“家路”を探る痛烈な物語。C・ノーラン監督が語る最新作『ダンケルク』

“家路”を探る痛烈な物語。C・ノーラン監督が語る最新作『ダンケルク』

クリストファー・ノーラン監督

1940年の5月。フランス最北端の町ダンケルクではフランス軍とイギリスの海外派遣軍がドイツ軍に包囲され、絶体絶命の危機を迎えていた。そこで英首相のウィンストン・チャーチルは当地の兵を救出することを決定。イギリス軍だけでなく民間のヨットなども救出に向かい、史上最大の撤退作戦が決行された。

この地はドーバー海峡を渡れば、すぐに英国に着くが、今から25年前、まだ長編デビュー前のノーラン監督も旅行でこの海峡を渡ったという。「妻でプロデューサーのエマと一緒に、友人が所有する小さな船であの海峡を渡りました。海峡はとても荒れていて、本当に恐ろしくて困難な経験でした。戦場にいるわけでもないのにこれほど難しいとは。彼らは1940年に、頭上から爆弾が降り注ぐ中で、渡ったのです。その旅で、実人生の英雄たちとその出来事に対して私は大きな敬意を抱き、言葉に詰まった。それから多くの年月を費やし、もしチャンスを与えられたら、自分ならどう表現し、この物語をどう伝えるかを模索しました」

その後、ノーラン監督は『フォロウィング』で長編デビューを果たし、『メメント』で注目を集めると、2005年から始まる“ダークナイト3部作”が世界中で大ヒット。その過程で出会ったのが、圧倒的に大きなスクリーンで観客を引き込む70ミリ・フィルムを用いたIMAX撮影だ。彼は作品を発表するごとに、IMAX撮影の分量を増やしていき、ついに本作では「映画のすべてのシーンが大型フォーマットで撮影されていると言える」段階に到達した。「私が本作の撮影にIMAXフィルムを使った理由は、現代の映画鑑賞という体験の可能性を最大限に引き出したいという思いからです。観客が行った事のない場所へ連れて行き、劇場にいる人全員で体感できる映画鑑賞こそが、私の考えるシネマ・エクスペリエンスなのです。過去作でもIMAXフィルムを使って撮影したことがありますが、特にこの映画では言葉より映像から伝えるストーリーを重視したので、映画のほとんどのシーンをIMAXフィルムで撮影しています」

監督が語る通り、本作ではセリフが極端に切り詰められ、圧倒的な映像と、ダンケルクから撤退しようともがく人々の表情、そして監督と何度もタッグを組んでいる音楽家ハンス・ジマーの緊迫感あふれるスコアで、観客を1940年のダンケルクに連れていく。さらに監督はここに、サスペンスの要素を盛り込んだ。「この歴史的出来事の核は戦いではなく撤退で、サスペンスに溢れていると言う点もとてもユニークだと思います。そのためこの映画の説明には、“サスペンス”と“スリル”という言葉を使う事を選びました。ストーリーも、単なる歴史的出来事としてではなく、可能な限り登場する人物の見解から描くよう試みています。戦争を題材とする映画としては、これは新しい描き方だと思います」

本作では、ダンケルクで起こる陸、海、空の物語を並行して描いていく。戦闘機で飛べばドーバー海峡は1時間ほどで渡りきれるが、船を使うと長い時間を要する。状況によって撤退にかかる時間は異なるため、そこにいる人々が感じる“撤退までの残り時間”もまた異なる。迫り来るタイムリミットに向けて、複数のキャラクターの、複数の残り時間が、それぞれのスピードで減っていく様を、ノーラン監督は巧みに描きわけ、巧みに繋ぎ合わせていく。「これは撤退の物語であり、サスペンスであり、時間との戦いです。そこで私はサスペンスとして、サバイバルとしてアプローチすることにしました。それが、『ダンケルク』を、ほかの戦争映画と異なるものにしてくれる要素でした。そしてサスペンスで語ることに自信を感じました。戦争で戦ったことのない人間が戦争映画を作ることにどれほどの自信がもてるのか。自分では経験していないことを観客に経験してもらおうなんて厚かましい考えかもしれない。でも、サスペンスとして描くことに、私は心地良さを感じたのです」

本作の最大のポイントは、ダンケルクの地に立ったような臨場感あふれる映像で物語を描きながら、観客は鑑賞中に流れ方の異なる複数の時間を体験することだ。この奇妙な感覚は、時間が逆行していく『メメント』や人間の内側を重層的に描いた『インセプション』、時空を超えた世界を描く『インターステラー』とも共通する部分だ。

さらに、ノーラン監督は、この映画が戦いではなく、撤退、つまり“家に帰る”物語であることを繰り返し強調する。思い返せば、先の3作も何らかの冒険や地獄のような旅を経て、自分の家に帰る物語だった。「私にとって、常に共感を覚える物語規範のひとつが、ホメロスの『オデュッセイア』なんです。行き先を失い、家路を探る者の痛烈な物語です。それが今日までの過程で、物語に浸透していったのだと思います。私にとっては、注目せずにいられない物語規範なのです」。英雄オデュッセウスがトロイア戦争を終えて、10年もの間、苦しい旅を経て故郷に戻ろうとする物語は、ジェイムズ・ジョイスなど様々な作家を魅了してきたが、ノーラン監督もまた繰り返し“苦難に満ちた長い旅=オデッセイ”を描き続けており、『ダンケルク』にもその精神が貫かれている。「“撤退”というストーリーの中には実はポジティブで、成功と呼べる要素が沢山含まれているのです。滅亡か降伏、という選択肢に挟まれ、差し迫る悲運のなか海岸に残された40万人の兵士達が、滅亡も降伏もしなかったという結末は、素晴らしいストーリーになると思ったのです」

『ダンケルク』

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