伝説のスターの“魂”を救済する。バズ・ラーマン監督が語る映画『エルヴィス』

ロックンロール、ポップカルチャーを語る上で欠かすことのできない伝説的なスター、エルヴィス・プレスリーの生涯を描いた大作映画『エルヴィス』が本日から公開されている。

『ムーラン・ルージュ』や『華麗なるギャツビー』を手がけた才人バズ・ラーマン監督は、長い時間をかけて彼の生涯をリサーチして制作にあたったが、最初からプレスリーの伝記映画をつくる気はなかったという。

では、彼は本作で何を目指したのだろうか? その大きくも脆い存在にシンパシーを感じながら、スクリーンを通じてエルヴィスと自身の“心の声”を描き出したラーマン監督に話を聞いた。

史上最も売れたソロ歌手で、キング・オブ・ロックンロールとも称される伝説的な音楽家エルヴィス・アーロン・プレスリー。その存在と彼の残した楽曲、ステージは単に音楽ファンに愛されただけでなく、人々に衝撃を与え、その後のポップカルチャーのあり方そのものに多大な影響をおよぼした。

本作は、米国テネシー州メンフィスのサン・レコードに所属していた若い歌手エルヴィスが、“大佐”と呼ばれるマネージャーとの出会いをきっかけに人気を博していくところから物語が始まる。やがて彼の人生は熱狂と拒絶、迷いと確信の間を行き来するようになり、映画は華やかで圧倒的なステージからは想像もできない彼の孤独な心の内を描き出していく。

ラーマン監督は本作を実現させるため、5年間に渡ってエルヴィスの人生についてリサーチを続け、エルヴィスの幼少期の友人サム・ベルが語ったエピソードに彼の“原点”を見出した。

「この映画の前半で、幼少期のエルヴィスがある店を覗き見して、すごくセクシーな男女を見てしまい、そのあとにテントで行われている宗教的な儀式に紛れ込む場面があります。あれは本当にあった出来事だとサム・ベルから聞きました。あの時、彼の中で刺激的でセクシャルな要素と、聖なる宗教的な要素が混ざり合ったのだと思うのです。

その後、大人になり歌手になった彼がステージで動き出すと、そこには宗教的な要素があったと思いますし、これもサム・ベルから聞いたのですが、エルヴィスは自分がセクシーだとか、セクシーに見えるように踊っているとは思っていなかったようです。でも彼の動きとステージは観客に何かしらセクシーなものを喚起させてしまう。それは熱狂的なもので、彼のステージを目撃した観客は、ヒステリックな状態になってしまい、彼のことを食べてしまうのではないかと思うほど熱狂したそうです。

彼は生涯にわたって、聖なるもの/スピリチュアルな要素と、肉体的なセクシーさが混ざり合っていました。それは彼の幼少期の体験によるものだと思っています」

天性の歌唱力、聴衆を魅了する声、幼い頃に育った地域で培った黒人音楽のビート、グルーヴ、そして観客に“感染”するように広がっていくセクシーで危険な魅力……彼は瞬く間にスターの座へと上りつめるが、その代償に家族との関係は複雑になり、彼を危険視する人たちによってエルヴィスは批判にさらされてしまう。

「彼こそが世界で最初のパンクアーティストで、彼こそが世界で最初のアイドルだと思うのです。だから当局は彼の存在を恐れたのです。彼を“悪魔”だと呼ぶ人さえいたのですから」

警察の監視下におかれ、兵役に就くことになったエルヴィスは、除隊後に映画俳優として再びスターの座につく。しかし、戦争や人種の問題、革命や闘争、要人の暗殺がやまない時代の中で彼は、着飾ったスターの道を捨てて、自分の進む道を模索するようになる。

バズ・ラーマン監督がエルヴィスに感じた“シンパシー”

『エルヴィス』撮影現場のバズ・ラーマン監督(写真左)

本作のポイントは、彼の人生の基本的なイベントを劇中に盛り込みつつも、彼を“時代を変えた男”ではなく、病んだ時代の悲しみや声に誰よりも“耳を傾けた男”として描いていることだ。エルヴィスは誰もが憧れるパワフルな男に見えるが、実は誰よりも他人の哀しみに敏感で、自身の寂しさを解消できない男として描かれる。

「それこそが、この映画が描く最大のパラドックスです。彼は双子として生まれ、誕生直後に兄を失い、父が不渡小切手で刑務所にいた時期もあった。彼の心にはいつだって“穴”が空いているんです。音楽家として彼は偉大なのですが、同時にいつも不安を抱えているわけです。だから彼を支配しようとする人間が現れると、彼は簡単に操られてしまう」

映画の後半にラーマン監督が語る不安が描かれる。エルヴィスとはまた違った孤独を抱えた謎の男トム・パーカーは、“大佐”の愛称で知られるエルヴィスのマネージャーだが、彼は自身の利益のためにエルヴィスを利用し、ダマし、追いつめていく。ラーマン監督は映画全編に渡って、エルヴィスの生涯を客観的に描いたり、過剰にドラマティックに描くことなく、むしろ“ひとりの男の魂を救済する”視線で描いている。

「そうです! まさにその通りです! エルヴィスの心には穴が空いているので、誰もが救ってあげたくなるんです! 映画の後半で彼は悲しみの中で歌い、少年のような笑顔を見せるわけですが、それは誰もが思わず救いたくなるような笑顔なんです!」

そんなエルヴィスを一体、誰が救済できたのだろうか? 名声も富も、愛する妻も彼を最終的には救いはしなかった。ゴージャスな音楽と、まばゆい光が降り注ぐラスベガスのステージで歌う晩年のエルヴィスの姿は、様々な要素が複雑に混ざり合い、その中心には埋まらない“穴”が空いている。

「彼はさまざまな経験を経て、最終的には“ステージ上で観客から愛情をもらう時だけ生きている”状態だったと思うのです。ステージに立っていない時の彼は誰かにダマされてきました。彼を搾取しようとする人たちによって金儲けの道具にされてしまったのです。

彼の友人や妻は、彼がステージで魔法を使えるような人間だと思ったでしょう。でも、本人はとてつもない重荷を背負って、周囲から魔法を使うことを期待されている。もし、愛というものがひとつの信頼なのだとしたら、みんなが彼に何かを求めすぎるあまり、彼には信頼できる人間がいなくなってしまったのだと思います」

キラキラとした世界で、華やかに振る舞う人物が、実は心の奥底に巨大な孤独とさみしさを抱えている。これはラーマン監督が過去の映画で繰り返し描き続けてきた題材だ。

「確かにそうですね。自分で意図していたわけではないのですが、改めて振り返ると、この映画も含め、そこには共通するものがあると思います」

だからこそラーマン監督は、エルヴィスにシンパシーを抱き、彼の生涯を題材に、自身の“心の声”をも描くような作品を完成させた。

「僕の作品とエルヴィスの活動に共通するのは、どちらも劇場で“体験するもの”だということです。椅子にゆったりと座って傍観するような芸術ではなくてね。僕は最初からこの映画を伝記映画にするつもりはありませんでした。シェイクスピアが『リチャード2世』を書いて表現したかったことは伝記ではなかった。アンディ・ウォーホールがエルヴィスを描いた時も”彼本人”を描いたわけではなかった。あの絵の彼は何かの“象徴”なのです。僕もエルヴィスの人生を通して、もっと大きなテーマを描きたいと思いました。

ヒップホップを題材にしたドラマ『ゲットダウン』を制作した時、僕はヒップホップアーティストが曲をつくるように映画をつくっているな、と感じたのです。過去の様々な要素を集め、サンプリングし、コラージュしながらビートを作り出して、そこにメッセージを入れ込んでいく。ヒップホップアーティストは歌っているというよりも“心が語っている”と感じます。僕も彼らと同じように映画をつくっていると思うのです。

ちなみに、『華麗なるギャツビー』で音楽を担当してくれたJAY-Zは『エルヴィスのことは全然知らないんだよね』と言っていたのに映画を観てくれました。そして、エルヴィスのことをまったく知らなかったのに、何だか会ったことがあるような気持ちになった、と言っていましたよ」

これから映画館で『エルヴィス』を観るあなたもおそらく、JAY-Zと同じようにエルヴィス・プレスリーに会ったような気持ちになるだろう。ド派手な照明と歓声に包まれながら歌う男。あなたには彼がどう見えるだろうか?

『エルヴィス』
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