映画『日本沈没2020』 沈んだ先に“ディスカバー・ジャパン”か(星1つ★☆☆☆☆)

映画『日本沈没2020』 沈んだ先に“ディスカバー・ジャパン”か(星1つ★☆☆☆☆)

『日本沈没2020 劇場編集版 -シズマヌキボウ-』11月13日公開?“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners

■11月13日公開『日本沈没2020 劇場編集版−シズマヌキボウ−』★☆☆☆☆(星1つ)


 本作の下敷きになっているのは、今年7月にNETFLIXで配信された全10話のアニメシリーズである。それを劇場公開にあたって151分に編集している。が、本作が“寸足らず”なのは、なにも編集のせいだけではないだろう。

 映画『日本沈没2020 劇場編集版 −シズマヌキボウ−』の主人公、武藤歩(あゆむ)は、陸上部に所属している中学三年生の少女。東京の「次」のオリンピックを目指している。トレーニングで汗を流した彼女はシャワーを浴びたあと、友だちと他愛ないおしゃべりに興じていた。その時、未曾有の天変地異に見舞われる。更衣室のロッカーは倒れ、天井は崩れ落ちた。息絶えた、あるいは瀕死の仲間たち……その姿に恐怖して歩は、その場から逃げ去ってゆく。

 とにかく家族の元へ――父と母、そして弟と再会したお社(やしろ)のある丘の上で彼女が見たのは、日の落ちた街のそこここで上がる火の手、立ち上る煙。沖縄が島ごと海に呑み込まれる衝撃映像もネットにアップロードされ、避難民たちは動揺を隠せない。「これってホント?」「(映像をアップした)こいつって、有名なYouTuberだろ?」「どうやって撮影したんだ?」「こんなのフェイクだよ、YouTuberの悪ふざけだよ!」

 このほか東京タワー、スカイツリー、日本武道館、新国立競技場……と、おなじみのランドマークがあちこちで、無残な姿をさらしている。渋谷では、クラッシュした自動車がスクランブル交差点の上で散らばっている様子が描かれる。高架から山手線がぶら下がり、その上空を自衛隊の救護ヘリが飛び交っている。

 実景をスキャンしてCGで描かれたこの映画の東京は、実際の東京にそっくりだ。その「リアルな仮想空間」としての東京が、スクリーン上で壊滅する。カタストロフ(惨劇)が、認知・行動の追いつかないスピードで拡大・進行していく。

 日本の首都が“災害”に見舞われるという点では、『シン・ゴジラ』(2016)に似ている。こちらは何の前触れもなく東京湾に現れた災害が、魚類から両生類、爬虫類、そして直立二足歩行の最終形態へと進化の階梯を駆け上がり、新しい(シン)ゴジラとなる。都民を蹴散らし家屋やビルを破壊しながら大進撃をつづける。アクアライン、首都高速と突き進んで羽田空港滑走路と浮島の間を通過。さらに天空橋付近から京急空港線に沿って北上する。荒ぶる神(シン)・ゴジラの突破するルートに引っかかった人々は、大混乱で逃げ惑うしかない。

 あるいは“人々がなすすべもなく逃げ惑う映画”という意味では、ハリウッド映画『宇宙戦争』(2005)を思い出させる。こちらの災害は火星人。稲光とともにやって来た彼らは、巨大な三脚歩行機械・トライポッドからレーザー光線を連射し始め、戦争をはじめる。逃げ遅れた群衆がまたひとり、またひとりと光線の餌食になって、塵のように消えていく。侵略という災害から逃げ遅れた人間は皆、消滅するしかない。


■日出ずる国


『日本沈没2020』も、難民化した歩とその家族が水と食料を求め東京を脱出するあたりまでは、これら災害映画の要素を踏まえながら、高速で展開する。ところが、それ以降、映画は主人公たちの“人間ドラマ”を軸にする。侵攻するゴジラのスピード、あるいはトライポッドから放たれるレーザーの速度を期待していた我々は、急につんのめってしまう。

 思えば――災害発生時、照明技師をしている歩の父は、新国立競技場で高所作業中だった。大揺れで足場は崩れ、父は命綱で宙づりにされてしまう。だが、宙ぶらりんになった父がどう、そのピンチを脱出したのか、は描かれない。映画の主題は「災害といかにして戦うか」ではないのだと、今になって気づかされる。これはパニックエンタテインメントではない。

 あとは積み重ねられていく出会いと別れのエピソードを、眺めているだけになる。無人のショッピング・モールで遭遇する元店長の老人、死者と生者をつなぐイタコ的存在が築いた「理想郷」で寝起きする住人たち……。災害ではなく人間を軸にするのであればそれでいい。

 しかし、そちらの描き方も惜しい。

 沈みかけた人々をボートに乗って救助に来るも「日本人しか救わない」と言う右翼的な人物を登場させる一方、生還した歩の弟・剛はeスポーツのオリンピック選手になり、国境を越えている。ウィーアーザ・ワールド? それともディスカバー・ジャパン? 歩も命は助かるが、彼女も彼女で「シズマヌキボウを“日出ずる国”に見出した」なんてことを言い出すから、最後まで混乱は解消しない。

 ラストで描写されるのは相撲、弓道、阿波踊り。富士山に桜。寿司、ラーメン。祭りの金魚すくい、花火――そんな日本は沈んだままで、いいと思う。

椋圭介(むく・けいすけ)
映画評論家。「恋愛禁止」そんな厳格なルールだった大学の映研時代は、ただ映画を撮って見るだけ。いわゆる華やかな青春とは無縁の生活を過ごす。大学卒業後、またまた道を踏み外して映画専門学校に進学。その後いまに至るまで、映画界隈で迷走している。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月13日 掲載

関連記事(外部サイト)