「全滅レベル」 軍事技術のプロにダメ出しされた陸自の実力

「自衛隊の戦闘能力はどれほどのものなのか」
「日本の自衛隊は他国の軍隊と比べて強いのか、弱いのか」

こういった疑問を持ったことがある人、またはこのテーマについて話したことがある人は多いのではないか。装備面で世界水準にあるのかというのも気になるところだが、より気になるのは「実戦での戦闘力」だろう。

当然、この手の疑問は当の自衛隊員たちの頭にも浮かぶはずだ。戦闘を仮定して訓練を積む一方で実戦経験はないためである。

特に陸上自衛隊だ。
『自衛隊最強の部隊へ-CQB・ガンハンドリング編: 牧歌的訓練からの脱却。第40普通科連隊を変えたガン・インストラクター』(二見龍著、誠文堂新光社刊)に前書きを寄せている瀧野隆浩氏(毎日新聞社会部編集委員)は「領海・領空の警戒監視という実任務を創設以来続けてきた海上自衛隊・航空自衛隊とは異なり、陸上自衛隊は任務にリアリティを持つことが遅れていた」としている。

■市街地戦闘の教範がなくハリウッド映画で研究

本書は、2004年前後に福岡県小倉に駐屯する陸自40連隊から全国の部隊に広がった陸上自衛隊の訓練改革の記録である。

著者の二見龍氏は上述の第40普通科連隊の隊長に着任以降、「どのように強い部隊を作るか」を追求し、様々な訓練を通じて部隊の強化を図っていた。しかし、市街地戦闘など近接戦闘(CQB)については当時まだ正式な教範がなく、隊員らがそれぞれにハリウッド映画を見たり海外の特殊作戦関連の本を読み漁りながら、手探りでスキルを身に着けるような状態だったようだ。

こうして何とか形になったスキルを見せる場となったのが、マスコミに公開した小倉駐屯地近くの曽根訓練場での市街地戦闘訓練だった。

その訓練の様子をテレビで見て驚いた人物がいた。アメリカを拠点に活動しているガン・インストラクターのナガタ・イチロー氏である。二見氏をはじめ隊員たちが独学で会得した技術は、プロから見れば危なっかしくて見ていられないレベルのものだったのだ。

■軍事技術のプロが見た陸自訓練は「全滅レベル」

「あれじゃあ、全滅だぞ!何じゃあこりゃあ」とソファから転げ落ちたというナガタ氏は小倉駐屯地に出向き、隊員たちに戦闘技術の手ほどきを行った。

自衛隊が「外部のインストラクター」に指導を乞うということなど、従来ならありえない。しかし、熱心に訓練を受ける部下たちも二見氏と同様に「強くなりたい」という強い思いを抱き、実戦を想定したリアルな訓練に飢えていた。二見氏は自身の一存で、これまでに見たこともない技術を持っているインストラクターに教えを乞うことに決めた。

その二見氏をしても、ナガタ氏の訓練は自衛隊がこれまで「銃を本当に撃つ」ということを前提としないで訓練してきたことを痛感させられるものだったようだ。

まず、隊員たちは「射撃する時以外は決して銃口を人に向けてはならない」という、銃を扱う上での基本中の基本といえる銃口管理が徹底されていなかった。また、二見氏はナガタ氏の訓練を受けるまで、小銃の射撃動作に「左撃ち」があることを知らなかったという。

実戦では体の左側を壁につけて、角を曲がった左にいる敵を撃つこともあれば、逆に体の右を壁につけて角を曲がった右にいる敵を撃つこともある。右手で引き金を引く「右撃ち」だけでは、後者のケースに対応できない。

こうして初歩的なところからスタートしたナガタ氏の訓練は次第に市街地を想定した近接戦闘での作戦行動に関するものとなり、第40普通科連隊の実戦能力は飛躍的に向上した。

シナリオに沿った形式的なものになりがちだった訓練を、実戦を意識したリアルなものに。

自衛隊が初めて戦地に派遣された2004年のイラク復興支援活動開始以降、世界中で起きている紛争やテロに対して、自分たちが受け継いできた戦術や思想、装備のままで対応できるのかという問題意識を陸自隊員らは共有していた。ナガタ氏の指導を受け入れた小倉駐屯地の試みは、陸上自衛隊が変わるきっかけになったのだ。

本書では、陸自40連隊がナガタ氏から受けた訓練の内容がつづられる。日本の陸上自衛隊がどんな事態を想定して訓練し、またどんな訓練を行うようになったのかという変遷は、ミリタリーの好事家でなくても興味深いところだろう。

「パニックで頭が真っ白になった時にどうするか」「強い部隊を目指すための考え方」など、仕事の現場でも応用できる教えも多くあり、ビジネスパーソンにとって学べることも多いはずだ。

(新刊JP編集部)

関連記事(外部サイト)