「志村は今、そちらにお邪魔していますか?」愛弟子が“六本木のクラブ”で師匠を探し続けた夜

「志村は今、そちらにお邪魔していますか?」愛弟子が“六本木のクラブ”で師匠を探し続けた夜

まもなく一周忌を迎える志村けんさん。愛弟子が新著で明かしたその素顔とは…… ©?文藝春秋

 急逝した“笑いの王様”のプライベートの素顔とは――。昨年3月、新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなったお笑いタレントの志村けんさん(享年70)。その志村さんの傍らに7年間365日ずっと付き添っていたのが、付き人兼ドライバーだった乾き亭げそ太郎氏(50)だ。

 現在は故郷・鹿児島でレポーターとして活躍するげそ太郎氏は、志村さんの一周忌を前に、著書『 我が師・志村けん 僕が「笑いの王様」から学んだこと 』(集英社インターナショナル、2月26日発売)を刊行する。志村さんの知られざる私生活から笑いの哲学まで秘話が詰まった一冊から、一部を抜粋して先行公開する。(全3回の1回め/ #2 、 #3 を読む)

◆◆◆

■「芸人の付き人」とはどんな仕事か?

 そもそも付き人とは一体どんなことをするのか? そう思っている方もいるでしょうから、簡単に説明しておきます。タレントさんによって違いますので、これから書くのはあくまでも志村さんの付き人のケースです。

 朝――といっても、志村さんはよほどのことがないかぎり午前中の仕事は受けていなかったので、11時くらいに自宅に迎えに行きます。それからテレビ局まで運転して、車を駐車場に入れたらすぐに現場に入ります。

 一緒に入った佐久間は現場担当で、主に志村さんの身のまわりのお世話をしていました。運転を終えた僕はそのサポートをします。

 初めての現場では、まず確認作業です。スタジオまでの導線の確認、トイレがどこにあるかの確認、そして出前ができるお店の確認など。志村さんは麺料理が好きなので、ラーメンやお蕎麦の出前ができるお店を探します。

 出前をやっていないお店には「自分たちで運ばせてください」とお願いしました。最初はたいてい「ダメです」と断わられてしまうのですが、志村さんの名前を出すと何とかなります。

「うーん、しょうがないねえ。器はちゃんと持ってきてよ」

 そんなふうに許可してくれるのです。スーパースターはやっぱり違います。

■ちょうどいい長さの「鼻に入れる棒」も付き人が作成

 現場では、コントで使う小道具の確認もします。たとえばツッコミで叩くときに使う新聞が必要なら、3枚用意します。3枚だとあまり痛くないし、音もちゃんと出るからです。

 同じように、安来節やドジョウすくいなどで鼻に入れる棒も、長さが決まっています(僕の中指の付け根から第2関節まで)。これを用意するのも僕の仕事で、割り箸を削って紙ヤスリをかけて作ります。ちょうどいい長さにしないと鼻に入れたときに痛いのですが、最初はうまく作れず、

「痛ってえな……。長さが全然違うだろうが」

 などとよく怒られていました。

■志村さんがお店にいる間、リムジンの中で待つ

 仕事が終わると、志村さんは食事や飲みに行きます。行き先はたいてい麻布十番か六本木でした。もちろん運転は僕です。

 志村さんがお店にいる間、車の中で待ちます。六本木のクラブに飲みに行くと、お店から出てくるのが夜3時くらい。たとえば夜9時にクラブに入って夜2時くらいまで帰ってこないと、志村さんの行きつけのクラブの何軒かに電話をかけます。

「志村の付き人です。志村は今、そちらにお邪魔していますか?」

 そう聞くのです。

 なぜか。志村さんはいつもクラブをハシゴしていて、最終的にまったく違う場所で飲み終わるからです。僕は2時あたりからあちこちのクラブに電話をかけ、志村さんの居場所を確認し、近くに車を停めておくのです。

「今、〇〇にいる。そろそろ帰るよ」

 という連絡が来たとき、そのお店の近くに車を停めておけば、

「すぐ近くにいますので、お好きなタイミングで大丈夫です」

 と答えられます。

■休みの日も「買い物に行く」と言われれば駆けつける

 これは「なるべく気持ちよく帰っていただけるように」という配慮ですが、「10分ほどかかります」などと答えたら、またもう1軒どこかに飲みに行ってしまうんじゃないか、という恐怖感もありました(どちらかというと後者のほうが大きかったです)。

 志村さんを自宅まで送ったら、付き人としての僕の一日は終わります。

 休みは原則としてありません。志村さんが休みの日でも「買い物に行きたい」とか「飲みに行く」と言われたら、すぐに駆けつけます。24時間365日、志村さんに合わせた生活サイクルです。

 僕は当時、志村さんの自宅から自転車で10分ほどのところに住んでいました。アパートの2階の部屋です。

 今しがた書いたように、志村さんが休みの日でもいつ呼ばれるかわかりませんから、アパートで待機します。夜9時になって連絡がなければ、こちらから電話をかけ、「今日は出かけますか」と聞きます。「出かけない」と言われたら、ようやく自分のプライベートタイムになりますが、「まだわからない」と言われることもたまにありました。

 そのまま夜10時くらいまで待機して、「今から出かける」と言われたら、僕は中古で買った5000円の自転車で出かけ、1000万円以上するリムジンを運転して麻布十番や六本木に行き、また5000円の中古自転車に乗ってアパートに帰るのです。

■「何この車? 大統領でも来てるの?」

 これは付き人になってずいぶんたってからの出来事なのですが、あるとき志村さんに、

「お前んちのテレビ、どれくらいの大きさだ?」

 と聞かれました。

「20インチくらいです」

 と答えると、

「じゃあ、俺が今まで使っていたのをやるよ。明日取りに来い」

 と言われました。それは世の中がアナログからデジタルに替わり始めた頃で、志村さんは新しくデジタルテレビを買ったのでした。

 翌日、約束の時間にお邪魔すると、それは37インチのブラウン管テレビでした。

「車、使っていいぞ」

 そう言われたのでお言葉に甘え、リムジンに積んでアパートへ持っていくと、1階に住んでいた大家さんに出くわしました。

「何この車? 大統領でも来てるの?」

 目を丸くする大家さんに、

「まあ、そのようなもんです」

 と答える僕。えっちらおっちらテレビを2階に運び、部屋に設置して愕然としました。6畳1間の部屋のうちの1畳を、テレビが占拠しているのです。タテが約56センチ、ヨコが約75センチ。そんな巨大なテレビと至近距離で向き合うようになって、僕の視力はみるみる低下していったのでした。

■「お金をおろしてきてくれ」と頼まれると…

 自宅にいる志村さんから「お金をおろしてきてくれ」と頼まれることもよくありました。キャッシュカードを預かって、自転車で銀行に行き、お金をおろす。こう書けば簡単な仕事ですが、これが大変でした。というのも、1回におろす額が100万円などということがよくあったからです。

 20歳そこそこの若造が、100万円を手にするとどうなるか。僕の場合、目に入ってくる人すべてが強盗に見えました。ですから、お金をおろすと必死にいかつい顔をつくりました。そして目が合った人たちをにらみながら、大急ぎで自転車を漕いで戻るのです。この仕事には最後まで慣れることができませんでした。

■志村さんより後に食べ、先に食べ終わる

 付き人になってから、ご飯を早く食べる癖がつきました。志村さんと一緒に食事をする機会が多くなったからです。

 一緒にお店に入ったら、まず志村さんの注文を聞いて、自分はそれより安いものを頼みます。志村さんがメニューの中で一番安いもの(もりそばなど)を頼んだときは同じものにします。

 自分の食事が運ばれてきても、先に手をつけることはしません。そして、志村さんより早く食べ終わります。だから早食いの癖がついたわけです。

■「志村家の犬」の甘噛みが痛い

 ちょっと慣れるのが大変だったのが、「志村家の犬」です。

 志村さんは大の犬好きで、当時はゴールデンレトリーバーやシベリアンハスキーなど、5頭の犬を飼っていました。このうち4頭は室内にいたのですが、シベリアンハスキーだけは玄関先につながれていました。ハスキーには番犬という役割もあったわけです。

 玄関前に車をつけると、主人の帰りを待ちわびていたのか、犬たちはいっせいに吠え始めます。シベリアンハスキーも吠えますが、僕が荷物を運び入れるときはおとなしくしています。

 しかし玄関に荷物を入れ、「お疲れさまでした」とドアを閉めると、シベリアンハスキーの態度が変わります。志村さんがいるときといないときでは、まるで違う態度になるのです。時には「ウウゥー」と低く唸ることもありました。

 シベリアンハスキーのような大型犬に威嚇されると、これはやっぱり怖い。だからといって襲ってくるわけではないのですが、横を通るときに甘噛みをしてきました。犬としては、たわむれているつもりでしょう。しかし、シベリアンハスキーの甘噛みはそこそこ怖く、また若干痛い。

「これくらいじゃないと番犬にならないもんな」

 そう思いながら、毎晩シベリアンハスキーと戦っていました。そんな戦いをしていると、志村さんに言ったことはありませんが……。( #2 に続く)

「お前は俺の女か!」愛弟子が語る志村けんが夜の麻布十番で“週8”で会っていたお相手 へ続く

(乾き亭 げそ太郎/Webオリジナル(特集班))

関連記事(外部サイト)