「半沢直樹」に刑事ドラマ 片岡愛之助が現代劇に出演した理由

「半沢直樹」に刑事ドラマ 片岡愛之助が現代劇に出演した理由

片岡愛之助(かたおか・あいのすけ)/1972年3月4日生まれ。大阪府出身。歌舞伎俳優。映画、テレビ、ラジオなど、ジャンルを問わず活躍中。10月3日〜10月27日に東京・新橋演舞場にて、十月花形歌舞伎『GOEMON』に出演。チケットも好評発売中!(Photograph:Yoshihiro Kawaguchi[STOIQUE]、Styling:Yosuke Tezuka、Hair & Make-up:Masuko Aoki)

 3年前テレビドラマ「半沢直樹」でオネエ口調の国税局員を演じて大ブレークしたのも記憶に新しい片岡愛之助。歌舞伎の花形俳優にして現代劇・時代劇と八面六臂(ろっぴ)で活躍するが、歌舞伎人気は高いとはいえ、テレビの向こうにいる茶の間人口から見たらまだまだ歌舞伎を知らない人が多いのが現実だ。現代劇にも果敢に挑戦するようになったきっかけは、歌舞伎と歌舞伎俳優である自分をひとりでも多くの人に知ってもらいたいためだった。そんな愛之助が『アエラスタイルマガジン 32号』(朝日新聞出版)で語った、「仕事」そして新しい「家庭」とは。その一部を特別に紹介する。

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 歌舞伎には江戸歌舞伎と上方歌舞伎があります。それぞれ、型や演出、演技法、演目などが異なるのですが、一年中歌舞伎を上演しているのが東京の歌舞伎座だけということもあり、一般的にはどうしても歌舞伎といえばほとんどが江戸歌舞伎であり江戸歌舞伎の俳優さんということになってしまいます。僕は大阪に生まれ育ち、上方歌舞伎の片岡一門に入り、上方歌舞伎俳優であることをいつも意識していて誇りにしています。

 歌舞伎だけやっていればいいのに、なぜそんなにいろいろとやるのですかなどとよく聞かれることがあります。きっかけは14年前に父秀太郎と旗揚げした「平成若衆歌舞伎」です。これはそのさらに5年前に設けられた「上方歌舞伎塾」という歌舞伎養成塾の延長に誕生したものでした。

「上方歌舞伎塾」とは、上方歌舞伎俳優の減少で上方歌舞伎継承に危惧を覚えた松竹が設けた、上方歌舞伎の養成学校でした。この時1期2年の塾生を教える講師の父について、まだ駆け出しの僕が助手として手伝い、2年後には僕も講師になるように言われました。自分の芝居も十分にできていないのにと最初は断ったんですが、父は自分の横で見てきたこと盗んできたことをそのままやればいいと。とんでもない大役でしたが、実はこれが僕に大いに力をつけてくれたのです。

 どんな仕事も一緒です。自分には無理だと思われる仕事の依頼が来たら、とにかく受けて立つことです。やれると思うから先方は依頼してくるのだから、その機会をのがしてはだめ。舞台では一言くらいしか台詞がないお役しかやらない僕がここですべての芝居を覚えなくてはならなくなった。それが僕を骨太にしてくれました。

若い塾生が育ってきたのはよかったのですが発表の場がない。そこで父の提唱で、僕が座頭となってこれらの塾生と一緒に公演をする「平成若衆歌舞伎」を立ち上げたのです。しかし稽古をしている最中に「でも誰が見に来てくれるのやろ」と不安に襲われました。これまで「お客さんは僕を見に来てるんじゃない。叔父の仁左衛門や勘三郎兄さんや三津五郎兄さんを見に来ているんだ」と思っていました。ガラガラの3階の客席をどうしたらいいのかなんて考えてもみませんでした。座頭、つまりリーダーになるということは全体
に責任を持つことなのだと思い知らされたのです。

 座頭の僕も若手、ましてや率いる塾生など誰も知りません。どうやったら集客できるのか。もし自分が歌舞伎など見たことのない客だとしたら、なにをもって公演に足を運ぶかを考えてみました。まず、四谷怪談などのようによく知っている演目である。次に、斬新でわくわくするようなチラシやポスターがある。最後は、テレビなどで顔を知っている役者が出ている。この3つでした。それまで歌舞伎以外にはまったく興味がなかった僕が、愛之助を少しでも知ってもらおうと現代劇にも出るようになったのにはこういう背景があったのです。

 どんな仕事の世界でもリーダーシップというものは求められます。若いころから座頭をさせていただいてきた僕が考えるリーダーの資質は、俗に言う強いリーダーシップで引っ張っていくそれではない。それぞれの人の気持ちをどれだけ広げてあげ、うまくもっていってあげられるか。つまり、目的に向けて人の気持ちをどう調整していくことができるかなのです。

 伝統芸能だからといって問答無用で「こうやらなくてはだめだ」と押さえつけない。まず一回は自由にやってもらう。そこからもっとこうしてみたらと徐々に気持ちを広げていってあげることです。頭ごなしではやる気は起こりません。人の気持ちを丁寧にコントロールしていくことが上に立つ者の条件ではないでしょうか。

 結婚をして、いまとても充実しています。身のまわりの世話はすべて弟子がやってくれていてなにひとつ不自由はなかったので、結婚なんて窮屈なものは一生しないと思っていました。してみて驚きました。なんてあったかいものだろうと。帰る家に電気がついていて、着物の世話も食事の用意も妻がしてくれる。一緒になって考えてくれる人が横にいる幸せ。

 まさに結婚もそうでしたが、人生はタイミングとご縁でできていると思います。いくら自分がやりたいと願ってもタイミングやご縁がなければ仕事は生まれない。タイミングが来たらちゃんとご縁ができて、その仕事に出合えるようになっている。これもどんな仕事にも言えるのではないでしょうか。だから、ご縁というチャンスが到来したときは、難しいとか無理そうなどと尻込みしないで取り組むべきです。

 守るべき伴侶ができて仕事への責任感が一段と強くなりました。歌舞伎をさらに何百年と続けていくためにも、上方歌舞伎と江戸歌舞伎の両輪でやっていくこと。これが僕の歌舞伎俳優としての夢です。上方歌舞伎のために僕はあえて大阪に居を構えつづけ、大阪弁を話します。大阪にも歌舞伎座のような一年中上演している上方歌舞伎の劇場をもつことが悲願です。しがみついてでも実現していきたいですね。

(構成・守田梢路)

※アエラスタイルマガジン32号より抜粋

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