<風の電話>を映画化 主演・モトーラ世理奈×諏訪敦彦監督が紡いだ“さすらい”の物語

<風の電話>を映画化 主演・モトーラ世理奈×諏訪敦彦監督が紡いだ“さすらい”の物語

モトーラ世理奈×諏訪敦彦監督、『風の電話』インタビュー クランクイン!

2011年、岩手県大槌町在住のガーデンデザイナー・佐々木格氏が、自宅の庭に設置した<風の電話>。死別した従兄弟ともう一度話したいという思いから誕生したそのオブジェは、“天国につながる電話”として、東日本大震災以降、3万人を超える人々が訪れている…。映画『風の電話』は、人々の思いが詰まったこの電話をモチーフにした初の映像作品。広島から大槌町へ、家族を亡くした少女ハルが、傷ついた心を抱えながら、日本中をさすらう姿を追いかける。気がつけば、<風の電話>の前に佇む少女ハル。ここにたどり着くまでに彼女は誰と出会い、どんなドラマを紡いできたのか? メガホンを取った諏訪敦彦監督と、主演のハルを演じたモトーラ世理奈が、改めて撮影を振り返った。

■ハル役は、直感でモトーラさんを選んだ(諏訪監督)

――諏訪監督は、『風の電話』の映画化が決まったとき、「どんな作品になるか、すぐにイメージができなかった」とおっしゃっていましたが、何か引っかかるものがあったのでしょうか?

諏訪監督:このお話をいただいたときに、物語の大枠がすでにあって、確か熊本で被災したハルが、<風の電話>のことを知って、そこを訪れる、というものでした。つまりハルは、しっかりとした目的意識を持って旅をする設定だったんですが、僕はそうしたくなかった。この旅は、目的があって行くのではなく、いつ自分が旅に出たのかわからない、なんで旅に出たかもよくわからない。なんとなく電車に乗っちゃったみたいなものにしたくて。ある意味、どこにも行き場所がない少女の“さすらい”ですよね。最初はどこでもよかったけれど、旅をするうちに、「自分の生まれ故郷に帰ろう」という気持ちが自然とどこかで芽生えていく。人間って、必ずしも目的を持って行動したり、生きていたりするわけではないですからね。生きるか死ぬかの瀬戸際にいるような女の子が、<風の電話>に偶然出会ったとき、いったい何ができるのか、そういう物語にしたいなと思いました。

――さすらっている感じがしましたね。

諏訪監督:さすらっている、漂っている、ということがむしろ重要でした。目的があると、旅の途中って通過点でしかないけれど、旅の本質って、その過程の中で何を経験したかが大事であって、目的地につくことが全てじゃないですからね。

――モトーラさんをハル役に選んだ理由を教えてください。

諏訪監督:オーディションの前から何かのポスターを観て、気にはなっていたんですよね。「この人、誰なんだろう?」って(笑)。それが偶然、オーディションで出会うわけですが、はっきり言って、最初に会った瞬間、「この人がハルだ」と思いました。これは全く迷いがなかった。

――それは感覚的なものですか?

諏訪監督:キャスティングというのは直感です。理由はないです。しいて言語化するとしたら、彼女だけが持っている独特の時間が流れている、ということですかね。

――黙っていてもスルーできない、見過ごせない魅力がありますよね。逆にモトーラさんはオーディションの際、諏訪監督にどんな印象を持ちましたか?

モトーラ:初めてお会いしたときの諏訪監督は、ちょっと怖かったです(笑)。あまり表情が変わらない方だったので、「何を考えているのかわからない」という怖さですね。でも、2回目のオーディションのときに、話し合う時間も多くなって、どんな方なのかがなんとなくわかってきて、「あ、波長が合うかもしれない」と思いました。

■「まぁメシを食え」その一言がハルを優しく包む(諏訪監督)

――広島で被災した母子、妊婦の姉と気遣う弟、そしてクルド人難民と震災体験者…ハルが<風の電話>にたどり着くまでの出会いやエピソードがとても良かったです。

諏訪監督:出発点を広島にして、ハルの故郷である大槌町までの道筋をまず考えました。ロードムービーって結局、移動していくわけなんですが、旅は、人との出会いによって成立するものじゃないかと。そこでハルが「どういう人たちと会っていくんだろう」ということを想像していきました。

モトーラ:旅先では、嫌な人がほとんど出てこないんですよね。皆さん、それぞれに悩みを抱えているけれど、いい人ばかり。

諏訪監督:途中でちょっと絡まれたりはしますが(笑)、旅の試練として、嫌な人に会ったり、怖い目に遭ったりとか、そういったドラマ的な要素は用意したくなかった。この映画自体、彼女に優しく寄り添っているようなものでありたいと思っていたので。

――かといって、言葉だけの過剰な優しさではなかった。

諏訪監督:結局、ハルは食事をごちそうになっているんですよね(笑)。三浦友和さん、西島秀俊さん、西田敏行さんら、錚々(そうそう)たる役者陣が演じるキャラクターがハルと出会い、後押ししてくれるわけですが、細かいことには無理に踏み込まない。「とにかく、まぁ、食え」と言うだけ。それがなんか、人を包み込む行為というか、「あれこれいいから、とにかく食え」という優しさ、それだけでいいんじゃないかと。

――ハルとして広島から大槌町まで、さすらってきたわけですが、この旅を通してモトーラさんは何を感じましたか?

モトーラ:撮影中はずっとハルを生きていたので、私というよりもハルの感情でお話すると…一つ一つの出会いがとても温かく、大切なものでした。でも、旅で出会ったら、絶対に別れがくるので、そのシーンは本当に寂しかったですね。

諏訪監督:どこかにハルという役があって、モトーラさんがそれを演じた、という感じではないんですよね。モトーラさんが存在しなかったら、ハルも存在しない。だから、彼女自身は漂っていたというよりも、ハルの中にしっかりいたと思うんです。だから、誰かと出会い、別れて、またひとりぼっちになったとき、心から寂しい気持ちになるんですよね。

――撮影を終えて、モトーラさんの中に何が思いとして残っていますか?

モトーラ:現場はすごく楽しかったです。広島から大槌町まで、本当に皆さんと旅をした感じだったので。それぞれの場所でおいしいものを食べたり、毎晩いろんな話をしたりするのも楽しかった。ただ、撮影自体は、脚本がほぼ決まっておらず、即興芝居が多かったので大変でしたね。特に、岩手に入ってからは<風の電話>のシーンが重くのしかかってきて、ずっと頭の中で「どうしようかな…」って考えていました。


■「本番まで電話ボックスには1度も入らなかった」(モトーラ)

――最後の電話ボックスのシーンは、10分以上の長回しでモトーラさんを映しているのですが、セリフもモトーラさん自身が考えたものだそうですね。あそこは相当なプレッシャーだったのではないですか?

モトーラ:夜、1人でセリフを考えて練習してみたりもしたんですが、なかなかしっくりこなくて。諏訪監督から「一度、紙に書いてみたら?」と言われたんですが、それでもやっぱりわからないなぁと…ここまで来たら、実際に現場に入ってみないと見えてこないと思ったので、結局、本番まで電話ボックスには一度も入らず、ハルとしてそこに立ったときにどんな言葉が出てくるかに懸けてみることにしました。

――電話ボックスに入ったとき、モトーラさんは何を感じましたか?

モトーラ:電話ボックスには2回入ったんですが、両方ともモトーラではなく、ハルとして入りました。事前の下見もせず、本番で入っただけなので、ハルとしての感情しかありませんでした。今、モトーラとして行ったら、また印象が違うと思いますが…。

――それは、ハルの感情を大切にするためにあえて入らなかったのですね?

モトーラ:そうですね。せっかく広島からここまでたどり着いたので、最初にハルが入ったときの気持ちにしたいなと。その瞬間のことを何よりも大切に、ずっと考えていました。

――だからこそ<風の電話>の長回しのシーンでは自然に言葉が出てきたんでしょうね?

モトーラ:自然に…うん、そうですね。そうだと思います。

諏訪監督:その判断は正しかったよね。多分、練習を生かそうとしたらうまくいかなかったと思う。あそこで身を委ねたのがよかった。ハルを演じようとしないモトーラさんの自然体と、長いさすらいの旅があったからこそ、僕は最後のシーンが成立したと思いますね。

■女優はいろんな人の人生を生きられる(モトーラ)

――ハルの心や行動に共感する部分はありますか?

モトーラ:先週、ようやく完成作品を観たんですが、そこに映っているハルが自分とは全く違う人間だったところにすごくビックリしました。家族が大好きなところは1つ共感できるところではありますが。

諏訪監督:え! 自分とは全然違うと思ったの? なるほど。でもそれはきっとモトーラさんがハルを創造したってことだと思います。

――もともと雑誌のモデルをされていましたが、演技に興味を持ったきっかけというのは、やはり、自分とは違う人生を演じられる、というところですか?

モトーラ:演じているときは「楽しいな」と思えるんですが、今までは作品を後から観ると、どこかに本当の自分、いつも見ている自分がそこにいるような気がしていたんです。でも今回のハルは、自分ではあるんですが、全然違う人に見えてしまって。それがまた新たな発見というか、ますます女優ってやりがいのある仕事だなと思わせてくれましたね。また違った役に入ったときの自分が楽しみになりました!(取材・文:坂田正樹 写真:松林満美)

 映画『風の電話』は2020年1月24日より全国公開。

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