「若さって魔法だったんだなぁ」カラダの変化から考える、人生の楽しみ方

奥田亜希子さん 撮影/坂本利幸

 ティーン誌を舞台に人間模様が繰り広げられる『リバース&リバース』、中学生男子の感情の機微を描いた『青春のジョーカー』など、1作ごとに作風を広げている奥田亜希子さん。

 最新作『魔法がとけたあとも』は、つわりのつらさや健康診断の要再検査に直面したときの動揺、顔のホクロに対するコンプレックスなど、身体に生じるさまざまな変化とその先に見える景色を描いた5つの物語が収録されている短編集だ。

■子育ての愚痴を言えない世の中

「私には小学校2年生の娘がいるのですが、実家は遠く、夫は仕事で朝が早くて夜は遅いため、平日の家事と育児はほぼ私ひとりにかかってくるんですね。娘は6歳ごろまで夜中に1度、目を覚ますクセがあり、そのたびに娘のそばにいなければならず、心身ともにきつかったです。

 ■その一方で世の中には、“子どもはかわいいんだけどね”ってエクスキューズを入れないと、お母さんが子育ての愚痴を言えないような雰囲気があるようにも感じていました。私は、子育てや妊娠生活のつらさと、子どもへの愛情というのは別のものだと思うんです」

 こうしたテーマを反映して書かれた作品が、本書の1編目に収録されている『理想のいれもの』。妊娠を機に匂いに敏感になり、積極的にとれる食品が炭酸水のみになってしまった志摩が主人公の物語だ。「つわりは赤ん坊が元気な印だから」など、夫や両親や親族は志摩をいたわるような言葉をかける。だが、どの言葉も志摩の心には届かない。

■「妊娠は病気ではないことを志摩はよくわかっているはずです。でも、四六時中、重い吐き気があるのは本当につらいことだと思いますから。その部分だけを切り取って、“大変だね”と言ってほしかったんじゃないかなと思うんです」

 志摩は里帰り中、弟の部屋でシチュエーションCDを見つけた。シチュエーションCDとは、人気男性声優によるさまざまなシチュエーションに沿った演技が収録されているもので、聴き手の女性を交えながら進行していく。志摩は、「おまえは本当によく頑張っているよ」といったシチュエーションCDのセリフに癒され、ハマっていく。

■「声優さんが聴き手に語りかけてくれるようなCDがあることを知り、すごい発明だと思いました。聴き手側のキャラクターが作り込まれていないので、聴いていると自分のことをすべて肯定してもらえるような気持ちになりますし、癒される感じはここからくるのかなあと」

 収録されている5つの作品のうち、いちばんスラスラと書けたのは、シングルマザーの敦子と14歳の息子との関係を描いた『彼方のアイドル』だという。

「担当編集さんから、“自分の白髪が目立つころに、息子にヒゲが生えてくる”という話を聞いたんです。男性はある程度の年齢になるとヒゲが生えるものですが、男性アイドルというのは基本的にヒゲを隠しているような気がするんですね。ですから、息子のヒゲの話にアイドルをのせたらおもしろいのではないかと思いました」

■タイトルへの強い思い

 敦子は若いころに5人組のアイドルグループ「ダッフルコーツ」に夢中になっており、息子の反抗期を機にファン熱が再燃する。

奥田亜希子さん

「私は一時期、友人と某アイドルグループのファンクラブに入会していて、コンサートにも足を運んでいたので、その経験を活かしました」

 顔のホクロにコンプレックスを抱く主人公の晴希と幼なじみの七夏のほのかな恋愛を描いた『君の線、僕の点』は奥田さんが特に気に入っている作品のひとつなのだそうだ。

「ちょっと気弱な男の子と幼なじみの胸キュンを書くことができて、楽しかったです。それに、ホクロの除去手術を受けている人って意外と身近にいるものなんですよね。でも、■ホクロがなくなったことに誰も気づかなくて、“私、ホクロを取ったんです”って、コンプレックスを自ら申告してしまうらしくて。その混沌とした様子を書きたいとも思いました」

 奥田さん自身、自分の外見にコンプレックスがあるのだという。

「■でも、容姿を気にすることからは卒業したいと思っているんです。少し前までは体重がちょっと増えるだけで落ち込んでいたのですが、健康に問題がなければそれって時間の無駄ですよね。体重もシワも白髪も“イヤなもの”ととらえてしまうと、この先の人生がつらくなるだけだと考えるようにしています。自分や誰かに、不要に厳しい視線を向けてしまうことにつながるような価値観は持たないほうがいいと、日々、自分に言い聞かせています」

 タイトルの『魔法がとけたあとも』にも、奥田さんの思いが込められている。

■「例えば、疲れないとか寝なくても大丈夫とか、“若さって魔法だったんだな”と30代になってから思うようになりました。でも、魔法がとけたあとの人生のほうが長いうえに、お金の問題とか、親の介護とか、自分の健康とか、現実はどんどんシビアになっていきます。それでも人は楽しく生きていけるはず。そうした思いを込めて、このタイトルをつけました」

■■ライターは見た!著者の素顔

 前回の取材時に幼稚園生だった娘さんは、現在、小学2年生。奥田さんは最近、小学校の読み聞かせサークルでの活動を始めたそうです。

「読書のおもしろさをひとりでもいいから伝えられたらと思ってサークルに入会したんです。先日、娘のクラスで初めて読み聞かせをしました。選んだ本は長新太さんの『ぼくはイスです』。子どもたちが物語の世界に惹き込まれていく様子を目の当たりにして、私自身、読書の楽しさをあらためて実感しました」

『魔法がとけたあとも』(双葉社) 奥田亜希子=著 1400円(税抜) ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

PROFILE
●おくだ・あきこ●1983年愛知県生まれ。愛知大学哲学科卒業、2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞。その他の著書に『透明人間は204号室の夢を見る』、『ファミリー・レス』、『五つ星をつけてよ』、『リバース&リバース』、『青春のジョーカー』がある(取材・文/熊谷あづさ)

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