『やった! これでまたノートに書ける!』って嬉しくなっちゃうんですよ」

 思わず「エグイ……」と唸ってしまうような、人格を否定する言葉。それがギッシリ書き込まれたノートはすでに半分以上が埋まっている。でも、ノートの内容に反してM井さんはニコニコと満面の笑みでそのノートを見つめている。

「もしこのノートが悪口で1冊埋まったら、それはそれはすごい贅沢をしようって計画してます。だからもう悪口は、ボクにとってご褒美なんですぅ!」

「す、すごいですねぇ……」

 私は、彼とノートを交互に見やった。たしかに、悪口を悪口として認識しなければ、心にダメージを負うことはないのかも。これはビックリ、なんという斬新な「ストレスマネジメント」なんだ……!

■怒鳴られることが待ち遠しい!

 そこで私も、さっそく自分だけの「悪口コレクション」を作ってみることにした。

 お客さまに1回怒鳴られると1ポイントとしてカウントし、10ポイント溜まるとお菓子を買ったりジュースを買ったり、小さなご褒美を自分に与える。

 M井さんは悪口をノートに記録していたが、私はPCのエクセルを使って集計してみることにした。

 そして怒鳴られたり悪口を言われたりするごとに、棒グラフが伸びていく仕様にしてみた。ポイントを入力するたびに棒グラフがどんどん伸びていく様子を見るのは、なんだか楽しい。不思議な達成感がある。

(こ、これはちょっと、M井さんの気持ちがわかっちゃうかも……)

 私も次第に電話で怒鳴られることが待ち遠しくなってきた。そしてとうとう、

「あ〜あ、あと1回で10ポイント達成なのに、昨日も今日も全然怒鳴られなかったなあ……」

 なんて、お客さまに怒られなかったことをガッカリする始末。悪口コレクションの効果はすごいかも。ふと、横を見るとM井さんが今日も本当に嬉しそうにクレームの電話を受けていた。M井さんのノートが完成する日もそう遠くないかもしれない。

■話し方に自信をつける方法

『パイナップルARMY』(作・工藤かずや、画・浦沢直樹/小学館文庫)という私の大好きなマンガの中にはこんなセリフが出てくる。

「いいか、相手を倒すには自分に自信を持つことだ!!」

「たとえマル腰で敵の前に立ったとしても、なんでも武器になることをおぼえておけ!」

「マッチを敵の前でフラッシュさせろ!! ボールペンで敵の目をつけ!!」

「死にものぐるいで戦えば、君のような女の子でも敵を倒すことができる。」

 このセリフは元傭兵で今は戦闘インストラクターをしている主人公が少女相手に護身術を教える際に、アドバイスとして伝えるセリフ。このマンガを読んだ時、これはまさにそのまま、私のしている督促の交渉にも当てはめることができるなぁと印象的だった。

「自信」――これを持つか持たないかで、交渉というのは出来不出来が全く違ってきてしまう。例えば私が督促で、

「あのぅ……、お客さま、ご入金をお願いしたいのですが……」

 とおどおどと自信なさげに電話をかけたらどうだろう? なんか払わなくても良さそうな気がしてしまう。交渉は自信を持たなきゃ勝てないのだ。

 でも自信なんか一朝一夕でつくわけがなく、私はしかたなく毎度のようにK藤先輩に泣きつきに行く。すると先輩はこんなアドバイスをくれた。

「とにかく、ゆっくりしゃべって。そうしたら自信がありそうに聞こえるから」

 そ、それだけ!? 

 だいたいいきなり電話をかけて督促しているわけなので、電話の向こうのお客さまは急いでいる場合が多い。そんな時にイキナリゆっくりしゃべって電話をしたら、「早くしろ! 急いでるんだよ!」と怒られてしまうんじゃないの?

 でも、ドSのK藤先輩にすっかり調教されている私は、言われたままに先輩たちの電話の録音を聞いてみることにした。ところが、音源を聞いてびっくり。コールセンターで回収率のいい先輩方は、みんな交渉をする時、ゆっくりと話していた。

■自信を持って督促するテクニック

「ご入金が遅れているようなのですが〜、何かご事情があるのですか〜?」

「あ〜すみません、今月ちょっと出費が多くて〜……」

 督促をする私たちがゆっくりしゃべると、お客さまも釣られてゆっくりとしゃべってくれる。人間、怒ってる時は自然と早口になってしまうが逆にゆっくりした口調で怒ることはむずかしい。だからゆっくりしゃべると、穏やかな雰囲気で交渉をすることができる。

 こうして先輩方はついつい険悪になりがちな督促の電話でも印象良く会話することに成功していたのだ。

 この「ゆっくり=自信」という法則は、電話だけじゃなくて行動にも当てはまる。

 せかせかと早口でしゃべる人、きょろきょろと挙動不審にあたりを見回す人、こういった人々はあまり自信があるようには見えない。逆に落ち着いた声でゆっくりとしゃべる人や慌てず余裕のある動作で動いている人はとっても優雅で自信がありそうに見える。

 なるほど、自信って「ゆっくり」した動作の中から生まれてくるんだなぁと、督促のテクニックからまた一つ発見をした出来事だった。

(榎本 まみ/文春文庫)

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