映画を超えて“ジャンルそのもの”となった、巻き込まれ密室アクションの金字塔『ダイ・ハード』

映画を超えて“ジャンルそのもの”となった、巻き込まれ密室アクションの金字塔『ダイ・ハード』
『ダイ・ハード』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

■冒頭シーンがクライマックスの伏線!? いま観ても秀逸な脚本

私が『ダイ・ハード』(1988年)を知るきっかけになったのは、立川談志がテレビで「今年ナンバーワンだ」と絶賛していたのを偶然見たからだ。立川談志がわざわざテレビで言うほどの映画ならば、絶対に観なくてはと思った。どうやらそれが娯楽作品らしいことも、私の鑑賞へのモチベーションを上げた。小難しい芸術作品よりも、ベタベタの娯楽作品を賞賛する方が勇気を必要とするとはずだ。立川談志が自らの審美眼への自信を誇示しているように思えた。今から約32年前の1988年、私が21歳の時の話である。

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今回、かなり久しぶりに何回目かの鑑賞をしてみたが、『ダイ・ハード』はやはり完璧な娯楽作品であった。映画史に残る大傑作だ。まず一番に評価されるのは、伏線を張り、それをしっかり回収する、入念に練られた脚本だ。

映画の冒頭、ブルース・ウィリス演じるマクレーン刑事に、飛行機の隣の席の男が「飛行機、嫌いでしょ? 飛行機で快適に過ごすには、靴も靴下も脱いで、ときどき裸足のまま歩き回っては、爪先を拳のように丸めるといいんです」とアドバイスを始める。作品の細かいところはすっかり忘れていた私は、「なぜいきなりこんな無意味な台詞から始めたのだろう? ただの日常のリアリティを演出するための台詞なのかな?」と思った。

しかし、このエピソードにより、マクレーン刑事は裸足で戦うはめになり、割れたガラスの破片が敷かれた床を走らなくてはならなくなる。やはり「痛み」は共有しやすいのだろう。『ダイ・ハード』といえば、このシーンが一番強く記憶に残っている。冒頭がクライマックスの伏線なのだ。

『ダイ・ハード』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

■70年代パニック映画ブームによって確立された現代娯楽映画のスタイル

作品のプロットは、テロリストが金庫破りの目的で人質を取って、ハイテク高層ビルを占拠する。そこに偶然、刑事のマクレーンも居合わせる。ビルという閉ざされた空間で、一人対多数のバトルが始まる。

この「閉ざされた空間における1人対多数の戦い」というプロットは、その後多くのフォロワーを生み、90年代にアクション映画のトレンドとなった。そして、そのプロット自体が『ダイ・ハード』と呼ばれるようになったという。例えば『スピード』(1994年)は「バスでの『ダイ・ハード』」、『ザ・ロック』(1996年)は「島での『ダイ・ハード』」という風に。

『ダイ・ハード』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

しかし、この閉ざされた空間で勃発する事件を乗り越えていくプロットというと、私は真っ先に『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)、そして『ジョーズ』(1975年)といった、70年代に一世を風靡したパニック映画を思い浮かべる。『ダイ・ハード』はそれらの復権のように思える。

私は『ポセイドン・アドベンチャー』のプロットや脚本はハリウッド映画において、エポックメイキングなものだったと思っている。この作品は転覆し、上下が180度回転した豪華客船に閉じ込められた乗客が、船の最上部となった「船底」を目指すだけの映画だ。テーマや事の善悪など面倒臭いものは存在しない。非常事態の“もしも”の世界を設定し、手に汗握るシーンを出現させることだけを目的にした、完全なアトラクション・ムービーの嚆矢で、現代娯楽映画のスタイルを方向付けた。

『ダイ・ハード』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『ポセイドン・アドベンチャー』の成功により、70年代はパニック映画が一大トレンドとなった。そんな状況の当時、ジョージ・ルーカスは『スター・ウォーズ』(1977年)の企画書など「宇宙を舞台にした冒険活劇などありえない」とまったく相手にされなかった、と語っている。しかし、一旦『スター・ウォーズ』が成功すると80年代は、『スター・ウォーズ』の続編、『E.T.』(1982年)、『インディ・ジョーンズ』(1984年〜)などのファンタジー作品が一斉を風靡し、それに呼応するように、アクション映画のヒーロー像は、『ランボー』を筆頭に超人的になり、ある意味大味な作品が主流となった。そしてまた80年代の終わりに、再びその揺り返しとして『ダイ・ハード』が生まれたように思える。等身大のヒーローが知恵と勇気で難局を切り抜ける物語だ。

■新鮮なヒーロー&悪役像、洒落のキツさ、予定調和を嘲笑うタイトル

もちろん『ダイ・ハード』は70年代パニック映画を踏襲し、1人対多数の構図を加えただけではない。最初にこの作品を観た時、私はその新しさに心惹かれた。まず、悪役像が新しかった。映画で格好良さを最も体現するのは悪役だ。それは悪役が最も現代を象徴する存在だからだ。

『ダイ・ハード』©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

テロリストのリーダーであるハンスは、高級スーツを着こなし、エレガントな腕時計をし、サラサラの長めのヘアスタイルだ。スノッブな都会のエリート風で今までにない悪役像だった。

もう1人際立っているのが唯一の黒人、テオだ。白のハイネックのセーターにツイードのジャケット。アメリカンクラッシックなデザインの金縁の眼鏡。一流大学生のようだ。コンピューターに強く、鼻歌混じりでキーボードを叩き、金庫の扉を解除していく。ワープロすら持っていなかった当時の私には、なんと知能の高いヤツに見えたことか(笑)。

ちなみに、このテオの鼻歌は「雨に歌えば」であり、そして金庫破りに成功し、鉄の扉が開く瞬間にはベートーベンの交響曲第9番がかかる。これは『時計じかけのオレンジ』(1971年)へのオマージュだそうだ。なるほど、テオの物腰は柔らかだが、殺人にまったく罪悪感を感じない人格は、まさに『時計じかけのオレンジ』を想起させる。

マクレーン刑事のキャラクターも、新しいヒーロー像を作り出した。さすがブルース・ウィリス、何をやってもなんだかコミカルなのだ。このコミカルさが明るさとなって、物語が軽妙に進む。また一方で、そのコミカルさが、汚い言葉をしゃべる1本ネジの外れたふざけたキャラクターに見えるのも、ブルース・ウィルスらしい。洒落のキツさも『ダイ・ハード』が持つ新しさの一つだった。

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そもそも『ダイ・ハード』という作品タイトルがふざけている。「die hard」という熟語は存在し、「頑固者」や「しぶとい人」というような意味らしいが、この映画タイトルは要するに「It is too hard to die(死に難い)」というニュアンスなのだろう。主人公は必ず生き残ることが自明という、娯楽作品の予定調和の呪いを嘲笑うかのようなタイトルだ。シリーズが進むにつれ「世界一ツイてない男」などと開き直るのもたいした根性である。

最後に蛇足だが、マクレーン刑事の妻・ホリー役を演じたボニー・ベデリアはマコーレー・カルキンの叔母だそうで、よほど「閉ざされた空間」が舞台の映画で活躍する運命を持った血筋らしい。

文:椎名基樹

『ダイ・ハード』1〜3はCS専門映画チャンネル ムービープラスで2020年1〜2月放送

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