発表から約30年、英国の秀作戯曲『男たちの中で』を佐藤信が日本初演

発表から約30年、英国の秀作戯曲『男たちの中で』を佐藤信が日本初演

『男たちの中で〜In the Company of Men〜』稽古風景。中央が演出の佐藤信

開館からちょうど10年を迎えた東京・杉並区の公共劇場「座・高円寺」に、新たなレパートリーが加わる。ハロルド・ピンターらと並ぶ現代イギリス演劇を代表する劇作家のひとり、エドワード・ボンドが1980年代に描いた『男たちの中で〜In the Company of Men〜』。今回が日本初演だ。金が唯一の価値であると言われた時代。権力や企業を巡る闘いに巻き込まれていく6人の男たちを描きながら、「人間的であるとはどういうことか」という思索を促すこの作品は、30年以上のタイムラグを超え、現代ニッポンに生きる観客にも刺さるはず。演出は同劇場芸術監督で、ボンドの長編「戦争戯曲集 三部作」を手がけ続ける佐藤信。開幕が間近に迫った本作の狙いや、ボンド作品の魅力を尋ねた。

日本ではこれまで3作の上演に留まっている“反骨の劇詩人”エドワード・ボンド。「(ジョン・)オズボーンや(アーノルド・)ウェスカーといった人たちと第2次世界大戦後のイギリスの新しい流れの中で一緒に出てきた作家です。その中では一番過激で検閲に引っかかりそうになったりもしたので、それに怒って、早い時期にメインストリームでの活動を辞めてしまった。だからイギリス演劇では、ずっと傍流なんですよ。でも演劇界に大きな影響を与えている人で、ヨーロッパでは新作を書くたびに上演されています」と佐藤。

「暴力を描く挑発的な作家」と揶揄されることも。「戦争戯曲集」に続きボンド作品2作目となる佐藤は、作家の意図をこう分析する。「彼自身、イギリスの社会でいえば一番最下層の階級出身で、現実の暴力性みたいなものを濃く描いているところはある。ただその本質にあるのは、「人間性とは何か?」という問いかけだと思います。つまり、誰もが暴力性から逃れられていない。「それはなぜだ? そこから解放された人間なんていないじゃないか」と。「戦争戯曲集」をやっているときにすごく感じたんですが、ギリギリのところでの人間性を描いているという意味では、非常に演劇的な作家かなと思います。言語にならない部分を言語に追い詰めるというのか。“劇詩人”と呼ばれるように、論理を超えたセリフの飛躍が魅力でもある。演劇のテキスト特有の面白さが伝わるようにというのをピンポイントな目標にして、最後まで磨いていきたいと思っています」。

もうひとつ佐藤が惹かれているのは、ボンド作品の先見性だ。「書かれてから30年以上経っていながらすごく先見的だなと思うと同時に、実は僕らの社会ってそこから動いていないんだよって。80年代後半が舞台だと、ITもスマホも出てこない。せいぜいポケベルの時代ですからね(笑)。そこから比べると今ものすごく変わったとみんな思っているけど、本質的には何も変わっていません。この作品で描かれているのは、それまで社会のルールをなしていたものが国家から企業、カンパニーに取って代わられ、それが社会の支配構造の根幹にあるということ。すごく先見的な着目点だと思いますね。社会を告発するとき、あの時代に企業買収を使うというのもすごく面白い。しかも新興のスーパーマーケットチェーンが買収の対象として狙うのは、長く狩りの銃を売っていた老舗企業。食料品と武器と両方売る巨大産業にしようという魂胆(笑)。それって一種のグローバリゼーションの抽象性っていうか、実は売るモノはなんだっていいんだというふうに企業が変わってくる象徴でもありますよね。さらに進むと、そこで何が売られているかは一切問題にしない、つまり株のマネージメントだけでいいんだという発想にもなる。そうなってくると、“金が唯一の価値”と言いながら、お金というのも実はそんなに重要なのかどうか。社会の欲望がどこを向いているかわからない状況を描いているところはすごく先見的といえるし、“ああ、80年代から同じ社会を生きていてまだ結論が出せていないんだ”という意味でも(笑)、僕はすごく惹かれる作品なんです」。

増税に伴いキャッシュレス化が推奨され、“お金”に対しての実感が薄れ始めている現代人と『男たちの中で』の男たちは、確実にどこか地続きでつながっていそうだ。そんなリアルな題材を用いながら“劇詩人”は、「リアリズムではなしに」社会を描き出す。演劇でしか生み出しえない世界に、植本純米、下総源太朗、千葉哲也、真那胡敬二、龍昇ら板の上で長年闘ってきた頼れるベテランたちが挑む。

「まだちゃんとした翻訳も上がっていないときにお願いしたら、みんな一発で引き受けてくれました。ベテランというのもありますが、僕的には芝居にちゃんと向き合ってくれる真正直な俳優たちを集めたかった。だから稽古場の運営はものすごく楽です。作品に関して納得できないことはみんな絶対黙っていないからうるさいですけど(笑)、どんどん対話しながら、最終的に目指しているところに向かって信頼感を持ってできている。俳優同士がリスペクトしあっていることもすごく感じますね」

そこに唯一の若手として加わるのが、中心人物・レナードを演じる松田慎也。さいたまネクスト・シアターで故・蜷川幸雄に育てられた彼は、キャスト中ただひとりオーディションを経ての参加だ。「松田さんはオーディションしてみて、柔軟さを感じました。蜷川さんのところとは作り方も大きく違うけれども、実際、稽古に入ってもすごく柔軟でしたね。まず、稽古初日までにセリフを全部覚えてきてほしいと言いました。蜷川さんのところも覚えてからやるんですが、僕がお願いしたのは、“電話帳を覚えるみたいに機械的に覚えてほしい”と。蜷川さんの場合はセリフを入れると同時に各俳優が自分なりのプランを持って稽古場に持ち込むというのを重要視されていたから、そこはやり方が全然違うんですよね。僕の場合はまず機械的に覚えてから、稽古場で口に出して読みながら周りとの関係性とともに作っていく。実際、松田さんは初日にちゃんと全部覚えてきました。それを見て、オジサンたちがちょっと慌ててましたね(笑)」

巨大企業を経営する血のつながらない父・オールドフィールドに認められたいレナードは、その思いを周囲の人々に利用され……。ボンドが30年以上前、既に指し示していた未来とは? その“未来”に今生きる私たちは、男たちの闘いのあとに何を思うだろう。

『男たちの中で〜In the Company of Men〜』は、座・高円寺1にて10月18日(金)から27日(日)まで。

取材・文:武田吏都

関連記事(外部サイト)