並外れた嗅覚を持つ少女が、母の封じられた記憶を辿る 異色スリラー『ファイブ・デビルズ』監督に聞く

並外れた嗅覚を持つ少女が、母の封じられた記憶を辿る 異色スリラー『ファイブ・デビルズ』監督に聞く

映画『ファイブ・デビルズ』場面写真(C)2021 F Comme Film ‐ Trois Brigands Productions ‐ Le Pacte ‐ Wild Bunch International ‐ Auvergne‐Rhone‐ Alpes Cinema ‐ Division

並外れた嗅覚の持ち主である少女ヴィッキーの趣味は、小瓶に集めた香りを楽しむこと。フランス山間部の小村で、消防士の父と水泳コーチの母と暮らす彼女の元に、父の妹である叔母のジュリアがやってきた。突然、家族に広がり始めた不穏のさざ波。叔母の香りを嗅いだヴィッキーは過去の光景を垣間見る能力に目覚め、村の誰もが口を閉ざす忌まわしい秘密へと深く旅してゆく。ジャック・オディアールやセリーヌ・シアマ、アルノー・デプレシャン、クレール・ドゥニらに師事した新鋭、レア・ミシウス監督の長編第二作『ファイブ・デビルズ』は、タイムリープ・スリラーの物語を借りて、現代的でセンシティヴな主題に切り込む注目作。本作で第75回カンヌ国際映画祭でクィア・パルム賞候補、ファンタ系映画祭でも絶賛を浴びた彼女が見据える、ジャンル映画の未来とは?(※以下、映画の結末に触れる内容がございます。未見の方はご注意ください。)

■前作は“視覚”、今作は“嗅覚”がテーマ「五感に興味」

――この不思議な物語のアイデアはどこから?

ミシウス監督:出発点は風変わりな主人公でした。母親に強い所有欲を抱き、その香りを小瓶に保存する幼い少女。初期の脚本では母は既に死んでいて、少女は寂しさを紛らわすために香りを嗅ぎ、死者に会いに行く設定でした。でも、母は生きていて、彼女が封印した過去、つまり“死んでしまった時間”へと少女が旅する方が面白いと思ったんです。

――香水大国のフランスらしい着想ですね。

ミシウス監督:私も香りは大好きです。マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』では、主人公の幼年期がマドレーヌの香りで鮮やかによみがえる。香りと記憶を結びつけた物語はフランスでは決して珍しくはないんです。

――初長編となる前作『アヴァ』では“視覚”を失いつつある少女が主人公。今回は“嗅覚”が重要な鍵になりますね。

ミシウス監督:どちらも同じ監督の映画ですから(笑)。私は五感に興味があり、身体的感覚に訴える映画が好きです。子ども時代や母と娘、家族関係、そしてロジックを超えた本能や自然の在り方が、共通した主題として無意識に作品に現れてくる。一種のオブセッションですね。

■30~40ページ、撮影しない場面も脚本に書き込む

――母ジョアンヌ役は『アデル、ブルーは熱い色』でエモーショナルな芝居を見せたアデル・エグザルコプロス。彼女を演出して最も心を動かされた瞬間は?

ミシウス監督:カラオケの場面です。歌い始める前から彼女は目に涙を浮かべていた。予期せぬ光景でした。本当は愛する相手と一緒にいたかった、そんな強い想いを断たれた。心の奥底に沈めた哀しみが堰を切って溢れ出す瞬間、アデルはジョアンヌという人物を発見し、2人が完全に重なったのです。本当に感動的でした。

――周囲の偏見を吹っ切り、自分の本心を悟ったジョアンヌは、夫のジミーに胸の内を叫んでしまう。彼は激昂する妻を冷静にあしらいますが、彼も衝動的に妻の友人ナディーヌと激しい情事を持つ。登場人物は型にはまらない人たちばかりですね。

ミシウス監督:彼らの複雑なニュアンスを出すことが大切だと考えています。夫婦が口論する場面は、役者にとっても難しいシーンでした。撮影はかなり後半で、各々の人物の内面を捉えたうえで、あの場面へ雪崩れ込んだ形です。私は撮影しない場面を脚本に30~40ページくらい書く。これは無駄な作業ではなく、映画を豊かにする過程なんです。

――例えば、どんな場面を書き込んだのですか?

ミシウス監督:物語の中盤、夫のジミーがアメリカの黒人女性詩人マヤ・アンジェロウの詩を朗読する場面がありました。ただ、彼の役作りには有効ですが、ストーリーテリングの面では不要だったので削りました。今回は特にジョアンヌの過去を徹底的に書き込みましたね。一方で、娘のヴィッキーはまだ幼く、人格もさほど複雑ではない。純粋な彼女の視点で両親を眺め、葛藤を抱えた父の感情に歩み寄る物語にしたんです。

■タイトル『ファイブ・デビルズ』の意味

――叔母のジュリアにだけ、タイムリープしたヴィッキーの姿が見える理由は?

ミシウス監督:彼女たちには“つながり”があるんです。マジカルな力は叔母から姪に継承される。最後に登場する少女にも、この“つながり”が生き続ける意味を込めました。

――そう考えると、本作のタイトル『ファイブ・デビルズ』は意味深ですね。

ミシウス監督:舞台となる小村に広がる湖の名であり、母ジョアンヌが働くスポーツセンターの名称です。『ツイン・ピークス』みたいな、場所の名前ですね。でも、私のなかでは同時に、ナディーヌを含めた5人の主要人物を指す言葉でもあります。

――撮影のポール・ギロームが共同脚本を務めていますが、どのような役割を果たしていますか?

ミシウス監督:彼は『アヴァ』でも共同脚本でしたが、既に私が大半を書き上げた後での参加でした。今回は最初から関わってもらい、彼の視点も大いに盛り込まれています。例えば、ヴィッキーのタイムリープは、私のイメージでは“ただ見ている”だけでしたが、彼がステディカムの使用を提案し、よりドラマティックな映像になりました。脚本執筆と撮影プランは同時進行で、ストーリーテリングのなかにカット割りがあった感じですね。

■ 多面的な魅力を備えたジャンル映画を目指した

――そんな二人三脚の現場で、最もチャレンジングだった場面は?

ミシウス監督:火事の場面です。物語の核となる重要なシーンで、実際に現場に火を放つので失敗は許されません。予算も少なく、用意したモミの木は2本だけ。日光を避けてブルーアワーを狙い、35ミリフィルムを回す。時間の制約もあり、撮影素材もデジタルとは違う。学生時代のジョアンヌとジュリア、ヴィッキーの関係性も明示しなくてはならない。役者もスタッフも本当に大変でした。それが終わると編集段階での特殊効果もあって…。結局、この映画はどの段階でも挑戦だったと言えますね。

――本作を単にジャンル映画としてくくられてしまうのは不本意かもしれませんが、もし、過去のホラーやスリラーで影響を受けた作品があれば教えてください。

ミシウス監督:これはジャンル映画ですよ(笑)! ホラー映画で参考にしたのは『シャイニング』、ジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』、ブライアン・デ・パルマの影響もあります。ただ、インスパイアされたのはジャンルの“概念”で、具体的なオマージュや引用はありません。長い間に蓄積されたホラーやスリラーの定石を踏まえつつ、家族や社会、個人の抱える問題を盛り込む。多面的な魅力を備えたジャンル映画を目指しました。いわば、私なりのやり方で挑戦したジャンル映画なんです。ぜひ、楽しんでいただけるとうれしいです。

(取材・文:山崎圭司)

 映画『ファイブ・デビルズ』は公開中。

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