内田裕也さん、希林さんと天国で同居 別居から40年超…妻の眠る墓地に埋葬へ

【内田裕也さん死去】樹木希林さんと天国で『同居』へ 本木雅弘は裕也さんに感謝

記事まとめ

  • 内田裕也さんが死去し、娘婿の本木雅弘は仕事先の英ロンドンから裕也さんに感謝した
  • 昨年亡くなった樹木希林さんと裕也さんは40年以上別居していたが、天国で『同居』する
  • 裕也さんの遺骨は、希林さんの眠る東京・南麻布の光林寺に埋葬されることになる

内田裕也さん、希林さんと天国で同居 別居から40年超…妻の眠る墓地に埋葬へ

内田裕也さん、希林さんと天国で同居 別居から40年超…妻の眠る墓地に埋葬へ

型破りなロック人生を最期までブレずに貫いた裕也さん。言動はもちろん、歌のステージも迫力満点で、ファンを熱狂させた(2005年11月撮影)

 ロック歌手で俳優、内田裕也(うちだ・ゆうや、本名・雄也)さんが17日午前5時33分、肺炎のため東京都内の病院で死去したことが18日、所属事務所から発表された。79歳だった。昨年9月に40年以上別居中だった妻で女優、樹木希林さん(享年75)を亡くしたばかり。心のよりどころでもあった妻の眠る東京・南麻布の光林寺で、永遠の同居が実現する。娘婿の俳優、本木雅弘(53)はこの日、仕事先の英ロンドンから「岳父として、常に紳士的に接してくれた」と感謝した。

 40年以上別居した希林さんを昨年9月15日に失ってわずか半年−。裕也さんも名女優の妻を追うように天に召された。

 17日の死去から一夜明けた18日、文書で発表した所属事務所は「この数年、闘病の日々でした。それでもユーモア、ウイットを忘れず、時には世の中を憂い、怒り、常に自分のできる事を模索しておりました」とコメント。晩年、満身創痍でイベントに出席していた裕也さんは入退院を繰り返していたという。

 2017年夏に転倒して右足甲を骨折後、移動は車いすに。同11月には脱水症状を起こした。最後の仕事は昨年大みそかに自ら主催した恒例の年越しライブ「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」での熱唱だった。「暖かくなったら仕事の予定を立てたい」とリハビリに励むも、年明けに再び体調を崩し、都内の病院に入院した。

 死去前日の16日には、孫ら家族が見舞いに訪れ、ランチにオムライスも食べるなど元気だったが、17日未明に容体が急変。希林さんとの長女でエッセイストの内田也哉子(43)が駆けつけたが、家族は看取ることができず。孤高のロッカーらしい最期だった。

 遺体は東京・渋谷区の自宅に安置されており、車で5分の距離に住む也哉子と孫のモデル、雅樂(うた、21)が18日に訪問して対面した。葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く。

 関係者によると、遺骨は希林さんの眠る東京・南麻布の光林寺に埋葬され、1975年の別居以来、約44年ぶりに同居が実現する。同寺は内田家先祖代々の墓がある菩提寺で、希林さんは生前「死んだ後は夫と同居ね」と話していた。

 本木は13日に離日し、ロンドンに滞在中。4月上旬までの予定を繰り上げ緊急帰国する。訃報が流れた18日午後にコメントを寄せ、「妻から英国時間で17日に日が変わった深夜(日本時間17日朝)、電話で知らされました」と説明した。

 裕也さんと最後に会ったのは今月10日。雅樂と次男、玄兎(げんと)くん(8)を連れ見舞いに訪れたと明かし、「時代を切り開いてきた業界の先駆者を失くしたという事においても非常に残念ですが、岳父として、常に紳士的に接してくれた事に、ただただ感謝しかありません」とつづった。

 型破りな言動で知られ、強要未遂などの逮捕歴がある一方、政治やボランティアへの関心が高く、91年の東京都知事選に出馬も落選。阪神大震災や東日本大震災では、被災地支援に携わった。

 そんな熱くて優しい男は口癖の「ロッケンロール!」について「ベトナム戦争で若い米兵さんたちが、最前線に行かなきゃならない時『ロックンロール!』と言ってヘリコプターから降りていった。そういう、自分や人を勇気づけるとか、哲学的な意味を持って言っている」と語っていた。

 国民を勇気づけた裕也さんは見事にロッケンロール人生を全うした。

★娘婿・本木雅弘のコメント

 仕事の予定がありロンドンに滞在中でした。訃報の連絡は妻(内田也哉子)から、英国時間で17日に日が変わった深夜に電話で知らされました。

 最後に会ったのは3月10日です。前日アメリカから帰国した長男(UTA)と次男を連れて病院へ見舞いに行きました。

 熱はありましたが、とても穏やかで、孫たちの話にも嬉しそうに頷き、

現在放送中の私のCMについても「なかなか イイな」と褒めてくれました。

 容体を見守る日々の中で、私も妻もどこかで覚悟はしておりました。

 時代を切り開いてきた業界の先駆者を失くしたという事においても非常に残念ですが、岳父として、常に紳士的に接してくれた事に、ただただ感謝しかありません。

                  本木雅弘

内田 裕也(うちだ・ゆうや)

 1939(昭和14)年11月17日生まれ。兵庫・西宮市出身。高校時代にロックンロールに夢中となり、58年にブルージーン・バップスを結成。プロデュースにも力を入れたほか、73年にスタートさせた年越しロックフェスが昨年末で46回開催するなど日本のロックの普及に尽力した。俳優としても映画「コミック雑誌なんかいらない!」などで主演。73年に女優、樹木希林さん(当時の芸名は悠木千帆)と結婚し、76年に長女、也哉子が誕生。口癖は「ロッケンロール」「シェキナベイベー」

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