あらすじ明かさず劇場公開!?『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック監督「“死生観”は黒沢清&青山真治の影響」

あらすじ明かさず劇場公開!?『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック監督「“死生観”は黒沢清&青山真治の影響」
『彼女のいない部屋』© 2021 - LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM
『潜水服は蝶の夢を見る』(2007年)や『ミュンヘン』(2005年)、『007/慰めの報酬』(2008年)『グランド・ブダペスト・ホテル』(2013年)等々、国際的に活躍する俳優マチュー・アマルリック。彼は、監督としても『さすらいの女神(ディーバ)たち』(2010年)で第63回カンヌ国際映画祭の監督賞と国際映画批評家連盟賞を受賞するなど、高い評価を受けている才人だ。

そのアマルリックの約4年ぶりの長編監督作『彼女のいない部屋』が、2022年8月26日より劇場公開を迎える。『ファントム・スレッド』(2017年)のヴィッキー・クリープスが主演した本作は、「家出をした女性の物語、のようだ」という一文以外の情報が伏せられた状態で本国公開された謎めいた一作。アマルリックが脚本も手がけ、観ていくうちにどんどん印象が変わっていく技巧派な作品に仕上がっている。 今回はアマルリックにインタビューを実施。彼が映画づくりに目覚めたルーツを聞きつつ、監督業と俳優業のバランスについても語っていただいた。 ※以下、物語の内容に一部触れています。ご注意ください。

■映画を嫌いにならないために、仕事にしたくなかった

―マチュー・アマルリックさんは1984年に俳優デビューし、1997年に映画監督デビューされました。監督を志したきっかけを教えて下さい。 僕の両親はル・モンド誌の記者で、モスクワに駐在していた時期がありました。その当時、映画監督のオタール・イオセリアーニと知り合ったんです。当時は反逆児のように扱われていましたが、母は好奇心が強い人なので自分から近づいていき、イオセリアーニ監督と仲良くなったんです。 彼は役者を使わず、例えば郵便配達員であったり、自身が面白いと思った友人たちを映画に出演させるんです。ちょっとジャック・タチ監督のように、独特の存在感のある人に興味があるタイプなんですよね。僕も17歳の頃に、彼の『Les favoris de la lune(原題)』(1984年)に出演できて(※アマルリックの俳優デビュー作)、撮影現場を訪れたときに「ここが自分が住むべき家だ」と感じました。僕はその現場で、映画の技術を手仕事的に学んだんです。 僕は映画学校には合格できなかったから研修生やアシスタントとして、とにかく現場で学びました。ルイ・マルやダニエル・デュブルー、アラン・タネールの監督作でアシスタントや助監督として働く中でね。経験もないのにプロデューサーのパウロ・ブランコに「ファースト助監をやれ」と言われて、研修生の給料で助監をやらされました(笑)。でも僕にとっては、とにかく多くのことを現場で覚えられて、それが自分の映画づくりでとても役に立ちました。

―演出部が原点だったのですね。 はい。もともと僕は役者になる気なんて全くありませんでした。役者の道を進むことになったのは、アルノー・デプレシャン監督のせいです(笑)。(※デプレシャン監督は、1992年の映画『魂を救え!』以降、継続的にアマルリックを起用している) もともと食べていくためにも別の仕事をしていましたしね。映画はすごく好きなのですが、映画づくりの現場にはちょっと軍隊的なところがある。そうしたヒエラルキーが好きじゃなかったので、仕事にするのは違うなという想いがありました。僕の友人はアパートの内装のペンキ塗りをしていましたが、僕もそんな感じでアルバイトをして生計を立てていました。そうすることで、映画を嫌いにならないようにしていたんです。

―映画を仕事にしないことで、好きでい続けられるといいますか。 そうですね。距離をとって、現場で嫌な思いをしないこと。それが、僕が映画好きでいられる方法でした。

■黒沢清・青山真治監督に影響された“死生観”

―しかし、いまやカンヌ国際映画祭で監督賞等を受賞され、俳優としてもウェス・アンダーソン監督にスティーヴン・スピルバーグ監督、黒沢清監督等々、世界中のクリエイターと組むなど大成功を収められています。俳優業が監督業に影響を与えている点もあるのでは? これは俳優業を否定しているわけではないのですが、時には「役者より映画を撮らせてくれよ」と不機嫌になってしまうときもあります(笑)。先ほどお話ししたように、僕自身が役者になるなんて思ってもいなかったこともあって、俳優業に時間を取られて監督業ができなくなると「なんで僕にオファーしてくるの? 僕が嫌いなの? 撮らせたくないの?」みたいに思ってしまうこともあるのですが、この立場だからこそ得られる恩恵もたくさんある。 アルルカン(道化役者)の衣装ではないですが、俳優として様々な監督と仕事をする経験を通して、自分にぴったりの衣装を身に着けることができたように思います。様々な監督のビジョンを身にまとうことで、監督としての想像力も積み上げられました。

ただ、やっぱり時間を取られてしまうのが悩みだったのですが、ようやくいまは監督業と俳優業のいいバランスを見つけられたように感じています。ちなみに、もうすぐナンニ・モレッティ監督(『息子の部屋』[2011年]ほか)の作品に出るんですよ。僕にとっては映画を撮りたいと思ったきっかけでもある憧れの監督ですし、彼は出演もするから共演もできる。ウディ・アレン監督の『カイロの紫のバラ』(1985年)みたいですよね。憧れの存在がスクリーンから飛び出てきて共演できるという、現実と虚構が混ざったような感覚です。

―『彼女のいない部屋』において、影響を受けた作り手はいらっしゃいますか? 本作においては、影響を受けているのは黒沢清監督。そして、亡くなってしまい残念ですが……青山真治監督です。彼らの作品に流れる死生観が、クラリスの人物造形に影響を与えてくれました。僕自身は死と生はシームレスであるという感覚を持っていますが、これは日本文化からインスパイアされたもの。フランスにはそういった考え方がなく、もっと合理的なんです。いい意味でのスピリチュアリティがないんですよね。でも、映像は想像する芸術だからこそ、光だけでなく影も必要。そういった意味で、スピリチュアリティは必要不可欠だと思います。

■恐怖をすぐ口に出してしまうのは現代の病

―『彼女のいない部屋』は本国フランスでの公開時、物語の詳細を伏せた状態で封切られたと聞きました。何もかもオープンにして、それでやっと人が興味を持って足を運んでくれるかどうか……という状態が加速している現代において、ある種の文化芸術の逆襲といいますか、その見せ方に希望を抱いたのですが、アマルリックさんは現在のこうした流れをどうご覧になっていますか? 全てをオープンにして、すぐ言語化するのは大きな問題ですよね。映画の分野に限らず、特に政治の世界で顕著なのではないかと感じます。私たちが生きている今の世界はやはり混沌としていて、「この世界はどうなるんだろう」という不安が常にある。地球の気候変動もそうですし、毎日のように起こる事件……火山の真ん中にいるような恐怖心を常に感じていて、悪魔祓いのようにすぐに口に出さないと怖すぎて生きていけないところがある。我々が直面している現実から生まれた、現代病かもしれませんね。 おっしゃっていただいたように、本作は劇場公開前に「家出をした女性の物語、のようだ」という一文しか明かしていません。本国の配給会社からは「もうちょっと全体のストーリーを要約してもらえませんか」という話はあったのですが、僕としてはこの一文がすべてを物語っていると感じています。

ただ、『彼女のいない部屋』は『ユージュアル・サスペクツ』(1995年)ではない。つまり、何かミステリーや秘密があって最後に明かされる類の作品ではないので、この映画のタネは別に知られたっていいんです。大事なのは、そのうえで人はどういった行動に出るのか。その心理ですから。要は、描かれているものはリアルであってドラマティックではない。 ちょうどいまローベルト・ムージルの小説「特性のない男」を読んでいるのですが、この作品は単純に言うと「いま自分がいる現実とは別に、違う人生もあったんじゃないか」という可能性を描いています。何が起こるかわからないのが人生で、驚くべきことや思いがけないことが起こるからこそ、痛みを乗り越えられる。可能性があるから、時に狂気にも似た想像を駆使することで生き延びていくんですよね。それは『彼女のいない部屋』の本質でもあるのです。

取材・文:SYO 『彼女のいない部屋』は2022年8月26日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国順次公開

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