戦記物に括られない骨太なドラマに 『アルキメデスの大戦』ゲネプロレポート

『ドラゴン桜』や『インベスターZ』など、時代に対し鋭い批評を織り込んだ漫画を世に送り出してきた三田紀房の原作による舞台『アルキメデスの大戦』が、日比谷シアタークリエにて、10月1日(土) に開幕し、初日前に行われたゲネプロが報道陣に公開された。

時は1933年、軍事拡大路線を歩み始めた日本。戦争の火蓋は切られようとしていた。そんな矢先、帝国海軍は世界最大級の戦艦を建造する計画を極秘裏に進める。そのため、さまざまな思惑が錯綜することになり、軍部内で諍いが絶えなかった。そこで海軍少将の山本五十六(神保悟志)は、100年にひとりの天才と言われる元帝国大学の数学者の櫂直(鈴木拡樹)に、対立する造船中将の平山忠道(岡田浩暉)たちの秘密を探ることを依頼。しかし、軍を嫌い、数学を愛する櫂直は協力を拒む。それでも、巨大戦艦の建造によって加速する開戦への危機感を抱いた彼は戦争を回避させるため海軍へ入隊し、巨大な権力の中枢に飛び込んでいく……。

まず何より、多くの言葉が飛び交う緊迫した台詞劇でありながら、微細な心情の揺らぎを的確に表現していたキャストの芝居が圧巻だった。稽古の賜物だろう、人間存在のグロテスクさと儚い美しさを、高貴で風格のある台詞回しや所作で表現し物語に厚みを加えている。特に、櫂直を演じる鈴木拡樹は、権力に揉まれ葛藤することで、時に苦悶に歪み、時に怒りに満ちた多彩な表情を使い分け、腹の底から発せられる台詞には説得力があって観客の感情を昂らせた。また天才数学者ゆえに経験する悲劇の予感を醸し出した彼の色彩豊かな風情には、ほのかな色香があって、思わず目を奪われてしまった。鈴木の俳優としての魅力を垣間見た気がする。

また、櫂直のバディと言える、田中正二郎役の宮崎秋人は、時折見せる面白おかしい芝居が舞台のアクセントになって、観客を飽きさせなかった。

カンパニー全員の胸から噴出する情熱を正面切って掴み、それを客席に届けることで、有無を言わさず観客の感情を揺さぶってくれる傑作だ。おそらく、舞台芸術における根源的なテーゼである「人間とは何か?」という問いを突き詰めようとした結果、強烈なパッションが生まれたのだろう。それは本作を支える原作、脚本、演出、芝居などあらゆる要素を有機的に絡み合わせ、生々しいグルーヴを解き放つことに成功。それゆえ舞台はエモーショナルでシリアスだが、絶妙なユーモアをスパイスに、気高さも狂気も孕んだ人間の魂の有り様をストレートに描き切った。言い換えれば、観客に人間の生きる意味の再構築を促す野心的な舞台でもある。コロナという困難に負けずに、この時代において上演される意義の大きさを感じさせてくれた。

また、この舞台では我々が辿ってきた歴史も描いている。その中で、脚本の古川健と演出の日澤雄介は、我々が歴史を共有した瞬間に決定済みの事実として忘れ去り風化させることへの明確な批評精神を抱いて作劇をしている。彼らが拘っているのは、観客がクロニクルとして歴史を学び知識にするだけでなく、キャラクターたちが生身で遭遇した事件をリアルに味わい、それらの経験を生きるための縁にしてもらうことではないか。我々が生きる過程で何かの折に立ち上がる日本人が辿ってきた歴史の真実を記憶し後世に繋げて欲しかったのだろう。本作には劇団チョコレートケーキの古川と日澤のタッグの肉体性を帯びた瑞々しい思想が根付いているからこそ、戦記物に括られない骨太なドラマを作り上げることに成功した稀有な作品でもあるのだ。

公演は17日(月) まで。その後、各地を巡回し、11月3日(木・祝) の広島・呉信用金庫ホールにて大千秋楽を迎える。

取材・文=竹下力
写真提供=東宝演劇部

『アルキメデスの大戦』チケット情報
https://w.pia.jp/t/archimedes/

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