黒沢清が幽霊映画をフランスで撮ったらこうなった!

黒沢清が幽霊映画をフランスで撮ったらこうなった!

黒沢監督初のフランス映画に登場する女幽霊(左) - (C) FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS - LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinema

 初のフランス映画となる最新作『ダゲレオタイプの女』を完成させた『岸辺の旅』(2014)、『クリーピー 偽りの隣人』(2016)の黒沢清監督が、幽霊やホラーの伝統が乏しいフランスでいかにして新しい表現に挑んだのかを明かした。

 世界最古の写真撮影法“ダゲレオタイプ”に執着する中年カメラマン、そのモデルを務める娘、アシスタントとなった青年が悲劇的な運命をたどっていく本作は、現代劇でありながらゴシック・ホラーのテイストが濃厚な異色作だ。まず舞台となる不気味な洋館は、パリ郊外をさんざん探し回って発見した築200年以上の物件。「フランス人もまだこんな屋敷が残っていたのかと驚いていた」と語る黒沢監督は、エントランスにある階段や地下室へと続く扉などに創作意欲を刺激されたという。

 『回路』(2000)、『叫』(2006)などで多彩な幽霊を描いてきた監督が今回映像化したのは、青いドレスをまとったヨーロピアンな女幽霊だ。「設定上、幽霊に古風なドレスを着せることに違和感はないが、色には迷いました。赤、緑、白、黒の服を着た幽霊はやったことがあるし、黄色も先例がある。残るは青。これは意外にやられていないぞと」。さらに幽霊が出没する以前の“気配”の描写にもこだわった。その点について監督は「Jホラーでは日常の中にいきなり幽霊が出るが、今回は日本ではありえないロケーションの扉、階段、鏡を使い、館に漂う気配を存分に撮りました」という。

 そうした超自然的な気配の映像化を、歴史的にホラーの伝統が乏しいフランスのスタッフとのコラボレーションで実現させたことが興味深い。「確かにフランスにはジャンルとしてのホラーの伝統はありませんが、Jホラーなどの影響を受けてか、ここ20年くらい幽霊が出てくるフランス映画が増えている」と語る監督は、「僕がゴシック・ホラーをやりたい、幽霊の気配を撮りたいと言ったら、スタッフは初々しいくらい嬉々として仕事に取り組んでくれました。彼らは恐怖表現に対する豊かな感性を持っているし、実はホラーをやりたくてしょうがなかったようです」と充実した現場を振り返る。

 劇中には幽霊以外にも驚くべきシーンがいくつもある。最も強烈なのは、主要登場人物の一人が地下アトリエの階段を上り、真っ逆さまに転落する瞬間を捉えた長回しのショットだ。「ええ、気合いを入れて撮りました」と笑う監督は、「物語上の重要な転換点となる場面を、こんなことが起こりましたという“説明”ではなく、突然起こってしまったかのような“描写”として見せたかった。俳優を本当に階段から落としたら犯罪になりますが、幸いなことに映画作りには知恵とトリックがある。誰でも手軽に撮れる動画とは違う、映画ならではのスペクタクルを現場が一丸となって目指したんです」と語る。

 監督いわく、これは芸術映画でも社会派映画でもなく、通常の商業映画ともちょっと違うという。では異国のフランスで、一体何を撮ったのだろうか。「当たり前のことですが、これまでは日本映画という枠組みで現代の東京やそこに生きる若者とか夫婦を描いてきました。しかし今回は先方から“今のフランス人監督には撮れない純粋な映画を撮ってほしい”というリクエストもあり、社会性や現実性を超えた映画に取り組むことができたんです。作り手の欲望に忠実で、なおかつ観客が画面で起こることだけに無我夢中になって2時間を過ごしてしまう映画。そんな“純粋な娯楽映画”としか言いようのないものに、少しでも近づけていたらうれしいですね」。

 確かな手応えのもと黒沢監督が、フランス人キャスト&スタッフとともに魅惑的な“みずみずしい恐怖”が揺らめく映像世界をつくり上げた。(取材・文:高橋諭治)

映画『ダゲレオタイプの女』は10月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開

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