石野真子、“お母さん女優”として引っ張りだこ 思い出に残る母親役は『花より男子』

石野真子、“お母さん女優”として引っ張りだこ 思い出に残る母親役は『花より男子』

石野真子 クランクイン! 写真:高野広美

1978年に17歳でアイドルとして芸能界入りし、来年デビュー45周年を迎える石野真子。周囲を包み込むような温かなオーラと朗らかな笑顔も魅力的で、近年は数々の作品で“母親役”としてもキラリと光る存在感を発揮している。自身にとって4年ぶりとなる舞台『きっとこれもリハーサル』では、明るくにぎやかな母・弘江役に息吹を注ぎ込む石野。「流れるままにここまで来ました」という彼女が、デビューからの歩みや、女優業の転機、思い出の“母親役”について明かした。

■「台本を読んで何度も笑って、何度も泣いた」

 本作は、「喪主の練習がしたい」と突如言い出す母親・弘江に巻き込まれた家族たちが繰り広げるハートフル“お葬式コメディ”。弘江の夫役を羽場裕一、息子役を鈴木福、娘役を川島海荷が演じる。

 舞台の仕事について「何度やっても緊張する」という石野は、「初日は毎回、膝が震えます」と明かしつつ、「ゼロからみんなで作り上げていくという面白さもあり、一期一会その日ごとにお客様の反応が違ったりすることも舞台の醍醐味(だいごみ)。福くんと海荷ちゃんとは、初共演です。羽場さんとは、2時間ドラマでご一緒していました。羽場さんが刑事、私が犯人として共演させていただいて(笑)、夫婦役は初めて。すごく楽しみです」と期待に胸を膨らませる。

 お葬式のリハーサルをすることになった家族のユーモアあふれるやり取りに笑っているうちに、ホロリと涙がこぼれるような内容だ。石野自身「台本を読みながら何度も笑って、読み進めるうちに泣けてきちゃって。台本を読むたびに泣いてしまう」のだとか。次第にそれぞれが抱えている隠し事や悩み事が浮かび上がってくるが、どこかギクシャクしてしまった家族をつなぎとめようとする弘江について「優しくて、強い女性」だと印象を明かす。

 「家族とか、いつもそばにあるものって当たり前すぎて、感謝する気持ちを忘れてしまうことがあります。照れてしまうこともあるだろうし、“言わなくても分かるだろう”と思いがち。でもやっぱりきちんと言わなければ分かり合えないことはたくさんあって、本作の弘江さんはいつも“どうしたら家族みんなが分かり合えるだろう”ということをずっと考えてきた女性だと思います。“一生懸命に家族のことを考えているお母さん”を演じたいなと思っています」と役柄へ愛情を傾けながら、意気込みを語る。

■思い出の母親は、森光子さんと『花より男子』

 今年お披露目になった作品だけでも、『やんごとなき一族』(フジテレビ系)では土屋太鳳演じるヒロインの母、『拾われた男 Lost Man Found』(ディズニープラス)では仲野太賀&草なぎ剛演じる兄弟の母に扮するなど、近年の石野は数々の母親役を好演。持ち前の温かなオーラを放ちながら、主人公たちを見守る母として、視聴者の心に残る演技を見せている。

 母親役を演じる楽しさについて、石野は「本当にそうそうたる方々のお母さんになっちゃって」と目尻を下げながら、「親子役として共演していると、次に会った時にも“久しぶりねー!”となんだか気持ちを楽に、近い距離感で会えたりするんですよね。そうやって会える方々が増えてうれしい」と“娘”や“息子”たちと特別な絆を育んでいる様子。

 “思い出の母親役”について聞いてみると、「『花より男子』(TBS系)の母親役はとても強烈でしたね」と井上真央演じる牧野つくしの母に扮した人気ドラマを挙げ、「つくしちゃんの家はお金がない、貧しい家庭で。食卓にあるのは白いご飯だけ。おかずの写真を置いて、“おかずの写真を見ながらご飯を食べたらおいしいよ”と言うんです。もうおかしくて、おかしくて、そのセリフが忘れられなくて」と笑顔を弾けさせながら述懐。「それでも牧野一家は家族みんなとても明るくて、幸せに楽しく、ご飯を食べている。“いろいろな家族、お母さんがあって、母強し”と思ったのを覚えています」とあらゆる家族像を体現する面白みも感じている。

 一方、憧れるような母親役に話が及ぶと、1979年に放送されたTBS水曜劇場のホームドラマ『熱愛一家・LOVE』で石野演じる女子高生の母親を演じていた森光子さんへの思いを口にした。「私にとって、初めてお母さん役を演じていただいたのが森光子さん。みんなを包み込むような安心感があって。まさに“国民のお母さん”といった感じ。本当にステキでした」と目を細めながら、女優業の転機となった作品も『熱愛一家・LOVE』だと続ける。

 「私は歌手でデビューをして、『熱愛一家・LOVE』で初めてドラマに出演させていただきました。共演者は恐縮してしまうような大先輩ばかりだったのですが、皆さん最高に優しく楽しい方々でした。当時の私はスケジュールが大変だった時期で、新人だというのに遅れて現場入りすることもありました。そんな私に、“大丈夫、大丈夫。セットの裏で寝ていなさい”など、皆さんがとても優しくしてくださった。お芝居も伸び伸びとやらせていただいて、そこで“ドラマのお仕事が好き!”という思いが芽生えました。もし当時、怒られてばかりだったとしたら、今こうして女優さんのお仕事を続けていないかもしれません。そう思うくらい、『熱愛一家・LOVE』は素晴らしい経験をさせていただいた場所です」と感謝をあふれさせる。

■デビュー45年 60代は「体力や気力のバランスを整えながら進んでいきたい」


 オーディション番組『スター誕生』で合格し、1978年にシングル「狼なんか怖くない」でデビューした石野。愛らしい笑顔、伸びやかな歌声でファンの心をわしづかみにし、一気にスターダムを駆け上がった。

 デビュー当時を回想してもらうと、「兵庫から上京して、芸能界に入って。『狼なんか怖くない』が街から聴こえてきた時は、“私の歌だ!”とものすごく感動しました。作詞は阿久悠さんで、作曲が吉田拓郎さん。恵まれすぎていますよね」とにっこり。「あれよあれよという間に忙しくさせていただくようになって、3ヵ月ごとくらいのペースで新曲を出して。毎日のお仕事が10本くらいあるので、それが終わった夜中にレコーディングをしていました。“目の前のお仕事に必死”という感じでしたね」とがむしゃらに10代を過ごした。

 女優業やバラエティ番組、司会業など活躍の幅を広げながら、来年は芸能界デビュー45周年を迎える。石野は「数字に弱いので、だいたいそれくらい?という感じ」と数字にはこだわりがない様子で、「なんとなく、流れるままに。流れに乗ってここまで来ました」と穏やかな口調でこれまでの道のりを振り返る。

 さらに「“生活していけるかな、大丈夫なのかな?”と思うような時期もありました」とも語る。「芸能界のお仕事には、やっぱり波がありますよね。私は受け身かもしれませんが、流れるまま、ふわふわと。そういった感覚でずっと進んできたように思います。もちろん落ち込む時だってあるし、いつも穏やかな気持ちでいられるわけではありませんが。でも“今ちょっと、大変な渦の中にいるな”と感じるような時は、一度その渦から抜け出して、自分を客観視するようにしています。そうすると案外、気持ちが楽になったりするもの。どっぷりとその渦に浸かりすぎず、少し他人事にしてみる」と困難に直面した時の対処法を打ち明けるが、なによりも欠かせなかったものは「周囲の支え」だという。「ここまで自分自身も頑張ったと思いますが、そうしているとやっぱり支えてくれる人がいるもので。私は周囲に支えられまくっています」とこつこつと取り組んでいれば、必ず誰かが見てくれているものだと実感を込める。

 人柄や表情も柔らかく、60代に足を踏み入れた今もとびきりチャーミングだ。石野は「60代は、体力や気力のバランスを整えながら進んでいきたい」と希望。「贅沢なことですが歌も大好きなので、何らかの形でまたファンの方にお会いできたらうれしいですね。“待ってくださっている方がいる”ということが励みになります…」とコンサートにも意欲をのぞかせ、「私は渡辺真知子さんと同期で、デビュー当時は歌番組で毎日のように顔を合わせていました。何年か前に真知子さんのコンサートを観に行かせていただいたことがあるのですが、イントロが流れた途端に泣いたりして。やっぱり歌には、一瞬にして当時を思い出す“魔法”のようなものがある。歌っていいものだなぁと感じています。そして今回はお芝居。時間をかけて観に来てくださった方が、心を揺らしてくださったらうれしいなぁ」と語っていた。(取材・文:成田おり枝 写真:高野広美)
 
 舞台『きっとこれもリハーサル』は、東京・新国立劇場小劇場にて9月29日~10月13日、大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールにて10月22日上演。

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