印象派画家モネと薄幸の妻カミーユ 作家が語る2人の「微笑ましいエピソード」

印象派画家モネと薄幸の妻カミーユ 作家が語る2人の「微笑ましいエピソード」

『マダム・モネの肖像 文庫改訂版』(幻冬舎刊)

美術史において、フランスにおける19世紀後半の印象派の登場は重要な分岐点だった。その旗手だったのが、画家のクロード・モネである。

モネには2人の妻がいた。1人は若き日の貧困時代を支えた「早世の」そして「薄幸の」妻カミーユ。そして、カミーユの死後、再婚したアリス。
『マダム・モネの肖像 文庫改訂版』(松井亜樹著、幻冬舎刊)は、モネの最初の妻であるカミーユを主人公に、夫婦の波乱に満ちた日々、そして印象派勃興の軌跡を描いた小説だ。

残されている資料が少ないと言われるカミーユ。しかし、かの有名な『散歩・日傘をさす女性』をはじめ、モネの初期の数多くの作品でモデルとなっている。では、モネとカミーユはどんな夫婦生活を送っていたのか?
本作を執筆した作者の松井亜樹さんにお話をうかがった。

(新刊JP編集部)

■「2人の幸せの瞬間をできる限り詰め込みました」

――モネとカミーユは夫婦であり、画家とモデルという2つの関係性がありました。この2つの関係性がもたらしたものがあるとすれば、それは何だと思いますか?

松井:夫として父としての務めを求める妻の立場と、夫の仕事を応援するビジネスパートナーとしての立場を、カミーユは両立させなければなりませんでした。

私自身、夫婦って世にも奇妙な難しい関係だと年々実感しています(笑)。距離が近すぎるゆえに言ってはいけないことがあったり、心の距離が遠くなったり、ちょっとしたことでお互いの気持ちや考えを誤解してしまったりしますよね。モネとカミーユの間にも、小さな齟齬が重なっていきます。

さらに彼女の場合、モデルでもあった。一緒に作品を作り上げるビジネスパートナーでもあったわけです。妻とモデルの両立は難しかったでしょうね。モネは当然、カミーユに対して仕事の最大の協力者であり理解者であることを求めたでしょう。妻としてはちょっと辛い(笑)。

――松井さんはカミーユという一人の女性に対してどんな印象をお持ちですか?

松井:幼い子どもたちを残して、夫の大成功を見ることなく、短い生涯を閉じた彼女は、そこだけを切り取ってみたらとても哀しい人です。ただ一方で、これだけ愛せる人と出会い、困難な時代に寄り添い続け、そして印象派の誕生という歴史的な瞬間に関わりながら生きられたということは、すごく羨ましいことです。本人には、そんな実感はなかったでしょうけれど。

それは確かに1つの素晴らしい人生でした。と、私は言いたい(笑)。

――モネとカミーユのエピソードの中で好きなものを一つあげるとするとなんですか?

松井:1つだけと言うなら、モネが『桃の瓶』という作品を描く場面ですね。ささやかで、穏やかで、でもこの上なく幸せな時間だっただろうと想像できるんです。

人って、お金を持っているとか、地位が高いといった分かりやすい指標を手にしているからといって、幸せを感じるわけではありませんよね。こういうふとした瞬間に感じる幸福こそが、心を満たしてくれると思うんです。

この小説には、「早世の」「薄幸の」と総括されてしまうカミーユの人生の中の、幸せの瞬間をできる限り書き込んだつもりです。時代の旗手になった画家とその妻の、微笑ましい日常を汲み取っていただけたらうれしいです。

――モネが描いたカミーユで松井さんが最も心を打たれた絵はなんですか?

松井:心を打たれたというカテゴリであれば、『死の床のカミーユ』です。亡くなった人の顔を描写するという、不遜とも思える行為を画家の性でやってしまうモネと、それすらも許すだろうと思われているカミーユ。画家とモデルであった2人だからこそ成立した鬼気迫る1枚です。86歳で亡くなったモネは、長男にも、次の妻にも先立たれているのですが、他に死に顔を描くことはありませんでした。

また、私が模写した『庭のカミーユ・モネと子ども』も大好きな作品です。モネが自然を描くタッチはすごく奔放で心地よいのですが、この作品のカミーユの肩や首に掛かるタッチは本当に繊細で優しいんです。

それはモネの、カミーユに向けて込めた優しさや愛情だったのかなと思うのですが、この本を書き終えてみて、カミーユ自身はそのさりげなく込められた愛に気付かなかっただろうと思ったんです。眩しいほどの幸せの情景を描いた絵ですが、そこがすごく哀しいですね。

――この小説にはモネが描いた作品が数多く登場し、実際の絵画も載っています。その意味では、モネの絵画の解釈の手助けになる一冊だと思いました。

松井:そう読んでいただければ、それもまた嬉しいです。

――最後に、本書をどんな人に読んでほしいと思っていますか?

松井:私自身が、こんな本を読みたいと思って書き進めました。芸術ファンやノンフィクションの好きな方なら楽しんでいただけるかな。

知れば知るほど、印象派はこの時代のフランスでなければ誕生しなかったと思えるんです。当時は何がどれほど斬新だったのか、そのために、世の中に認知されるまで、彼らがどれほどの辛苦を味わったかも描写したつもりです。いつ、どんな状況で描かれた絵なのかを知ると、美術館でまた実物に出会ったときの感動も新鮮なものになるかもしれません。

でも本当は、「アートは苦手」という方や「女性が主人公だから」と敬遠される男性にも読んでみていただきたいですね。印象派の誕生もモネの生涯も、詰まるところ人間ドラマです。特に、夫婦という難しいものに手を焼いている男性には、「こんなところに齟齬が生まれていくんだな」と発見していただけるかもしれません(笑)。

(了)

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