富裕層の結婚式が殺戮の地獄絵図に!『ニューオーダー』 激鬱クーデタースリラーがヴェネツィア映画祭2冠!!

富裕層の結婚式が殺戮の地獄絵図に!『ニューオーダー』 激鬱クーデタースリラーがヴェネツィア映画祭2冠!!
『ニューオーダー』©2020 Lo que algunos soñaron S.A. de C.V., Les Films d’Ici

■貧困層が富裕層を蹂躙

『ニューオーダー』を観たら、二度と“緑”を「素敵な自然の色」とは思えなくなるだろう。本作のメインビジュアルとして使われている“緑”は、反政府デモ隊や暴徒が投げつけてくる塗料の色。人という肉袋が投げつける激情という体液のようだ。こんなにも“緑”が薄気味悪く使われている映画はないだろう。

メキシコの裕福な実業家の娘、マリアンにとって今日は特別な1日になるはずだった。建築家の兄が設計した瀟洒な邸宅での結婚式。しかし、金に物を言わせた式は着飾った招待客たちが自分達の裕福さを自慢し、泥酔し、コカインをキメる退廃的な形相を呈していく。そんな中でもマリアンは使用人たちに指示を出し、不満タラタラの母親をなだめ、泥酔した客の面倒を見たりときりきり舞いだ。

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一方、邸宅の塀の外では貧富の差に対する抗議運動が暴動と化していた。緑の塗料を振り撒きながら、その勢いはとどまることを知らない。マリアン邸まで押し寄せてきた暴徒たちは、華やかな式を殺戮と略奪の地獄絵図に変えていく。マリアンは訳あって使用人宅に出向いていたため、虐殺から免れた。

しばらくして暴動は鎮圧されたかに見えたが、実はこれは軍事派閥によるクーデターの始まりだった。混迷に乗じてマリアンは彼らに拉致されてしまう。彼女が連れていかれたのは裕福なホワイトメキシカンが集められた牢獄。軍事派閥は彼らを人質にして身代金を要求。さらに脅迫の材料として筆舌に尽くし難い性的拷問が行われ、事態はさらに悪化していく。国や家族が奮闘しクーデターに立ち向かうのだが、マリアンを待ち受ける運命はあまりにも無慈悲なものだった……。

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■世界は綺麗ごとだけでは動いていない

平穏で幸せな生活が完膚なきまでに破壊されていく様は見ていて息苦しい。しかし、映画が描こうとしているのは個人や家族の不幸ではなく、国の苦しみだ。当初マリアンに着目していた物語は、裕福層と貧困層といった一般市民からクーデター軍へ、そして国といった大きな視点へと展開していく。もはや個人はただの“コマ”であり、虫眼鏡で焦がされる無抵抗な蟻のような存在となるのだ。暴徒が投げつける緑の液体やマリアンの深紅のウェディングドレス、白を基調とした邸宅。メキシコ国旗の3色を強調した色調から推理しても、ミシェル・フランコが国を描こうとしていることは明らかだ。『ニューオーダー』は、メキシコ国旗で使われていた3色の意味――緑(独立)、純粋性(白)、諸民族の統一(赤)――が、今では別のものとなってしまっていることを示している。

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本作の監督は、メキシコ出身でジャーナリズムを学んだ社会派監督ミシェル・フランコ。ジャーナリストならではの視点で映画を制作している。母親を失った父娘の間にできた分厚い壁を描いた『父の秘密』(2012年)や、母性と女性性のバランスが崩れていくさまを赤裸々に表現した『母という名の女』(2017年)などで、人間の本能的な部分をクローズアップ。世界は綺麗ごとだけでは動いていないことを我々に提示してきた。本作でも世界は綺麗ごとでは済まされず、辻褄合わせに個は何の意味も持たないことが示される。しかしミシェル・フランコは、それを是とするべく本作を製作したわけではない。本作を通して今、世界で起きていることを我々に再認識させようとしたのである。

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■今まさに変化しようとする“緑”=新秩序

この企みは『ニューオーダー』のメキシコ版予告編ですでに成功している。貧困層および低層階級を“民度の低い茶色いメキシコ人”としてステレオタイプに描かれていることを強調した予告編が流された時点で、本作はネットで批判の的となった。さらに監督は、自身は「ホワイトメキシカンとしてヘイトクライムの危機に晒されている」と主張してネットは大炎上となったのだ。

後に監督は逆差別的な発言を撤回し謝罪したが、監督の意図としては「暴動に限らず、抗議運動は個人が意を決して参加しても、次第に個性を失い集団として行動する習性がある」と言いたいのではなかろうか? 抗議活動に大義名分があったとしても、そのうち「現状に耐えられない」だけの暴徒と化していくのは、程度の差はあれど事実ではなかろうか?

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イデオロギーが、原始的な感情へと変化していく「綺麗ごとで済まされない現実」を直視している。誤解を恐れず言えば、BLMや#MeToo、そして今、日本映画界を沸かせているパワハラ・セクハラによるキャンセル運動も似たような部分があるのではないか? さらにはチリや香港、レバノンなどを見て「抗議活動が当初の意味を失っていく」様を否定できるだろうか?世界はどんな“緑”を持っているのか? そして、その“緑”は今、どのように変化しているのか?『ニューオーダー』は、そのタイトル通り、今まさに変化しようとする“緑”(新秩序)を描こうとしたに違いない。

文:氏家譲寿(ナマニク)『ニューオーダー』は2022年6月4(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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