『NARUTO』の源流は真田十勇士・猿飛佐助にあり!? 三重大学の研究で“忍者もの”の起源が明らかに!

『NARUTO』の源流は真田十勇士・猿飛佐助にあり!? 三重大学の研究で“忍者もの”の起源が明らかに!

たくさんある“忍者もの”。

『忍たま乱太郎』や『NARUTO -ナルト-』など、オタク層にも人気を博す“忍者もの”。その元となっている忍者とは、どのような存在だったのか。現在、お台場の日本科学未来館で開催されている企画展「The NINJA -忍者ってナンジャ!?-」では、現代科学の目から見た、"真実の忍者" の姿を紹介している。

 そして、9月10日に行われたイベント、忍者・忍術学講座3では、私たちが思い描く忍者のイメージに迫る「忍者文学研究」と題された講演が行われた。本稿では、その講演のレポートと、登壇したフィクションの忍者研究の第一人者である、三重大学人文学部准教授の吉丸雄哉先生がおすすめする“絶対に手に取って欲しい忍者もの”を紹介する。

■「黒装束に手裏剣」のイメージは演劇から生まれた

 忍者のイメージは、どのようにして生まれたものなのだろうか。吉丸先生によれば「忍者は天狗のようなもの」という。つまり、見たことがない天狗像を、ある程度なら誰でも答えることができるように、忍者像も見たわけではないのに、「黒装束で手裏剣を持っている」とスラスラと言えるということだ。英語でも、忍者が着ている黒装束は「Ninja Suits」、手裏剣は「Ninja star」で通じるらしい。「The NINJA -忍者ってナンジャ!?-」のポスターでも、黒装束に手裏剣が忍者のアイコンとなっているように、このイメージは世界の共通認識となっている。

 しかし、天狗と違い、実在した忍者。「実際に黒装束で手裏剣を打つのかといったら、そうではありません」と吉丸先生は話す。

 私たちが考える忍者が歴史上に登場するのは、14世紀に書かれた南北朝時代を舞台にした軍記物語『太平記』からだという。吉丸先生は、史実のものを「忍び(或は、忍びの者)」と呼び、文芸や芸能に登場するものを「忍者」と呼んで、区別している。忍びは、平和なときはスパイ活動を行い、戦になると破壊活動や略奪行為などをしていた。伊賀や甲賀といったプロフェッショナルの忍びもいたが、侍が忍び的な活動をしている場合もあるという。

 そして、平和な江戸時代では、藩が忍びを雇い、職業として明治維新まで続いたそうだ。しかし、実際の活動を一般人が見ることがなくなったため、どのような活動をしているのかを想像で埋めていくようになったと吉丸先生は話す。その文芸上の忍者と忍びの一番の違いは、忍術だという。「忍者は、超人的な忍術を身につけており、黒装束で盗みを行うだけでは忍者とはいえません。この江戸時代の忍者像は、いくつかに絞れます」と吉丸先生。そのうちの最も多い典型が、「忍者が忍術を用いて忍び入り、大事なものを盗んで戻ってくる」というパターンだ。

 ここでは、忍者が生存して戻ってくることが大切で、石川五右衛門や加藤段蔵(飛加藤)などがその例とのこと。「史実の忍びは多種多様ですが、忍者は生き抜き、任務を遂行することが第一。その点で、本質をついていると思います」と吉丸先生は話す。

 この例としては、浅井了意による『伽婢子』(1666年)があるそうだ。この物語の7巻では、上杉謙信に試された加藤段蔵が、番犬を巧みに殺して、長刀とその場にいた娘をさらってくるという「しのびこんで、取ってくる」話が描かれている。元は中国のヒーローものの小説だったが、浅井了意が忍びの話としてまとめたそうだ。また、江島其磧の『風流軍配団』(1736年)でも、加藤段蔵が番犬を眠らせ、鎧を取ってくる場面が描かれている。

 しかし、当時の本に描かれている加藤段蔵の姿を見ると、黒装束を着ていない。「特別な忍者服を着ていると、任務遂行中に忍びだとバレやすくなります。だから、そのための服を用意することには差し障りがありました」と吉丸先生。

 では、忍者の格好は、どこからでてきたのか。その源流は、歌舞伎にあるそうだ。たとえば今でも上演される歌舞伎の『毛抜』には今と同じような黒装束の忍者が出てくる。この芝居の中の忍者は、黒幕の差し金であり、よい侍に懲らしめられるという役所らしい。初演は1742年。当時の台本が残っていたいため、はじめから忍者が黒装束を着ていたかは分からないが、現代の上演では、黒装束を着ている。

 一方で、記録として残っているのが、人形浄瑠璃『本朝廿四孝』の1766年講演の番付(パンフレット)だ。この番付では、忍者は黒装束で女性をさらい、手裏剣を打っている姿で描かれている。吉丸先生によれば、1760年代くらいから、黒装束の忍者が発生しはじめ、1800年代になるとおおよそ黒装束になっているそうだ。

「これは演劇の特性です。小説なら、これが忍びだと書けばわかりますが、劇だと登場してわかる格好になっている必要があります。1817年の『北斎漫画』にも黒装束の忍者が出てきますが、演劇を通して出てきたものではないでしょうか」(吉丸先生)

 さらに手裏剣についても一般的になっており、『劇場訓蒙図彙』(1803年)という演劇百科事典に、手裏剣を受け止めたように見せるため、棒手裏剣が刺さった柄杓の小道具の図が描かれている。手裏剣術自体は、武士が習う術としてあったそうだが、「遠くから敵を倒すのは武士道に反するという考え方から、芝居の中で使われるようになったのでしょう」ということらしい。しかも、「忍者は手裏剣をいくつ持っていたかと質問すると、いくつも持てないという答えがよく帰ってきますが、実際は手裏剣を持っていませんでした。忍び込んで、身体チェックを受けたとき、手裏剣を持っていたら、忍者とわかってしまいますから。だから、実際は持っておらず、お芝居の中で持つようになったのです」と吉丸先生。

 ちなみに、手裏剣自体も、忍びが使うものは棒手裏剣がメインで、一般的な手裏剣のイメージである十字手裏剣は、昭和20年代の貸本漫画から出てきたのではと推測しているそうだ。

■猿飛佐助が正義のヒーローに忍者の源流

 江戸時代の忍者像の典型例としては、このほかにも、手で印を組みがまがえるに変身したりするような魔法的な忍術(妖術)をつかって、お家の乗っ取りや添加転覆を謀る忍者があるそうだ。天竺徳兵衛、仁木弾正などがその例だという。しかし、江戸時代、神仏以外が超人的な力を使うことは悪とされていたうえ、その不思議な忍術を使って盗みや誘拐を行うことから、忍者は「悪」の存在と見なされていた。海外の映画で、忍者が怪しい闇の存在として描かれているのも、このあたりを強調していると吉丸先生は語る。

 そうした忍者が、『NARUTO -ナルト-』のうずまきナルトのような正義のために戦う忍者になる転機となったのが、2代目玉田玉秀斎の講談と、それを元にした立川文庫の『猿飛佐助』(1913年)の人気だったという。これは真田幸村に仕えた真田十勇士のひとりで、江戸時代の小説で端役として登場していた猿飛佐助を、玉田玉秀斎が主役にした物語だ。「猿飛佐助は、忍術の名人・戸沢白雲斎から、正しい心を教わり、忍術を学びました。しかし、猿飛佐助はもともと忍者ではなく、作中で『猿飛佐助は武士である』と言っているように、猿飛佐助は忍術を身につけた武士なのです。だから、忍術を使ってよいことをしました。猿飛佐助によって、忍術を使うヒーローが出てきたのです」(吉丸先生)

 以上が、我々がイメージする忍者像の登場の背景だそうだ。吉丸先生にうかがったところ、その研究の最大の成果は、黒装束や手裏剣の起源、『猿飛佐助』による忍者像の転換、そして、今回の講演では触れなかったが、くノ一の創作過程の3つだという。最後に“忍者の楽しみ方”について吉丸先生に質問してみた。

「忍者は、何でもありだということです。忍者になることで、自分の実現したいことを叶えるわけです。例えば、くノ一は司馬遼太郎の『梟の城』だと、ボンドガールのように、男の添え物なんですよ。男性ほど活躍しないし、冷徹になれない。そこが魅力だったりもするのですが。ところが、今のくノ一が登場する作品は、ガーリッシュ・ファンタジーで、女の子がすごく伸び伸びと活躍します。それは、女の子自身が脇役ではなく、自分が主役になって活躍したいという願望があるからで、それをくノ一なら受け止められる存在なのだと、忍者を見ていて感じられるんですよね。だから、忍者を通じてこういうのを実現したいというのがあれば、それをどんどんぶつけていけばよいと思います。『NARUTO -ナルト-』も全員が忍者衣裳を着ているわけではなく、多くの人が現代風の格好ですよね。『これが忍者だ』というのを示せば、忍者はそれを受け止めてくれる。忍者とは、そういう存在だと思います」(吉丸先生)

■吉丸先生がおすすめする“絶対に手に取って欲しい忍者もの”ベスト3

 忍者に興味を持ったきっかけは、横山光輝の『伊賀の影丸』だったという吉丸先生。「使う忍術も派手で、『忍者ってカッコいいな』と思いました。」と話す吉丸先生に、おすすめの“忍者もの”を教えてもらった。

和田竜『忍びの国』
吉丸:今度、映画にもなるので、ぜひ読んでいただきたいですね。和田先生はエンターテイメントの部分も押さえていますが、資料もしっかりしていて、リアル系で書かれています。歴史小説はフィクションになりますが、なるべくフィクションにならないように書いているところがよいところです。どのあたりがそうかというと、精神的な面です。歴史小説は、現代人の倫理や理想で書かれていることが多いのですが、和田先生の作品では、戦国時代の人はこういう考え方だったんだろうな、というのがよく伝わってきます。忍びだったらどんなことを考えるのかというのが、とてもリアルな感じに書かれてあるのが、骨太で良いんですよね。

荒山徹『魔風海峡』
吉丸:荒山先生は、わりと山田風太郎の「忍法帖シリーズ」のように魔法的な小説を書いていて、本当に奇想天外な人間の想像力を楽しめるところが、非常に面白いです。特に忍術ですよね。特撮番組の『仮面の忍者 赤影』みたいに、ロボットや怪獣が出てくる、そうした派手な感じと同じようにいろいろな、あっと驚く忍術が荒山先生の作品では出てくるんですよ。「忍びのモノグラム」という短編では、紋様柄の忍装束を着たくノ一が、「美遁(ういとん)ノ術」というのを使って、相手を倒すというのがありました。これは“やられたな”と思いましたね。それ以外にも、荒山先生の作品には、不思議な魔法的なものが出てきます。その中で、今年は大河ドラマで真田家を取り上げているので、荒山先生の作品では“真田もの”の『魔風海峡』をおすすめします。

『忍道2 散華』(スパイク・チュンソフト)
吉丸:アクワイアというゲーム会社が制作して、スパイク・チュンソフトが販売している忍者ステルスアクションゲームです。ゲームの良いところは、自分が忍者になれるところで、忍んで隠れて、敵をやり過ごしたり、忍術を使って一撃で相手を倒したりできるのが、良いですね。もともと、アクワイアで『天誅』シリーズという忍者ゲームを作っていて、それが日本よりもヨーロッパでよく売れていました。三重大学にきたドイツから来た留学生に、自国に伝わる忍者的なものを紹介してもらう際、『天誅』シリーズを「これこそ忍者だ」と紹介していた生徒がいたので、その影響力は強いと思います。だから、忍者ゲームはいろいろありますが、『天誅』シリーズ、『忍道』シリーズは欠かせないですね。『忍道2 散華』は2011年発売で、それ以降新作は出ていませんが、非常に“忍んでいく”という忍者感が出ているよいゲームなので、遊んでいない方は、ぜひ遊んでいただきたいです。将来は、忍者ゲームについてもまとめようと思っています。
(取材・文/桜井飛鳥)

■企画展「The NINJA -忍者ってナンジャ!?-」
会期:2016年7月2日(土)〜10月10日(月・祝)
開館時間:10:00〜17:00
会場:日本科学未来館[東京・お台場] 1階 企画展示ゾーン
問い合わせ:TEL 03-3570-9151(日本科学未来館)
巡回情報:2016年10月25日〈火〉?2017年1月9日〈月・祝〉 三重県総合博物館

公式サイト:http://ninjaten.com

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