カンヌ映画祭における河瀬直美監督の使命とは?

カンヌ映画祭における河瀬直美監督の使命とは?

最新作『光』でカンヌ映画祭エキュメニック賞を受賞した河瀬直美監督

この人は、やはり「持っている」人なのだと思う。

今年、コンペティションには三人の女性監督がノミネートされている。が、この三人、女性監督についてのスタンスが微妙に違うのだ。サラブレッドであるソフィア・コッポラ監督は、女性の視点にこだわりガーリーに世界を切り取り、リン・ラムゼイ監督はジェンダーとは関係なくブラディなバイオレンスやサスペンスを好む。

一方、河瀬直美監督はいわば"「私」は「女」ですが何か?"と「私」優先の作家である。それぞれが作家性といえるほどの特徴を持ち、熱烈なファンがいる半面、どうも苦手だという人もいる、感覚的な映画を作る監督たちである。筆者が日本人と知ると「河瀬はどうだ」と話しかけ結局は自分の河瀬感を話したいという外国人記者もいる。いわくたいてい「センチメント過ぎる」というオチなのだが…。

そして本日、この三人の中から一足お先に授賞式の前に賞を一つゲット、としたのが河瀬監督だった。賞の名前はエキュメニック賞という。キリスト教協会賞とも呼ばれるが、カソリックおよびプロテスタントの違いを超えてキリスト教的な精神を著す作品について授与される賞である。しばしば人道的な行動を示す作品や宗教的な作品に授与され、日本の作品でも青山真治監督が『ユリイカ』で受賞したのがこの賞である。映画祭が出す賞ではないので、エキュメニック賞を獲っても他の公式な賞、例えばパルムドオルを受賞する妨げにはならない。

今回のカンヌ映画祭はパレやリュミエール劇場、ドビュッシー劇場の改装が終わったためもあるが、バリアフリー化が進められていた。記者会見場に入るための車いす用リフトが取り付けられていたり、常に英語字幕が、作品が英語作品であったとしても付くようにされ、聴覚障害のある人にもアクセスしやすくなっていたのである。

そしてまさに今年の河瀬監督作品『光』はその「障害を持つ人たちが映画を楽しむためのバリアフリーサービス」のひとつ、「音声ガイド」を作る女性を主人公にしたものであった。ヒロインは駆け出しの音声ガイド制作者。音声ガイドの制作にはモニターとして視覚障害を持つ人たちにガイドを聞いてもらい、細かくアドバイスをもらいながら原稿や読み方をチェックしていくという作業がある。そのモニターの一人である視野狭窄で失明の途上にあるカメラマンとの出会いがヒロインの人生を変えていく、という物語である。

カメラマン役を演ずるのは『あん』に引き続きの永瀬正敏。公式上映は23日に終わっているが、グランプリ経験者の河瀬直美監督、次こそパルムドオルという勢いで、最終日まで永瀬とともにカンヌに残っているのだ。授賞式まで残っていられないノミニーも少なくなく、授賞式は代理人が賞を受け取るということもよく起こる。ヨーロッパ内、またはアメリカからは、いったん帰っても授賞式のために呼び戻されてくる人もいる。が、さすがにアジアは遠く、それは難しい。

公式上映後、エンディングロールが始まって場内に明かりが付く前から拍手は始まる。明かりが付くと同時に観客が立ち上がり、スタンディングオベーションが始まるのだ。『光』の場合は10分。おつきあいで5分くらいは拍手するのが通例だから、この10分は十分長い。その間、さすがの河瀬監督、永瀬正敏、藤竜也も涙ぐんでいた。これは珍しい。河瀬監督のカンヌ入りは8回目。独特の世界、というか、「私」映画なので万人を取り込む映画ではなく、従ってたいてい日報のジャーナリストの評価は高くないのに、グランプリ受賞者になっているのだ。筆者は河瀬監督二回目のカンヌ入り『沙羅双樹』から取材しているが、上映後泣く監督は初めて見た気がする。

カンヌ映画祭は新しい才能を発掘し育て上げることを使命と考えている。前会長のジル・ジャコブは、1978年に新人監督賞カメラドオル賞を、1998年にシネフォンダシオンを立ち上げたことを誇りにしている。河瀬直美監督は、シネフォンダシオンができる以前の最後の、1997年カメラドオル受賞者である。それ以降ほぼ新作劇映画ごとにカンヌ映画祭に参加して、2007年にはグランプリを受賞、2009年には映画貢献賞である金の馬車賞を授与され、2013年には長編コンペティションの審査員を、2016年には短編とシネフォンダシオン部門の審査員長をつとめたカンヌの申し子。後はパルム、と思うのも当然かもしれない。そして河瀬にとって今年の手応えはかなりのものだったのだろう。

こんな自信家の河瀬監督に苦手感を持つ人もいる。特に女優より目立つレッドカーペット上の彼女には主に同性の厳しいまなざしが向けられることが多い。露出度が高かったりすけすけだったりと"何様"という声を聞くことも多い。今年は『光』という作品に合わせて、光を反射するシルバーのソフトオーガンジーで作られた、透け感ときらきら感のあるTAE ASHIDAブランドの作品で、このために光ときらめきをイメージしてアレンジしてもらったドレスだという。

確かに河瀬監督の出で立ちは女優より目立つ。というか、女優たちが目立たなければレッドカーペット上の戦いは意味がない。でも、日本女優はそれが下手なのだ。そこで監督の出番である。なにせ、だれよりも監督自身がカンヌの作り出した"女性スター"であるのは間違いない。何様と言われようと、河瀬直美はカンヌ映画祭のスターとして輝かなければならない使命を持っているのだ。そう、パルムドオルを獲るその日まで。【取材・文/まつかわゆま(シネマアナリスト)】

この記事の続きを読む

関連記事(外部サイト)