本好きリビドー(121)

◎快楽の1冊
『ベルサイユの秘密』 鯨統一郎 光文社 1400円(本体価格)

 酒の好みの飲み方は人それぞれである。会社での仕事を終え、1人静かにバーで飲むのもよし、逆に同僚と愉快な雰囲気で居酒屋で飲むのもよし。これらとは別に、気に入った店の常連客となり、マスターやほかの常連と仲よくなって通い続ける、という飲み方もある。
 この連作短編集は、収録されている4作すべてが〈森へ抜ける道〉という繁華街の外れにあるバーが舞台だ。語り手も同じく、元刑事で私立探偵の〈僕〉こと工藤が必ず務める。カウンターの中のマスター、アルバイトのいるかちゃん、山口という男、桜川東子さんらと金曜の夜に集まり、大いに盛り上がる。
 話題はさまざまだけれど、殊に工藤が持ち込む、犯人がまだ分かっていない殺人事件は盛り上がりの中心にある。皆で、複数の容疑者について議論する。といっても、すでに週刊誌やワイドショーで取り上げられた事件なのだが、真犯人を明らかにするのは、決まって東子さんだ。
 そういうバーに警視庁の植田刑事、渡辺みさと刑事がよく来るようになる。東子さんのうわさを聞き、自分たちが関わっている未解決の事件について完璧な推理を聞きたい、という期待があるようだ。
 とにかく、読んでいて笑いが止まらない短編集だ。バーだからして、ウイスキーの歴史、世界中にあるあらゆる種類についての知識が話題になり、非常に勉強になるのだけれど、昭和の頃のアニメ、漫画などがタイトルや作者が実名で会話に登場するのも面白い。アルコールが入っているからこそ、店の会話が支離滅裂になっていく。
 そして本書のタイトルから分かる通り、東子さんは宝塚について非常に詳しい。解決すべき事件と宝塚の過去の名作を関連付けて真犯人を割り出すのだ。まことに笑えてためになるミステリーと言えようか。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 出版社のイースト・プレスがこの夏に刊行した書籍が、『熟年セックスのリアル』(700円+税)だ。
 この本は、高齢化社会に伴う「もうひとつの老後不安」に、セックスレスをあげるシニア層が多いという点をテーマとしている。老後の蓄えは十分にあっても、性的に満足できなければ将来が不安…という人々が、増えてきているのである。
 例えば、熟年離婚や配偶者との死別によって、老後を独りで過ごすことを考えると、寂しくてたまらなくなる。
 その孤独感は、新しい異性と巡り合い、セックスすることでしか、埋めることができない。
 その結果、SNSに中毒のようにハマって男との出会いを求める熟女や、人妻との不倫に走る50代男性などが現れる。しかも、決して少数ではない。そうした熟年たちの遅咲きのセックス事情が、詳細につづられている。
 セックスを渇望する理由は、孤独感からだけではない。衰えていく肉体への焦燥が、熟年をセックスへと駆り立てる。「私はまだ若い」「このまま老いたくない」と、加齢に対して抵抗する。
 これは、年をとれば誰もが思うこと。つまりセックスレスへの不安とは対岸の火事ではなく、今後、実際に身近に感じざるを得なくなる可能性が、極めて高いのである。
 著者の加藤文果さんは、人妻の不倫セックス体験などを年間100人以上に取材し、執筆しているルポライター。官能小説作家としても活躍中だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

関連記事(外部サイト)