世界絶賛のドキュメンタリー『祝福』。ポーランドと日本の女性監督が対談が実現!

世界絶賛のドキュメンタリー『祝福』。ポーランドと日本の女性監督が対談が実現!

アンナ・ザメツカ、呉美保

2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞に輝いたほか、世界各国の映画祭で受賞を重ねたドキュメンタリー映画『祝福〜オラとニコデムの家〜』。ポーランドの新鋭、アンナ・ザメツカ監督のデビュー作となる本作は14歳の少女に寄り添い、彼女の厳しい現実を見つめている。この度、来日したザメツカ監督と、この作品に深く共鳴した『そこのみにて光輝く』『きみはいい子』の呉美保監督の対談が実現。若き女性監督ふたりが語り合った。

本作は、ポーランドのワルシャワ郊外が舞台。14歳の少女、オラが主人公だ。まだあどけなさの残る彼女の置かれた状況はかなり厳しい。13歳の弟のニコデムは自閉症で、母親は違う男と離れて暮らし、頼みの綱のはずの父親も酒の問題を抱えている。よって家事の一切はほとんどオラの役割。目の離せない弟の面倒もオラがほとんどみているような状態で、彼女には友だちと遊ぶ自由さえない。一家の生活は彼女で成り立っている。まず、呉監督は、この不遇にいるオラと絶妙な距離感を保ち、彼女の内面までも映し出すカメラの在り方に感心したという。

呉「ザメツカ監督はオラの家族と時間をかけて深い信頼関係を築いたと資料で目にしました。その賜物だと思うのですが、この作品はドキュメンタリーなのにカメラの存在を一切感じさせない。いい意味でオラが劇映画の女優のように魅力的で。彼女から目が離せなくなっていく。こうした映画体験はもしかしたら初めてだったかもしれません」

ザメツカ「ありがとうございます。でも、私は彼らと関係性を築くにあたって特別なことはしていないんです。人と人が関係を良い関係を築くのにメソッドはないのではないでしょうか? 変な話、相手によってはいくら一緒の時間を過ごしてもまったく理解し合えないことがある。逆に初対面でもすぐに打ち解ける相手もいる。私がオラとその家族と向き合うにあたってすべきことは、自分にも彼らにも素直で実直あること。つまり、彼らの苦しい現状から抜け出すのを手伝うとか、私はあなたたちの友だちといった嘘はつかない。私は映画を撮るためにここにいる。でも、あなたたちのことは真剣に考えているときちんと伝えました。隠し事をしないで自分の想いを素直に伝えることが大切。父親とオラは社会的援助がなく孤独の中にいた。そこに私が現れ、彼らの話をきき、時間を共に過ごす。このように彼らを受け入れていることをはっきりと示せば人間関係を築くのは実は難しくありませんでした」

作品は、家族に悩まされながら、それでも家族を信じる彼女の毎日を映し出す。それはまた本来大人に守られるべき立場にいながら、誰よりも大人になることを余儀なくされた子どもの心情を見つめた日々でもある。一方、呉監督も『きみはいい子』から『そこのみにて光輝く』『オカンの嫁入り』と、いずれも大人にどこかなれない親、大人にならざるをえない子どもが登場。ふたりの作品には通底するところがある。

ザメツカ「大人にならざるをえない子どもはポーランドだけの問題ではなく、珍しいことではないかもしれません。ただ、問題としてピックアップされることはあまりない。ただ、その状況に置かれた本人が感じる痛みは計り知れない。その痛みがリアルに伝わったからこそ、この作品は世界各国で大きな反響を呼んだのかもしれません。オラと私は生活環境はまったく違う。ただ、オラと私が子どものころに感じていた感情は重なるところがある。両親が忙しかったため私は5歳のとき、1歳の弟のめんどうをみなくてはいけなかった。ただ、5歳の女の子にとって1歳の赤ん坊のめんどうをみるというのはあまりに厳しい。その辛さは今でも私の中でトラウマのように残っている。そういう意味で、私の子ども時代はオラとどこか重なるのです」

呉「私自身はそういう体験をしたことはありません。ただ、小さなころから、家族間で起きることになぜかすごく興味がありました。今、自分自身が親になって、より育児放棄や幼児虐待といった問題に目がいくようになりました。すべての子どもは親からの愛情を受けて幸せに生きる権利があるはず。でも、現実は悲惨な事件が絶えない。小さな命が親に奪われる事件を見るたびに思います。“なんでこの子がこんな目に遭わないといけないのか”と」

ザメツカ「オラもいつも言っていました。“なんで私ばかりがこんな目に遭うんだ”と」

呉「そうした状況にいる子どもたちに何かできないかといつも思います。その中で私個人の意見ですが、家族は大切ですけれど、血のつながりがすべてじゃないと思うんです。誰かひとりでも周りに理解してくれる人がいれば人は生きていける。そう思うんです」

ザメツカ「その意見には大賛成です。少し裏話をすると、撮影後、オラには初めて恋人ができました。それから2年経ちますが、彼といい関係を築いているようで幸せそうです。一方で、オラのお父さんは亡くなりました。現在、子どもはお母さんが引き取り、オラは寄宿舎のある学校に入っています。ですから、彼女は父親からもニコデムとからも解放された。ただ、あれだけ自分を束縛していたと思った存在が離れてみると、意外と人生において大切な存在であったかことにオラは気づいた。今、オラにとってニコデムは大切な心の支えになっている気がします」

対話を続けていくと、映画のラストについてザメツカ監督、呉監督ともに同じ持論をもっていることがわかったした。

呉「これは映画を作る上で、私が必ず心掛けていることなんですけど、最後はひとつの希望を提示したいというか。見てくださった方が“そして人生はまだ続くんだ”と思えるようなラストになってくれたらと常に思っているんです。まさにこの映画は、ラストがそうで。残酷な現実を突きつけているんですけど、どこか心が救われる。人生いろいろとあるんだけれど、それでも生きていけば希望が見えてくる。そんなラストで。自分が目指す映画であり、描きたいテーマと重なるところがありました」

ザメツカ「まさにご指摘の通りで、私の映画のテーマは結末に集約されています。オラは必死に家族をひとつにしようとしますが、それがどうにもならないことをどこかで悟る。その瞬間、彼女は絶望したと思います。それでも、残酷かもしれませんが人生は続いていくのです。ただ、世の中、悪いことばかりじゃない。実際、オラも素敵なパートナーを見つけたわけですから。呉監督がおっしゃったように、なにかこの映画に希望を見い出していただけたら、それは私にとってすごくうれしいことです。よく事情を知らない人からこういう質問を投げかけられます。“あなた方は困った人たちの不幸を利用して映画を作ったのではないか”と。“彼らを利用するだけ利用して捨てるんだろうと”と。私の映画はまったく逆です。彼らが何を望んでいたかというと、自分たちをきちんと見てくれる人。自分たちでは今置かれた状況をどうにも乗り越えられない。だからなにか理解して寄り添ってくれる存在が必要だったんです。ある意味、彼らにとってカメラが思いを共有する存在になり、家族を支えた。だからこそ、彼らは困ったことでもなんでも赤裸々に素直に打ち明けてくれた気がします」

作品の深部まで及んだクロストークはここまで。ザメツカ監督も、呉監督も深く共感した14歳の少女、オラにぜひ出会ってほしい。

『祝福〜オラとニコデムの家〜』

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