中谷美紀「長く続けるはずではなかった」 “風まかせ”でたどり着いた境地

中谷美紀「長く続けるはずではなかった」 “風まかせ”でたどり着いた境地

映画『総理の夫』に出演する中谷美紀 写真:伊藤彰紀(aosora)

キャリアと年齢を重ねるごとにその美しさは輝きを増すばかりの中谷美紀。「風まかせで生きている。自由であることを大切にしています」という歩み方からもわかるように、あらゆるこだわりから解放された姿もなんとも魅力的だ。映画『総理の夫』では、“日本初の女性総理”を新たなハマり役として演じた彼女。これまでの活動を振り返り、女優人生の転機や、「仕事にしがみつかない」という“執着しない生き方”について語ってもらった。

■理想を叶えてくれる日本初の女性総理役を演じた日々は「とても幸せ」

 原田マハの小説を、田中圭と中谷のダブル主演で映画化した本作。中谷演じる凛子が日本初の女性総理大臣に就任したことから、お人好し&根っからの坊ちゃん気質の夫・日和(田中)が、政界の荒波に放り込まれて大わらわとなる姿を描く。

 キリリとしたスーツ姿から、あふれる情熱と清潔感。凛(りん)とした佇まいも美しく、中谷が“日本初の女性総理”という役どころをリアリティと共に演じている。凛子役を手にした中谷は、喜びを感じたという。「女性なら誰しも願っているけれど、いまだに実現できていない存在」とその役柄に思いを馳せ、「凛子の掲げる、“働く女性が子どもを産み、育てやすい社会を作る”という考えは、とても理想的なもの。とはいえ私自身、そこに対してなにかアクションを起こしてきたわけではありません。理想的な社会として思い描いていながらも、叶えられなかったこと。それを凛子が代わりにやってくれるので、彼女を演じられることはとても幸せでした」と目尻を下げる。

 政治の世界に身を置き、リーダーシップを発揮していく凛子を演じる上では、世界中の女性リーダーを見渡し、研究したと語る。

 中谷は「台湾や韓国にも女性リーダーがいらっしゃいます。ドイツのメルケル首相、EUのウルズラ・フォン・デア・ライエンさん、ECB(欧州中央銀行)の代表も女性ですし、ニュージーランドには、現職の首相として初めて産休を取得されたジャシンダ・アーダーン首相もいらっしゃる。そういった方々のニュースを見たり、発言を読んだりしていると、みなさんしっかりとしたアンガーマネージメントを実践されていると感じた」そうで、「女性がリーダーとなって人々を率いていく上では、ヒステリックに主張を叫ぶだけではダメなんだなと思いました。演じる上でも、淡々と話すことを心がけました」と丁寧な役作りに臨んだ。

■どんな結婚生活を送っている? 「母親の代理を求められないので、とても楽です」

 カリスマ性を持つ凛子が国民の心をつかんでいく姿と共に、多忙を極めていく彼女を支える夫・日和との夫婦関係も大きな見どころだ。中谷は「日和は、働く女性にとっては理想的な夫」と分析。夫婦役として絶妙なコンビネーションを見せた田中については「本当に日和にぴったりでしたね!」と瞳を輝かせ、「田中さんはいつも気負わずに役柄に向き合い、とても軽やかな雰囲気で現場にいてくださる。そんなところも日和にぴったりでした。また“優秀な助監督になれるのでは”と思うほど周囲がよく見えていて、気配りのできる方なんです」と人柄にも心を打たれたという。

 凛子と日和の夫婦を通して、理想の夫婦像について考える人も多いはずだ。中谷自身は2018年にドイツ人のヴィオラ奏者と国際結婚し、オーストリアと日本を往復する生活を送っている。結婚というと“縛られるもの”というイメージもあるものだが、中谷は「私たち夫婦には“こうしなければいけない”というルールもまったくありませんし、むしろ自由です」とキッパリ。

 「夫からは“母親の代理”を求められていないので、とても楽です。私が洗濯機を回したまま、それを忘れて出かけたときには下着も干してくれていますし、掃除機もかけてくれます。役割分担についてなにか取り決めをしたこともありませんので、できるときに、できる方がやる。とてもバランスがよく、いつも助かっています。またお互いに一人でいる時間も大切にしたいタイプなので、“もっとこうしてくれたらいいのに”とか“なんでわかってくれないの”といった過剰な期待をしないというか(笑)」と同じ価値観を共有している様子で、「すごく楽」と明るい笑顔を見せる。

■楽しい時もつらい時も…「この仕事だけがすべてではない」という気持ちで

 これまでの芸能活動を振り返ってもらうと「風まかせで生きています」とほほ笑む。

 もともと女優になりたいという夢を持っていたわけではなく、スカウトされたことをきっかけにデビューを果たした。「成り行きと言いますか…アルバイト感覚で始めて、こんなに長く続けるはずではなかったんです」と笑いながら、女優人生の転機についてこう明かす。「19歳のときに、利重剛監督の『BeRLiN』という映画で初主演を務めさせていただきました。そのときに“演じるって奥が深くて、正解がないからこそ面白いものだな”と感じて、女優というお仕事に対して火をつけられたような感覚がありました。私は飽きっぽい性格なのですが、“これはもっと探ってみたい”と思いました」。

 また日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した『嫌われ松子の一生』(2006年公開)との出会いも大きなものとなった様子で、「大変な撮影でしたので、終わったときには身も心もあまりに疲れてしまって。こんなに大変な思いをしたのならば、インドにも行けるのではないかと、20代最後の年にインドへ旅に出ました」と楽しそうに述懐。それは人生観を変える旅となり、「インドには、あらゆる価値観を持つ人々が一つの国に住んでいます。貧富の差も激しい国ですが、貧しいからといって不幸かと言えば、決してそうではないと感じる方にも会うことができました。価値観は一つではないことを学び、世界を見渡したら自分の悩みなんてちっぽけなものだなと感じることもありました。それは私にとって、大きな収穫」だと話す。

 視野を広げると共に、「飛行機をダブルブッキングされてしまったり、言葉がわからない中であらゆる交渉をしたりと、“これを経験したのだから、もうなんでもできる! 怖いものなしだ”と思って帰ってきて」とたくましさも身につけたことで、「仕事にしがみつかなくなったように思います」と明かす。

 「もちろんありがたく、楽しく仕事をさせていただいていますし、作品ごとに求められることも異なるので、毎回必死です。でも、“仕事だけがすべてではない”とも思っています。だからこそ、楽しめているのかなと。これは一度立ち止まったからこそ、見えてきたものかもしれません」としみじみ。年齢を重ねる中で一層「あらゆるものに執着しなくなっている」そうで、「“生きていればそれだけで十分”と思うと、失敗しても落ち込まなくなったり(笑)。若い頃は、ちょっとでもNGを出すといちいち落ち込んでいましたね。でも年々厚かましくなってきたのか、“完璧な人間なんていない”と気楽に構えるようになりました」と実におおらかだ。

 キャリアプランにおいても、結婚生活においても、中谷美紀のキーワードとなるのは「一つの価値観に縛られず、自由であること」。芯の強さを持ちながらも、軽やかに人生の節目を超えていく彼女から、ますます目が離せない。(取材・文:成田おり枝 写真:伊藤彰紀<aosora>)

 映画『総理の夫』は9月23日より全国公開。

スタイリスト:岡部美穂/ヘアメイク:下田英里

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