『天気の子』今夜ノーカット放送! 吸い込まれるような「空」&結末には賛否両論も<見どころ紹介>

『天気の子』今夜ノーカット放送! 吸い込まれるような「空」&結末には賛否両論も<見どころ紹介>

映画『天気の子』 写真提供:AFLO

観客動員数1000万人超、興行収入140億円を突破し、国内の2019年映画興行収入ランキング第1位を記録した新海誠監督のアニメーション映画『天気の子』が、今夜、本編ノーカット版で地上波初放送される(テレビ朝日系/1月3日21時)。前作『君の名は。』に続きタッグを組んだRADWIMPSの音楽や、タイトルの“天気”を新海アニメならではの美麗な描写で表現し反響を生んだ本作。一方、公開当時、物語の結末には賛否両論も巻き起こった。今回はそんな『天気の子』の見どころを5つピックアップ。アニメーションに酔いしれるもよし、キャラクターに共感するもよし、物語の結末に意見を交わすもよし。幅広いエンタメの魅力を持つ本作を、それぞれの観方で楽しんでほしい。

■吸い込まれるような「空」の美しさ

 本作は、主人公・森嶋帆高が、高校1年生の夏に自身が生まれた離島から家出し、東京へやってくるところから物語が動き始める。家出をしたものの、手持ちのお金が底を尽きかけて生活が困窮した穂高は、東京へ向かう道中に出会った須賀圭介の元で、住み込み・食事付きの仕事をすることとなる。その内容は、オカルト雑誌のライター業件雑務担当。慣れない作業、須賀の突拍子もない提案に困惑しながらも、まっすぐに仕事に向き合う穂高は、ある日、一人の少女と出会う。

 どこか見覚えのある彼女。それは、自身の生活が困窮していたときに「ビッグマック」を差し入れてくれた少女であった。ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らすその少女の名前は、陽菜。彼女には「天気を晴れにする」という、不思議な能力があった。

 タイトル、そして陽菜の能力からも分かるように、本作でキーとなるのは「天気」。それだけに、さまざまな「雲」や「空」が描かれている。脚本・原作・監督を務めた新海誠の代名詞と言えば、前作『君の名は。』でもさまざまなメディアで取り上げられた背景描写の美しさ。その美しい描写や効果に魅せられ、「新海誠作品」のファンになった人も少なくないだろう。

 本作でもそのこだわりは遺憾なく発揮されており、物語の冒頭から、まるで「空」が主役といわんばかりの描写が続く。龍の形のようなすじ雲が流れ、魚のような雨水が飛び交う清々しい青空。朽ちつつある建物の後ろで広がる大きな雨雲。流れが速い雲の動き…。それらすべてが美しく、存在感に圧倒される。単にクオリティの高さだけでなく、「空」をはじめとする背景描写が、物語のなかでどのような役割を担っているのかも、本作では重要なポイントだ。

 「人の心って不思議だ。ただの空模様に、こんなにも気持ちが動くんだ」。

 劇中のこの言葉を頭の片隅に置いておきながら、ぜひラストシーン付近で描かれる東京の風景や穂高と陽菜の心情を表しているかのような背景描写までご覧いただきたい。

■東京の“見たことある場所”が登場

 背景描写のクオリティの高さは何も「空」に限ったことではない。描かれる建物・看板・街路樹などは、劇中の舞台である東京の街並みそのものと感じるほどの再現度を誇る。渋谷スクランブル交差点といったニュースでも見るような場所から、新宿・歌舞伎町の一角、池袋駅周辺など、一度行ったことがある人なら見覚えがあるだろう光景が、作品のなかで“明らかに”描かれているのだ。こういった、ファンタジーのなかにあるリアリティ要素も、本作ならではの見どころといえるだろう。

■主役を演じる醍醐虎汰朗・森七菜の等身大の芝居

 主人公・森嶋帆高を演じるのは、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』の日向翔陽役を演じるなど、舞台・ドラマ・映画で活躍する俳優の醍醐虎汰朗。また、天気を晴れにする能力を持つ天野陽菜を演じるのは、『この恋あたためますか』(TBS系)で連ドラ初主演を務めたことをはじめ、ドラマや映画の出演、またアーテイストとしても目覚ましい活躍ぶりを見せる森七菜。

 ふたりは、2000人以上の応募があったオーディションの中から、主役の座を射止めている。キャスティングの決め手になった理由は、年齢、性格や立場などが演じるキャラクターと似ていたこと。声優としての経験がなかったふたりが選ばれたのは、当時の年齢やキャリアでしか表現できない芝居を求められてのことだったのかもしれない。そんなふたりがどのように作品を彩ったのか。その時にしか表現できなかったであろう、等身大の芝居にも注目だ。

■大人のカッコよさ、子どものカッコよさ

 都会から離れた島での暮らしや親に息苦しさを感じて家出をした帆高。その行動は決して計画的なものではなかったように思える。実際、田舎から東京へ出たところで仕事のあてはなく、しまいには明日の宿さえ確保できない状況に陥った。それでも戻ろうとせず、東京に向かうフェリーの中で出会った男・須賀(声:小栗旬)との縁を頼りに東京で生活をする。その後も、須賀の元でとにかくがむしゃらに仕事をする、陽菜を見かけた際の直感的な行動、とあるビジネスへの挑戦…と、彼はその時々によって、自分の考えに正直に行動する。その一生懸命さが人を惹(ひ)きつけるときもある。これは、責任を持って行動しなければならなくなる大人になるにつれて、できなくなるような“ある種の危うさ”とも言えるかもしれない。

 そんな帆高とは反対に、“大人の対応”を見せるのが須賀。「人間年を取るとさ、大事なものの順番を入れ替えられなくなるんだよな」。自身の生活を守るため、未成年の帆高を事務所から追い出した須賀が、罪悪感に苛(さいな)まれながらも放ったこの一言は、あまりにも大人過ぎる。しかしながら須賀は、陽菜と帆高が下した重要な決断を最終的には擁護する。その決断が、自身の大事なものに不利益なことであったとしてもだ。その優しさは、まっすぐな気持ちだけではきっとできなかった、彼なりのカッコよさでもあるだろう。

■最後の決断、あなたならどうする?

 新海監督は、本作についてしばしば賛否両論あるだろう、と言葉にしている。特に最後の決断については、意見が大きく分かれるところではないだろうか。筆者は正直、彼らのような行動を取ることはできない。ゆえに、それを“カッコよさ”と捉えたが、観た人の中には「許せない」という気持ちになる人もいるだろう。しかしながら、そこも含めて、『天気の子』という作品を見て損はないと断言できる。。もっと言えば、作品を肯定する必要すらないと感じている。果たして自分ならどうするのか。なぜ行動を理解できないのか。解釈や考え方の違いすらも楽しむのが、『天気の子』という作品なのかもしれない。(文:M.TOKU)

関連記事(外部サイト)