サーカス? 演劇? スイスの異才が描く神秘の世界

サーカス? 演劇? スイスの異才が描く神秘の世界

マルタン・ズィメルマン『Hallo』 photo:Augustin Rebetez

サーカス、マジック、演劇が融合した独創的なパフォーマンスを追求するスイスのユニット〈ズィメルマン エ ド・ペロ〉が、3年ぶりに来日公演を行う。2013年『シュフ・ウシュフ』、2014年『ハンスはハイリ』に続いて3度目となる日本で披露するのは、マルタン・ズィメルマンによる初のソロ作品『Hallo』。初日を控え、コンセプト・演出・デザイン・振付・出演の5役をこなすズィメルマンが、抱負を語った。

「サーカス学校で学び、約20年にわたって様々なことをやってきた私が、まさに機は熟したという想いで作ったのが、この作品です。様々な人物を演じ分けるのではなく、あくまでひとりの人間を描きます。状況の変化によって、その人物の様々な側面や感情が見えてくる。人間一人ひとりが持つ神秘性、複雑さを表現しようと思ったんです」。

人の心の内面へと踏み入るのは、創作者にとって時に困難な作業に違いない。だが、ズィメルマンの場合、自らの得意分野である舞台美術の存在が、発想に飛躍をもたらす。物を対置させることで、人物からリアクションを引き出し、局面が有機的に変化していくのだ。「“フレーム”を使います。ショーウィンドウのように周囲から見られる枠の役割も果たすし、もしかしたら人生という枠なのかもしれない。しかもそのフレームは、もろくて壊れたりもする。枠が壊れたときに、人はどうなるのか。自由になるかもしれないし、愚行に走るかもしれません」。

数あるサーカスの要素の中で特に興味を持ったのは、道化だという。「クラウンという存在自体が、リスクをはらんでいます。夢見がちでいながら、どこか悲劇的で、いつもアクシデントに巻き込まれている。まさに悲喜劇がそこにはあるし、シュールレアリスムのような不条理な存在ともいえる。私はクラウンのような化粧をしているわけでもないし、フィジカルなアクターと自称していますが、クラウンの持つユーモアとその裏にある悲しみを表現するのが好きなんです」。

今回のクリエーションで発見したこととしてズィメルマンが語った次の言葉が哲学的示唆に富み、興味深い。「人間は、困難な状況に置かれ、もがけばもがくほど、生命に近づく。居心地の良い暮らしや安易な状況は、人間を生命や人生から遠ざけてしまいます」。言葉に頼らないステージだが、多くを物語る。時に他者を意識し、時に自らを持て余し、置かれた状況に対処しながら一喜一憂する登場人物は、まさに人間そのものであり、揺れ動く心を描いていくのがドラマであるなら、ズィメルマンの生み出す世界はドラマの真髄といっていい。

マルタン・ズィメルマン『Hallo』は、東京芸術劇場 プレイハウスにて7月29日(土)・30日(日)に上演。