ハイハイ作間龍斗×山田杏奈×芋生悠の歪で純な三角関係!『ひらいて』 綿矢りさ原作を首藤凜が大胆解釈で映画化

ハイハイ作間龍斗×山田杏奈×芋生悠の歪で純な三角関係!『ひらいて』 綿矢りさ原作を首藤凜が大胆解釈で映画化
『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

■綿矢りさ×首藤凜『ひらいて』

思いが込められたものを処分するのは難しい。自分の意志で取得したおみくじやお守りなら、まだ供養して処分することのハードルはさほど高くない。だが供養の方法が明確でないもの、例えば千羽鶴など他人の祈りが込められたものとなると、どう扱っていいかかなり困ることになるのではないか。

綿矢りさ原作(新潮社)、首藤凜監督の『ひらいて』は、そんな“思いのこもった”千羽鶴がモチーフとなっている。

『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

成績がよく目立つタイプの女子高生の木村愛(山田杏奈)は、同じクラスの寡黙で優秀な西村たとえ(作間龍斗)が好きだ。たとえには密かにつきあっている恋人・美雪(芋生悠)がいるが、愛は思いに一直線なデストロイヤー。好きな相手に恋人がいることなんか障害にはならない。好きな人を手に入れるためなら、危険な行為も、犯罪に近い行為も躊躇せずに行えるし、なんなら好きな人の恋人を自分のほうに向かせる(=奪う)ことだってできる。

ただし、この映画はそんな高校生たちの胸キュンな恋を描くものではない。強いて言うなら、安心して抱きしめてくれる腕〈かいな〉を得るために、非情な手段を使う子どもを描いた作品か。

板垣瑞生は“心を閉じたモテ男”をどう演じた?『胸が鳴るのは君のせい』を“台本以上のものにする”俳優としての矜持

■主人公3人がそれぞれ感じている所在のなさ

綿矢りさが「ひらいて」を出版したのは2012年。東日本大震災の翌年だ。2011年に書かれた「かわいそうだね?」(文藝春秋)や、2013年の「大地のゲーム」(新潮社)など地震がモチーフとなっている作品もあるが、この「ひらいて」にも震災がもたらした空気が満ちているように感じた。

愛、たとえ、美雪――、彼らには居場所がない。帰る家はあるが、無条件に受け入れてくれる場、自分の存在を申し訳なく感じずに済む場がないのだ。

『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

愛の家の場面には父親が登場しない。単身赴任という設定だが、母親はいつも何かを補うように父親宛ての荷物を作っている。そこにコメントを入れるよう促すが、愛には書くことがない。そのくらい両者には交流がないのだろう。

美雪の家でも父親は描かれないが、母親と同じくらい近い存在であるようだ。ただ母親にもつっけんどんな愛に比べ、美雪は母親が気持ちを害すことのないよう、常に気を遣っている。自己免疫疾患による糖尿病を患う美雪は、これまでたくさんの助けを必要としてきたようだ。それを肯定するように自分も大切な人の力になりたいと願っている。しかしまだ醸成途中。屹立できるだけの力はない。

そして2人から愛される、たとえ。家に問題を抱えるたとえは、家から離れたい一心で東京の大学に合格するべく、休み時間も惜しんで勉強をしている。恋を親に悟られることを恐れるあまり、美雪とのことは誰にも話していない。

彼ら3人が感じている所在なさは、震災のあと私たちが抱いた寄る辺ない感覚と似ているように思う。表面的にはこれまでと変わりなく暮らしている。だが、ある価値観において決定的な“ずれ”が生じることが増え、人と心を100%オープンにできなくなってしまった。でも受け止めてくれる場所は必要だし、受け止めてくれる存在は欲しい。そんな感情に支配されていたことを、映画『ひらいて』は思い出させる。

『ひらいて』の首藤凜監督が原作を読んだのは17歳の冬。震災翌年の2012年だ。「この映画を撮るために生きてきました」と語っている。首藤監督に“映画化したい”と思わせた部分がどこなのかは分からない。ただ首藤監督は、その言葉や行為によって、相手が傷つこうが壊れようが忖度することのない愛を、「不思議な共感性をもって熱狂的に受け入れた」ようだ。それは愛の目的が、相手を破壊することではなく、何にも妨げられることなく自分の思いを伝えることにあるからなのだと思う。

『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

ラウールがあなたの自己肯定感をブチ上げ!『ハニーレモンソーダ』はティーンからミドルまで胸キュン必至の青春恋愛映画

■首藤監督は「ひらいて」をどう解釈したか?

不思議な三角関係を形成する愛を演じる山田杏奈、美雪を演じる芋生悠は数々の主演作品を持つ注目の若手俳優。そして、たとえ役は初の映画出演となるHiHi Jets/ジャニーズJr.の作間龍斗だ。

教室が騒がしかろうが、自分を振り返るように愛が仕掛けようが、いっさい興味を示さず、“たとえ”として静かに『ひらいて』の世界を生きていた。その姿からは、注目を浴びようと駆け引きする“アイドル”な空気はみじんも感じられなかった。アイドルという自己顕示欲を発動することが一度もなかった、というか。その要素は、いずれアイドルとして大成したときに、他にはない個性となるだろう。よくぞのキャスティングと感じた。

『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

『ひらいて』では、おそらく“ひらく”の対義なのだろう、折り鶴が象徴的に登場する。折り鶴を折るのは、一番意外性のある愛だ。千代紙の中に何かを閉じ込めるように、祈るように、鶴を折る。印象的なのは、その折り鶴を使って作り上げたクラスの文化祭の出し物だ。原作ではオードリー・ヘプバーンのモザイクアートの設定。それを変更した折り鶴アートは、スクリーンを飾る画としても、気持ちを表現する要素としても、素晴らしい効果をもたらしている。

SixTONES松村北斗の“恋顔”にキュン! ギャルな森七菜が激キュート!『ライアー×ライアー』 ウソから始まった恋の結末やいかに!?

どんな作品かは、ぜひスクリーンでご覧いただきたい。ただ心配になったのは、冒頭にも記したように、千羽鶴が抱える強烈な思いには行き場があるのか? ということだった。“美”が見事であればあるほど、それは単純な美しさに留まることができなくなり、呪詛を擁するようにも思えてくる。

抱いたそんな懸念は、思いもよらない方法で払しょくされる。これこそが首藤監督の「ひらいて」の解釈なのだろう。

『ひらいて』©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会

文:関口裕子

『ひらいて』は2021年10月22日(金)より全国公開

関連記事(外部サイト)