実際の幽霊団地事件×集団心理!「死」はなぜ怖い?『N号棟』後藤庸介監督が語る和製フォークホラー!!

実際の幽霊団地事件×集団心理!「死」はなぜ怖い?『N号棟』後藤庸介監督が語る和製フォークホラー!!
『N号棟』©「N号棟」製作委員会

■「死ぬ」ことが怖い

貴方は、「死」に恐怖を感じたことはありますか? 僕はあります。死の恐怖は小学校低学年の時に頂点を迎え、母親に「死にたくないから、今、死にたい」などと支離滅裂なことを叫びながら泣きついて困らせたことがある。これを読んでいる貴方も将来、必ず死ぬ。けれど毎日「死ぬのが怖い」などと考えながら生きていたりはしませよね? だって、生きている限り死は避けられることではないから、考えたって仕方がないもの。でも、やっぱり時々考えたりしませんか?「死」ってなんだろう? と。ホラー映画は多くの「死」を恐怖の対象として扱ってきた。単純な苦痛であったり、抗えない呪いであったり、地獄への入り口であったり――。ホラー映画は死によってもたらされる“結果”を明確にすることで恐怖を表現してきたのだ。しかし、映画『N号棟』は、死がもたらす恐怖を明確にすることはない。それどころか生と死の境目を曖昧にし「死とは一体、何なのか?」を考察させ、「死は明確に定義されているものではない」という奇妙な恐ろしさを隆起させる、希有なホラー映画である。

死恐怖症(タナトフォビア)を抱えた女子大生、史織。彼女は死の恐怖に苛まれ、眠れぬ日々を過ごしていた。そんな史織の心の支えは元彼の啓太。啓太には新しい彼女の真帆がいるのだが、史織は何かにつけて2人の間に割って入り、彼らを惑わせていた。そんな折、啓太と真帆が卒業制作であるホラー映画のロケハンに行くと聞きつけ同行する史織。彼らが向かったのは、とある地方都市の廃団地。廃墟同然に見えた団地だったが、そこには今も住民たちが暮らしてた。突然団地に潜入してきた啓太らを訝しむ住民たち。しかし、史織は気を利かせて「転居希望なんです!」とうそぶく。すると住民たちの態度は一変し、3人を快く迎え入れる。しかし、異変はすぐに起こった。突然、激しいラップ現象に襲われたのだ。パニックに陥る住民たち。そして現象が一段落した束の間、住民の一人がおもむろに飛び降り自殺を図る。唖然とする3人。しかし、住民たちは顔色ひとつ変えない。さらに彼らのリーダー加奈子は「私たちは、幽霊と共に暮らしているの」というではないか。次々と起こる不思議な現象。加奈子をはじめとするカルト教団めいた住民たちの言動。強烈な同調圧力に感化され、啓太や真帆は瞬く間に「団地の人」として洗脳されてしまう。そんな中、唯一、正気を保ち続ける史織。この奇妙な団地を探れば「死」の正体が掴めるのでは? そう考えた彼女は、自殺者が運び込まれた倉庫へと向かうのだが……。

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■これまでのJホラーとは一線を画す“和製フォークホラー”

「岐阜の幽霊団地事件を元ネタにした映画? どーせ、いつものジャンプスケアなJホラーなんでしょ?」と思って臨んだ本作。結果、自分の和製ホラーに対する態度を心底反省させられることになった。これまでのJホラーとは全く違った作品だったのだ!岐阜の幽霊団地事件といえば、2000年ごろに新聞や雑誌を賑わせた有名な事件だ。空き部屋から音がする、ドアが勝手に開閉する、TVのチャンネルが勝手に切り替わる……さまざまな怪現象が目撃されたのだ。一時は周辺住民を含め大パニックとなったのだが、とある霊媒師がお祓いをしたところ現象は収まったという。当時は、本当の霊現象だの、集団ヒステリーだのとさまざまな考察が飛び交ったが、うやむやのまま事件は風化。当の団地はまだ現存するも、当時を知る住民はおらず、真実は藪の中となった。『N号棟』は、幽霊団地事件の様子を徹底的にデフォルメして描いている。これが異様なのだ。舞台となる団地には間違いなく幽霊が存在しており、住民たちは、幽霊を完全に受け入れている。その一方で、幽霊が正体を現すと大騒ぎしだす。さらに住民たちは何か見えない絆で結ばれており、油断するとその“絆”に巻き込もうとしてくるのだ。「あ、これ、フォークホラーだ」直感的に思った。「フォークホラー」について説明をしていると日が暮れてしまうので、分かりやすい例をあげると『ミッドサマー』(2019年)のようなホラー映画である。要は「独自に積み重ねてきた伝統や風習をもつ土着の人々に翻弄される人々を描いた」ホラーがそれだ。といっても『N号棟』は『ミッドサマー』の真似をしているわけではなく、あくまでフォークホラーの体を成しているというところだ。なんなら『N号棟』の方がフォークホラーっぽい。なぜなら、あらゆる事象を懇切丁寧に説明してくれていた『ミッドサマー』に比べ、『N号棟』は団地の人々は考えていることをほとんど口にしない。彼らにとって常識なのだから、説明することはしないのだ。この点、まさにフォークホラーと言える。

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だが、考えれば自ずと答えが得られるような作りになっている。なぜ、彼らはカルト教団のように振る舞うのか? なぜ、自殺するのか? なぜ、史織は死を恐れるのか? なぜ、団地に幽霊が存在するのか?徹底的に隠蔽された事実は、じっくりと映画を見ることによって明かされていく。驚愕や即物的な痛みに頼り切りだった最近のJホラーとは一線を画す、「分からない怖さ」を楽しむホラー映画。それが『N号棟』なのだ。さて、この奇妙な和製フォークホラー『N号棟』は、どのようにして誕生したのか?後藤庸介監督に話を伺ってみた。

■「実際の事件から想起した、集団心理が与える影響」

―『N号棟』は岐阜の幽霊団地を元ネタにしたとのことで、私は普通のJホラーなのかな? と思って拝見したのですが、見事に裏切られました。この和製フォークホラーを製作するにあたって、幽霊団地を元ネタにしたのはなぜでしょうか?単純に興味深かったというのが最初にあります。何十人もの人が同じような現象を目にしたということは、あり得ない現象だったとしても“事実”っぽいじゃないですか。似たような話で、女子高生の集団失神という事件もあって、沖縄ではユタ(※沖縄および奄美群島の民間霊媒師)に祓ってもらうしかないとなって、祓ってもらったということもあったでしょう?―幽霊団地も実際に霊能力者に祓ってもらって、一段落したという事実もありますね。そうそう。とはいえ、お芝居をしていた人もいるかもしれませんよね。でも、絶対に霊現象に直面した人や失神した人はいたはずで。じゃあ、その不思議な現象ってなんなの? と考えた時、集団心理が与える影響を思いついたんです。―人が集まることで発生する思念的なものの怖さに焦点をあてたかったと。集団思考が与える不思議な何か、みたいな。それが確実に恐ろしいものとして存在すると思ったんです。

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―『N号棟』の中には、集団心理を操る存在として、筒井真理子さん演じる加奈子が登場します。彼女のようなリーダーを登場させたのはなぜでしょう?そうですね……。体育会系の部活あたりがいい例かもしれません。学校自体、世間から切り離されているのに、部活はさらに閉鎖的な世界になっているでしょう? 無茶なことを要求されたりして。でも、部員たちは結果を残すために必死に練習するんですよね。一種の洗脳と言いますか。―ああ、昭和の高校野球あたりをみると何か狂信的なものを感じますね。そういう集団心理を考えてみると、加奈子のようなリーダーを生み出しやすいのではないだろうか? と。心霊現象を信じていない人がいたとしても、そのリーダーの存在によって、気持ちを一つにさせられていると言いますか。翻して、そのリーダーに従うことに酔う人もいる……みたいな。

■「死への恐怖を持ち続けていると、ちゃんと生きることができない」

―怪談話然とした雰囲気から集団心理の恐怖、いわゆるフォークホラーへと変貌していく『N号棟』のストーリー構造に異様なものを感じています。脚本を書くにあたって、監督はどのような考えで物語を構築していったのですか?これが僕自身、すごく不安な要素で……。やっぱり物語を作ろうとした時、起承転結を分かりやすくするとか、感情移入させるキャラクターとか、脚本術のセオリーを使いたくなるじゃないですか。でもそういうことをやると、リアリティってどんどん失われていくと思うんですよ。―予定調和な話にしたくない?そうです。「ああ、よくできた話だねぇ!」と言われる作品にはしたくないなと。とはいえ、100分という時間をお客さんからいただいて、楽しませなきゃいけないわけで。―ジレンマですね。フィクションとリアリティの狭間を彷徨うような映画の方法論って、ないんですよ。だから感覚でやってしまったんです。普段だったら絶対やらないようなことも、どんどんやってしまおうと。

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―撮影中に脚本の変更などは?それはなかったです。自分の中でキッチリ作り込んでから臨んだので。だから、なおさら不安なんですよ。感性で突っ走っちゃったので。―でも結末は明確でした。しかし、結末にたどり着くまでのプロセスは……。あまり巧くやりたくなかった!(笑)。―ジャンプスケアやジメジメしたセットなど、Jホラーの鉄板表現は一切使っていないのも意外でした。劇伴もアンビエントなものでしたし、「これは普通のホラーじゃないな」と。キャラクターも奇妙ですよね。例えばヒロインである史織の性格とか。彼女、いわゆる地雷系の女の子じゃないですか。(笑)。全然いい人ではないですね、間違いなく。―啓太と真帆の邪魔ばかりしてるし、エゴイスティックだし。ヒロインにもかかわらず、ああいった性格にした理由は?ベタな手法を使いたくない理由と同じですね。安易に感情移入できる主人公はリアルじゃないなと。僕が捻くれているのかもしれないですけど、綺麗に生きている人なんて、そうそういないでしょう? “死恐怖症”も扱ってみたかったし。―死恐怖症についてですが、「子供の頃、死が怖かった」と語る大学教授が登場します。あれは監督自身の経験だったりしますか?そうです。完全に僕の経験ですね。―実は僕も同じでして。なんであんなに死が怖かったのかわからないんですが、史織は「生きてる実感がないから、死が怖い」と言っていました。もしかして、史織は生きている実感が欲しくて、啓太と真帆の邪魔をしていたのではなかろうか? と思ったりしたのですが……。そう! そこまで読み取ってもらえれば、彼女は可哀想な人で、同情できるキャラになるんですよね。死への恐怖を持ち続けていると、ちゃんと生きることができない。これはまさに僕自身のことなんですけれど。―史織は「死の恐怖を克服する方法」を団地で起こる事件を通して、見つけ出そうとしていると感じました。監督ご自身も、「死」に対して何かしらの答えを欲して『N号棟』を制作したのでしょうか?うーん、どうなんでしょう? ただ、史織……というか僕自身もですが、少しでも救われたい思いはありました。

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■「怖い/わからないをゴリゴリに煮詰めて、無軌道な物語を紡いでいければ」

―史織に比べて、啓太と真帆は信念がない人間に見えます。この2人の性格づけについては意味はありますか?信念がないわけではないんですよ。僕の中で、彼らは至極普通の幸せな人々。人の気持ちがわかるし、信じることができて、死の恐怖に悩まされることもなく、自分の人生を肯定できている。上手く生きているんです。史織の生き急ぎ方と比べてしまうと、信念がないように見えてしまうかもしれませんが……。―とはいえ、史織とズルズルと関係を続けている啓太の不誠実さも目につきます。真帆はそれでいいのか? と思ってしまうのですが。2人は“良い人”なんです。性善説で生きていける人々なんですね。啓太が史織と仲良くしていようが別に構わない。自分には家族もいるし、啓太がいなくても生きていけるし、どうせ彼は私のところに戻ってくるだろうと。―ところが、あの団地に足を踏み入れたことで、「いい人」だった真帆は狂ってしまうと。あの団地は独特な雰囲気がありますが、何かモチーフとされた映画はありますか?特にないんですよ。集団心理映画というと『ミッドサマー』とかがありましたし、団地ホラーというと『仄暗い水の底から』(2001年)もありましたが……。まず最初に、狭い枠の中に同じ窓や部屋がビッシリ並んでいるという画を撮ってみたかったんですよね。

―迷宮の中に迷い込んだ感覚を出そうとした?近いものはありますね。団地住まいは、良くも悪くも画一的な生活を強いられるわけじゃないですか。不思議ですよね、団地って。―確かに、団地の独特の文化はありますね。妙な連帯意識と言いますか。均質化というか、カッチリしたシンメトリー構造は、集団心理の恐ろしさを表すのにはちょうど良かったんだと思います。―ところが後半になると、シンメトリー構造をぶっ壊すゴア描写が爆裂します。あれはですね、言ってしまえばサービス精神です(笑)。―えぇ!?生と死の境目をとても曖昧にした物語なので、境目を繋ぐ存在を、ああいった形で表現できたら面白いかなと。―曖昧というと、後藤監督の作品は存在の曖昧さにこだわっているようにも思えます。以前、自主制作で撮られた『もしもし詐欺ですけど』(2013年)も、主人公の存在が曖昧になっていく話でした。『世にも奇妙な物語』をずっとやっていたこともあるんでしょうけど、よくわからないことが一番怖くて楽しいというのは、自分の中にあります。

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―よくわからないと言えば『N号棟』でも、団地の人々は幽霊と共存していると言いながらも、いざ幽霊が登場すると全員大騒ぎしますが、あれは……?結局、彼らも「何だかよくわからないけど楽しい」みたいな感覚なんですよ。そう考えると面白いでしょう? 人間の矛盾性みたいな。怖いけど楽しい! みたいなね。幽霊団地事件も同じような人がいたかもしれません。―『N号棟』の異様な雰囲気は、フィクションを捻じ曲げてノンフィクションにしようとしたところにあると思います。今回、明確なホラー映画を撮られたのは初めてのことでしたが、同じ路線で作品を作る予定はありますか?そうですね、やはりホラーやミステリーといったジャンルものをやっていきたいです。怖い/わからないをゴリゴリに煮詰めて、無軌道な物語を紡いでいければ良いなと思います!取材・文:氏家譲寿(ナマニク)『N号棟』は2022年4月29日(金・祝)より新宿ピカデリーほか全国公開

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