話題の1冊 著者インタビュー 三田佐代子 『プロレスという生き方 平成のリングの主役たち』 中央公論新社 840円(本体価格)

 −−もともとテレビ静岡のアナウンサーだった三田さんが、プロレスと関わるようになったきっかけは?

 三田 実は20代半ばまでプロレスに触れる機会がなくて、ジャイアント馬場とアントニオ猪木が、別の団体に属しているということさえ知らなかったんです。でも、フリーになって東京に出てきたときに、プロレス専門チャンネルでキャスターの仕事をいただいた。局アナの経験があったので原稿は読めるのですが、プロレスの知識がないから内容が全然分からなくて、マイナスからのスタートでした。

 −−プロレスの知識って数限りないですからね。

 三田 とにかく現場を見て勉強しようと思って、最初に行ったのが全日本女子プロレスでした。豊田真奈美選手や井上京子選手がトップの時代で、まだ団体交流戦の余韻があった頃です。それで闘う女性の美しさに魅了されたんですけど、翌日に行ったのが大日本プロレスのピラニアデスマッチ(笑)。お客さんが「落とせ〜」と叫ぶ中、これは絶対無理だと、えらいことになったと動揺しました。

 −−印象に残るプロレスラーは?

 三田 初めて会ったレスラーが橋本真也さんだったんです。本当に子供が大人になったような人で、寂しがり屋だから楽しいことが大好き。よく仕事でご一緒させていただいたんですけど、忙しくて家に帰れなくなると、私に「パンツ買ってきてくれ」と頼むんです。カルバン・クラインのボクサーパンツの3L(笑)。意外におしゃれなんですけど、それって伊勢丹メンズ館のキングサイズ売り場にしか置いてないんですよ。闘魂三銃士のイベントのとき、私がパンツを渡したら武藤敬司選手に冷やかされたんですけど、橋本さんはゴージャスな女性がタイプでしたから(笑)。藤原紀香さんや小池栄子さんとかね。

 −−プロレスを取り巻く環境も変わりましたか?

 三田 1996年にプロレスの仕事を始めたんですが、翌年に高田延彦選手がヒクソン・グレイシーに敗れ、その後はプロレスラーもファンも不安な時期が続きました。格闘技隆盛でプロレス団体は迷走し、何をやりたいのか分からなくなっていた。私はそんな“冬の時代”をずっと取材してきたので、今またプロレスが注目されているのをうれしく思います。会場にも女性や子供のファンが増えたし、プロレスから離れていた人たちもが戻ってきた。見た目は派手になりましたけど、昔ながらの泥臭い部分も今のレスラーはちゃんと伝えています。プロレスから離れたままの人は、是非、会場に足を運んでほしいですね。
(聞き手/遠藤覚)

三田佐代子(みた さよこ)
神奈川県生まれ。慶応大学卒業後、テレビ静岡にアナウンサーとして入社。同局を退社して古舘プロジェクトに所属。1996年、プロレス格闘技専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」にキャスターとして開局から携わり、現在も精力的な取材を続けている。

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