『アメリカン・グラフィティ』と『リコリス・ピザ』との奇妙な関係 〜ジョージ・ルーカスが本当に描きたかったこと〜

『アメリカン・グラフィティ』と『リコリス・ピザ』との奇妙な関係 〜ジョージ・ルーカスが本当に描きたかったこと〜
『アメリカン・グラフィティ』
Blu-ray: 2,075 円 (税込) / DVD: 1,572 円 (税込)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント / 『リコリス・ピザ』© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

■PTA監督が『リコリス・ピザ』の参考にした名作

ポール・トーマス・アンダーソン監督は、『リコリス・ピザ』(2022年7月1日より公開中)を製作するにあたって、いくつかの映画を参考にしたと述懐している。例えば、ウディ・アレン監督の『マンハッタン』(1979年)やエイミー・ヘッカーリング監督の『初体験/リッジモント・ハイ』(1982年)。『マンハッタン』は『ゴッドファーザー』(1972年)の撮影監督であるゴードン・ウィリスが参加した作品で、当時としては珍しくモノクロで撮影された作品だった。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、この映画の夜間撮影で実践された70年代的なスタイルを『リコリス・ピザ』に引用すべく、撮影監督のマイケル・バウマンと一緒に劇中のショットを研究したのだという。

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一方、『初体験/リッジモンド・ハイ』が出世作となったショーン・ペンは、『麗しのサブリナ』(1954年)や『戦場にかける橋』(1957年)の名優ウィリアム・ホールデンを想起させる役で『リコリス・ピザ』にも出演している。意図されたのか否かは定かではないが、『初体験/リッジモント・ハイ』の劇中には、アメリカ西海岸で1970年代に店舗展開していたレコード店“リコリス・ピザ”の姿が、ショッピングモールのテナントのひとつとしてはっきりと映り込んでいるのだ。そしてもう一本、ポール・トーマス・アンダーソン監督が『リコリス・ピザ』の参考にした重要な作品が存在する。その作品こそ、映画史に残る名作といっても過言ではない、ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』(1973年)だった。

■1973年に“そう遠くない過去”=1962年を懐古した『アメグラ』

『アメリカン・グラフィティ』の舞台は1962年。カリフォルニア北部の小さな地方都市で育った、カート(リチャード・ドレイファス)、スティーヴ(ロン・ハワード)、テリー(チャーリー・マーティン・スミス)、ジョン(ポール・ル・マット)にとって、青春時代の終わりを告げる一夜を描いた作品だった。高校を卒業したカートとスティーヴは東部の大学へ進学するため、明朝には町を去るという設定。バラバラに町を去るはずだったが、カートは一瞬見かけた白い車に乗った美女に一目惚れしてしまい、名も知らぬ彼女を夜通し探し続けることになるのである。

この映画がアメリカで公開された1973年は、『リコリス・ピザ』の時代設定になっている。つまり、『リコリス・ピザ』の舞台となる1973年に公開され、『リコリス・ピザ』と同様にひとつの街を舞台にした青春映画=『アメリカン・グラフィティ』が参考にされたというわけだ。ただし、公開当時の『アメリカン・グラフィティ』という映画が1973年の“いま”を描いた映画ではなく、1962年という“そう遠くない過去”を描いていた作品だったという点が重要なのだ。

「すべては私が経験したこと」と、ジョージ・ルーカス監督が述懐しているように、『アメリカン・グラフィティ』はルーカスが10代だった時代を描いた作品である。そもそも“昔の映画”になってしまっているため、2020年代という現在の視点からだと判りにくいことなのだが、この映画は1973年公開当時の“いま”から、1962年という“そう遠くない過去”を懐古した作品だった。要するに、決して“いま”の若者の姿を描いた作品ではなかった点に意味がある。隔たる年代に対する違いがあるとしても、同様の視点によって、『リコリス・ピザ』もまた“そう遠くない過去”を描いた作品になっているからだ。
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■最もこだわったのは音楽! 製作費の10%近くが楽曲使用料

ジョージ・ルーカス監督が『アメリカン・グラフィティ』を製作するにあたっては、1960年代はじめの文化を再現する準備に重点が置かれている。そのような過程で、ルーカスが美術や衣装以上にこだわった点は音楽だった。この映画のサウンドトラック盤は、オールディーズのベスト盤のような趣があるのが特徴。約40曲もの“懐メロ”が劇中で使用され、権利のクリアには14ヶ月も費やされた。その本気度は、製作費の10%近くを楽曲使用料に充てていたことからも窺える。また、劇中に<謎のDJ>として登場するウルフマン・ジャックは実在の人物。彼は1958年から1966年まで、毎日休むことなくテキサスとメキシコの国境に接するラジオ局XERFから、ロックンロールを全米に向けて流し続けたという経歴がある。また、しゃがれ声をトレードマークに、その正体は長年謎とされてきたという経緯もある。劇中でも語られているように、黒人説、老人説、などが流れるほどだった。驚くべきことに、この映画ではウルフマン・ジャック本人が、ウルフマン・ジャック役を演じている。

“ウルフマン”なる名前は芸名で、本名はロバート・W・スミス。映画が撮影された当時は34歳だったが、劇中の設定は時代背景に合わせて24歳にしているというのも驚くばかり。映画の終盤で、彼の正体を悟るカートの姿。彼の悟りが、社会の現実によって若者が大人へと成長してゆく姿と重ねられている点も見事だ。
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■ジョージ・ルーカス監督が本当に描きたかったこと

公開から50年以上が経過した現在でも、『アメリカン・グラフィティ』が長く愛されている理由。それは、懐古主義的な1960年代文化が魅力的だったという表層的な点だけにあるのではない。むしろ重要なのは、無垢で陽気な時代の終焉であったことを、映画の終幕で示唆している点にある。アメリカの歴史を振り返ってみれば、今作の物語の先にある1960年代後半という時代は、社会が混迷へと向かってゆくことになるからだ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)でも描かれた、1950年代の安全かつ温和な生活から一転。公民権運動や学生運動、ヴェトナム戦争などが象徴する、戦争・反戦・革命といった激動の時代を迎える直前のアメリカを、『アメリカン・グラフィティ』によって描こうとしているのである。

LE SAVIEZ-VOUS ? En 1973, Harrison Ford interpr?te Bob Falfa dans AMERICAN GRAFFITI. Pour ?viter de se couper les cheveux, il sugg?re de porter un Stetson. En 1979, dans MORE AMERICAN GRAFFITI, il joue le m?me r?le, non cr?dit?, mais devenu officier de police. pic.twitter.com/KNb317JDFS

? The Movie Freak (@BlogMovieFreak) July 27, 2019実は、『リコリス・ピザ』でアラナ・ハイムが演じた女性には、モデルとなる人物がいる。それは、クリント・イーストウッドが監督した『愛のそよ風』(1973年)の主演で注目され、『爆走トラック‘76』(1975年)や『ガバリン』(1986年)に出演した女優ケイ・レンツである。彼女は『アメリカン・グラフィティ』に端役(ケイ・アン・ケイパー名義でクレジット)で出演しているのだ。映画が始まって25分が経過した頃。ダンス・パーティーが開催されている母校を訪れたカートが、恩師と再会するくだりがある。ふたりが進学について話していると、会話に割り込んでくる女性が登場。どうやら、恩師と“訳あり”な感じなのだが……彼女こそ、当時まだ20歳だったケイ・レンツなのだ。『リコリス・ピザ』におけるアラナの設定が25歳前後だということを鑑みつつ、斯様な虚実に想いを馳せながら、時代を経たふたつの作品を鑑賞してみるのも一興ではないだろうか。

文:松崎健夫【出典】・『リコリス・ピザ』劇場パンフレット・KODAK.com『アメリカン・グラフィティ』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「黄金のベスト・ムービー」で2022年7月放送『リコリス・ピザ』は全国上映中

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