NY“地下トンネル”で暮らす母娘を描く『きっと地上には満天の星』 ホームレスは自己責任か?

NY“地下トンネル”で暮らす母娘を描く『きっと地上には満天の星』 ホームレスは自己責任か?
『きっと地上には満天の星』© 2020 Topside Productions, LLC.All Rights Reserved.

■暗いけど、星は見えない

地下に住んでいて、地上に出ない生活をしている限り星を見ることはない。地下に住んでいなくても、都会で星空を見上げることはほとんどないが、ネパールのど田舎で空が無数の星で埋め尽くされているのを見た時に、初めて自分は宇宙のチリだということを実感した。放置していると増殖して手に負えなくなる自我に喝を入れるには、どこでもいいけど、ネオンのない場所で星を見るのがいちばんいい。と妙なことを書いてしまったが、意外にその通りだと思いますから、試してみてください。ニューヨーク、あまりいい思い出があるところではない。空があまりにも小さくて息苦しくなる。何か自分のために動いていないといけないような気になり、精神的にも圧迫感を感じる。

ニューヨークには東京同様、地下鉄が張り巡らされているが、地下にあるのは地下鉄だけではない。さまざまな理由で作られた地下トンネルがある。現在はおそらく誰も住んでいないと思われるが、かつて5000人とも言われた地下住人が緩やかなコミュニティを作って住み着いていた。いわゆる地上に出ないホームレスである。2001年のテロ事件以来、取り締まりが厳しくなり、追い出されてしまったようだが、静かに誰からも煩わされずに暮らすには、絶好の場所である。

凍えるホームレスを救うため図書館に立てこもり!? 立場を超えた“共感と共闘”が胸を打つ『パブリック 図書館の奇跡』
そこに暮らす母と娘がいる。母親は30代、娘は5歳。母親は暮らしていくために最低限の金を稼ぎに表に出るが、娘を連れてはいけない。娘に見せられる仕事ではないからである。娘と母親は毎晩、娘の背中に生えてくるはずの翼を確認する。翼が生えれば地上に出て、空を飛べる。星も見ることができる。そんな夢を笑いながら語ることが一番幸せだった。

しかし、地下を放置しているわけにはいかない役所は彼らを排除するために度々「侵入」してくる。捕まってしまえば娘は施設に入れられる。地上には家もなければまともな仕事もない。一緒に暮らすことはできない。それだけは絶対にあってはならない。地上に逃げるのだ。しかし、外の世界にはあまりにも人が多く、娘には刺激が強すぎる。予想通り「商売」にならない。何をどうしていいかわからなくなり地下鉄に乗ろうとするが……。

ケネス・ブラナーの自伝的映画『ベルファスト』アカデミー賞7部門ノミネート! 紛争下の美しき人間ドラマ
母と娘は満天の星を見ることができるのだろうか。あなたは「やめろー」と何度も心の中で声を上げることになる。

■ホームレスは自己責任か

2018年のデータを見ると、現在はパンデミックもあって数字は大きく変わっていると思われるが、ニューヨークには6万人を超えるホームレスがいて、2万2千人以上の子供が含まれているという。そのうちシェルター内で生活をしている人が65%程度。一方、東京のホームレスの数は2019年に1000人強と発表されているが、目視によるものであり、またネットカフェ難民等は含まれておらず、これはまるであてにならない。

日本では一時「ホームレス狩り」というおぞましい言葉が生まれ、若者がホームレスに暴力を振るう、ひどいケースでは殺してしまう事件が続けて報じられていた。彼らの動機についてはここで断言できるほどの情報を持っていないが、汚いもの、邪魔なものを排除、また弱いものを攻撃することで得られる全能感等が挙げられるのではなかろうか。「美しい国、日本」には必要ない者たち、というねじ曲がった解釈が彼らを駆り立てたのかもしれない。

日本に暮らすクルド人少女の青春『マイスモールランド』が伝える難民・移民たちの現在
どの国のホームレスにも共通して言えることであるが、一定数窮屈なシェルターを拒否し路上、公園、川縁を選ぶ人たちがいることは事実である。しかし、圧倒的多数はさまざまな理由でやむなくホームレスであることを選ばざるを得ない。その境遇、抱えている問題について一般の人が思いを馳せることは難しい。「絆」という虚しい掛け声が東日本大震災の後日本中を覆ったが、それで日本は変わったか。「絆」は世界とは繋がっていなかったのか。ホームレスの人が暴力を振るったという話を聞いたことがない。私の耳に入ってこないだけかもしれないが、ニュースにならないということはあっても極めて稀であろう。邪魔者扱いされている側でなく、力のある側が暴力も振るうし、居場所をなくす方策を次々に編み出す。私たちは繋がりたいのか、排除したいのか。

■地下で暮らす人々

地下を住処にする人は世界中にいる。フィクションだが、まず思い出すのはベオグラード(旧ユーゴスラビアの首都)を舞台にした『アンダーグラウンド』(1995年)。コメディということになっているんだけど、これは笑う映画なのかと自分の感性を疑ってしまったが、ほとんどの人は大笑いしていないようだったので安心した。地上に出ることなく地下生活を続けることを想像するのは難しい。それに初めて気づいた物語だった。現在、ウクライナでは地下生活を続けている人がいる。「想像がつかない」とかボケたことを言っている場合ではない。

ロシアで映画公開一時中止!ウクライナ侵攻を受けて米ソニー、ワーナー、ディズニーが発表 Netflixも法規制に反発する動き
今はどうなっているのかわからないが、ルーマニアでチャウシェスク政権が崩壊したのち、孤児となった子供たちがマンホールから地下に入り、寝床にしていた。かつての日本でも同じだったが、国が崩壊して親を失った子供たちを、国はもちろんのこと、一般の人たちが支えるということはない。「汚い」「泥棒」「いなくなれ」が万国共通である。くれぐれも“お国”に騙されないように。

中国では蜂族、蟻族、ネズミ族が大都市に暮らしている。農村部からやってきて大学を卒業しても職のない若者たちは故郷に帰らず、仕事を求め続ける。彼らが高層アパートの中を細かく区切った部屋で生活する蜂族、郊外で大勢とルームシェアする蟻族、そして地下に住むネズミ族である。誰がいつ地下に追いやられるか、想像できない環境に置かれるかわからない。誰もそのような生活は望んでいない。

中国版『ニュー・シネマ・パラダイス』!? チャン・イーモウ最新作『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』 新鋭リン・ハオツン23歳に大注目
「Life is unfair.」はベトナム戦争に送られる兵士に対してケネディが残した言葉だが、ビル・ゲイツも「Life is not fair. Get used to it」と講演でスピーチした。いかにもアメリカらしいが、「フェア」であるとはどういうことか。私たちはそれをもう一度考える時代に生きている。

文:大倉眞一郎『きっと地上には満天の星』は2022年8月5日(金)より 新宿シネマカリテ ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

関連記事(外部サイト)