『バードマン』イニャリトゥ監督最新作! Netflix『バルド、偽りの記録と一握りの真実』死から再生へと向かう魂の旅

『バードマン』イニャリトゥ監督最新作! Netflix『バルド、偽りの記録と一握りの真実』死から再生へと向かう魂の旅
Netflix映画『バルド、偽りの記録と一握りの真実』12月16日(金)独占配信

■イニャリトゥが22年ぶりに故郷メキシコで撮影

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)と『レヴェナント:蘇りし者』(2015年)で2年連続アカデミー賞監督賞を受賞したメキシコ出身のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが、長編デビュー作『アモール・ロス・ペロス』以来22年ぶりに故郷メキシコで撮った野心作、それが『バルド、偽りの記録と一握りの真実』だ。

主人公は、ドキュメンタリー作家でジャーナリストのシルヴェリオ(ダニエル・ヒメネス・カチョ)。メキシコ人だがアメリカで成功し、今はロサンゼルスに住んでいる。彼にはメキシコ人の妻と成人した娘、アメリカで生まれた息子がいる。そんな彼にメキシコで権威ある賞が贈られることになり、ひさしぶりに故郷に戻ることになる。 映画は、そんな彼の旅を追い、時間と空間を自由自在に行き来しながら、メキシコとアメリカ、白人と先住民、父と息子など、二つの対立軸の間で翻弄されるシルヴェリオという人間を、壮大なスケールとファンタスティックな映像で描き出していく。

■ジャーナリストとしてのイニャリトゥの面目躍如

原題の『BARDO: FALSA CRÓNICA DE UNAS CUANTAS VERDADES』を直訳すると、「バルド:幾つかの真実の偽りの年代記(クロニクル)」となる。“バルド”とはチベット語で、仏典(チベット死者の書)の説く前世の死から次の生に生まれ変わるまでの間のこと。漢語では“中陰”または“中有”と訳されている。製作前のレポートなどで「Limbo」(キリスト教の辺獄)と呼ばれていた本作が、最終的に「バルド」に変わったのは、先住民の文化をキリスト教徒の西洋人が征服し、搾取し、破壊しつくしたアメリカの歴史を踏まえて、キリスト教的な表現を避けたのだろうと思う。

映画を見ていて私が連想したのは、フェデリコ・フェリーニの『8 1/2』(1963年)と、ダンテの<神曲>だった。『8 1/2』はマルチェロ・マストロヤンニに自身の分身のような映画監督を演じさせ、映画作りの苦悩と私生活の混乱を仮託して描いたフェリーニの代表作だし、<神曲>は言うまでもなく、ダンテが古代ローマの詩人ウェルギリウスの導きで地獄と煉獄を巡り、最後にベアトリーチェの助けで天国に昇天するまでの道程を綴った叙事詩の傑作だ。 ただし、鑑賞後に“バルド”の意味を知ると、確かにシルヴェリオの旅は、ダンテが地獄と煉獄を巡って天国に至る<神曲>の旅というより、死から再生へ向かう魂の旅だし、産院で今にも生まれようとした赤ちゃんが、外の世界が嫌で、また“バルド”に戻ってしまう場面の意味が分かってくる。

『バルド』には明確なストーリーラインがなく、シルヴェリオの内的世界を連想ゲームのように綴っていく。意識の連なりがシームレスに流れていく感覚は、ちょうど『バードマン』で、元スーパーヒーローの復活を1カットで追いかける感じと少し似ている。 例えばシルヴェリオが広場の中央に積み上げられた死体の山を登っていくと、てっぺんに征服者コルテスがいる。インディオと白人の優位性について問いかけ、煙草の灰を落とすと、「熱い!」と声がして、たちまち死体が生き返る(実は死体は映画のエキストラだった)。と、そこから現代に飛んで、高級リゾートのプライベートビーチ入口で、シルヴェリオの連れた家政婦がインディオであるために立入禁止になる場面へ続く。ジャーナリストとしてのイニャリトゥの面目躍如だ。 私が最も素晴らしいと思ったのは、シルヴェリオが受賞のために帰った故郷でのダンスホールの場面だ。人々が踊り狂い、熱気渦巻く会場(ダリウス・コンジの撮影が素晴らしい)から、シルヴェリオがほの暗いトイレに入って行く。と、そこに死んだはずの父親が現れる。動と静、熱気と侘しさ、受賞の高揚と過去への悔恨がないまぜになって、胸を締め付けられる。

■メキシコとアメリカ、2つの国の矛盾の中で生きる存在としての自分

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥは1963年生まれ。大学を卒業後、音楽専門のラジオ局に入り、DJから始めてディレクターとして番組作りを担当。さらにはミュージシャンとしてメキシコ映画の映画音楽を担当した後、90年代に映画会社を立ち上げ、製作者としてキャリアをスタートさせた。2000年に長編デビュー作『アモーレス・ペロス』を撮り、カンヌ映画祭批評家週間賞、東京映画祭最優秀監督賞を受賞。2006年には『バベル』でメキシコ人で初めてカンヌ映画祭監督賞を受賞し、トップレベルの監督となった。 その後、『アモーレス・ペロス』、『21グラム』(2003年)、『バベル』と組んできた脚本のギジェルモ・アリアガと別れ、初めて自身の原案・脚本で撮ったのが『BIUTIFUL ビューティフル』(2010年)だ。けれども、私はちょっと不満だった。移民や不法労働を描くのなら、わざわざよその国(スペイン)に行くこともないだろう、メキシコで撮ればいいじゃないか、と。その後、2014年に『バードマン』、2015年に『レヴェナント』でアカデミー賞監督賞を連続受賞し、文字通りハリウッドの頂点に立つわけだが、それは彼の演出力、アダプテーションの上手さが評価されただけで、映画作家としての評価ではない、と私は思っていた。イニャリトゥは自分の本音をいつ語るのだろう?

おそらく、イニャリトゥ自身も同じことを考えていたに違いない。6年という歳月をかけて、自分の人生に向き合い、メキシコとアメリカという2つの国の矛盾の中で生きる存在としての自分を捉え直した。イニャリトゥは、ようやく映画作家になったのだな、と私は思った。 『バルド、偽りの記録と一握りの真実』は、正直言ってとっつきやすい映画ではない。だが、見ているうちに描かれている事象の裏にあるものが次第に分かってくると、どんどん映画の中に入りこんでしまう。特に冒頭のウーパールーパー(メキシコサンショウウオ)の意味が最後に分かると、父と子の思い、家族の絆に感動するだろう。

本作はNetflixで独占配信されるが、できたら音響のいい劇場の大きなスクリーンで、イニャリトゥの映像マジックに包まれる体験をしていただきたい。 文:齋藤敦子 『バルド、偽りの記録と一握りの真実』は2022年11月18日(金)より一部劇場で公開中、12月16日(金)からNetflixで独占配信開始

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