ディアマンテス結成25年 アルベルト城間、トム仲宗根に聞く

ディアマンテス結成25年 アルベルト城間、トム仲宗根に聞く

さまざまなアーティストと共演した25周年記念ライブ「TROPICALISSIMA」=7月2日、宜野湾市海浜公園屋外劇場

音楽は人をつなぐ ファンの笑顔励みに

 1991年9月20日。ラテンバンド「ディアマンテス」が沖縄市コザのライブハウス「パティ」のオープンに合わせて産声を上げた。あれから25年、メンバーの変遷を経ながら海外での公演、さまざまなアーティストとのコラボレーションを行ってきた。ことし7月2日、25周年記念ライブ「TROPICALISSIMA(トロピカリシマ)」を開催。約5時間に及ぶライブには県内外からゆかりのあるアーティストが多数出演し、会場は熱気に包まれた。メンバーのアルベルト城間さん(ボーカル、アコースティックギター、パーカッション)、トム仲宗根さん(ベース、コーラス)に25周年ライブ、今後の目標などについて聞いた。(聞き手・大城徹郎)

 ―25周年おめでとうございます。記念ライブを終えての感想を聞きたい。

 仲宗根 楽しかった。振り返ると疲れた感じがしない。大変だったが財産になったように思う。音楽は年代を問わないコミュニケーションだ。音楽を通していろんな人たちにアピールできた。

 城間 さまざまなアーティストのファンが来てくれた。そのファン同士をつなげられて良かった。最高のコミュニケーションの場だった。ディアマンテスとのコラボによって、いろいろな表情を見せられたと思う。Coccoもみんなのイメージと違う部分も見せられた。キュートで、踊って照れる感じとか。モンゴル800など出演者みんなが喜んでいるのがうれしかった。

 ―スペシャルゲストに元THE BOOMの宮沢和史さんが出演した。演奏した曲は(2011年、クルーズ船で行方不明になった)ターボさんと共に作った「シンカヌチャー」(12年)。ステージ上のスクリーンに映ったターボさんをバックに演奏する姿も印象深かった。

 城間 ターボと3人で録(と)った曲をということで「シンカヌチャー」を演奏した。当初の予定の曲から変更したが、今回ターボをトリビュートする意味でも良かった。

 仲宗根 (ターボが行方不明になった)当時は余裕がなく、受け入れることができなかった。5年がたち、僕らがターボにしてやれることとして(映像を使った演奏は)良いコーナーとなった。「ここで終わらないんだ」という思いを込め、未来へつなげる曲になった。

 ―ターボさんの存在は大きかった。

 城間 オリジナル曲が1曲も無い時代、トムとカバー曲ばかり歌っていた。それまで僕は何となく歌っていて、先が見えていない時にターボと出会った。彼はプロ中のプロ。ギター1本だけで食えるすごさがあった。これぞ音楽職人という感じだった。

 手探りながら活動する僕らをターボが引っ張ってくれていた。20周年の時にいなくなり、お祝いもできなかった。5年経過して、やっと落ち着いて受け入れることができた。

 仲宗根 ターボの口癖は「人生っちゅのはハードスケジュールだ」だった。10周年の時、この言葉をプリントしたTシャツも作った。今回のライブでそのシャツを着てステージにも上がった。ターボと共にステージにいるとの思いだった。

 城間 「人生っちゅのはハードスケジュールだ」は僕の解釈だと「求められて幸せ」ということだ。忙しいからこそ幸せだと。ターボは口数が少なくて、何も考えないで言ったのかもしれないが(笑)。

 ―今後の目標は。

 城間 支えるファンがいてこそだと思う。求められてやっと一人前だ。沖縄で音楽をやってファンに喜んでもらうことで、こちらも喜びをもらっている。ファンの笑顔を励みにやっていきたい。

 仲宗根 立ったままのライブができるかな。5時間のライブははっきりいって大変。この25年の間にこんなにやったことない。アルベルトは今50歳だし。30周年にはお互い55歳と54歳。考えられない(笑)。

 城間 今回は25年だからできた。5年後の30周年は同じライブできないだろうし。でもこれからも頑張るよ。同じ気持ちでやっていれば50周年も見えてくるかも。間違いなく座っているかもしれないけど(笑)。

<プロフィル>
 1991年結成。バンド名はスペイン語で「ダイヤモンド」を意味する。93年にシングル「ガンバッテヤンド/沖縄ミ・アモール」、初アルバム「オキナワ・ラティーナ」を発売。「勝利のうた」(94年)、「片手に三線を」(95年)など多くのヒット曲を生み出し、県内外、海外でライブを展開する。さまざまなジャンルのアーティストへの楽曲も提供し、活動の幅を広げている。