サルマン・カーン版『踊るマハラジャ』か!? 往年のインド映画オマージュ満載『プレーム兄貴、王になる』

サルマン・カーン版『踊るマハラジャ』か!? 往年のインド映画オマージュ満載『プレーム兄貴、王になる』
『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

■21世紀のインド、架空の藩王国を舞台にしたロイヤルお家騒動!

『プレーム兄貴、王になる』は、神話に彩られた町アヨーディヤーで活動する劇団が演じる「ラーム・リーラー」(古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」を舞台化した伝統劇)から始まります。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

劇団の花形俳優プレーム(サルマン・カーン)は、頼りがいのある気のいい奴。彼には遥かに仰ぎ見る憧れの女性がいました。プリータムプル王室の親戚で慈善事業に熱心なマイティリー王女です。かつて見た彼女の姿をもう一度拝もうと、プリータムプルに出かけて行くプレーム。しかしそこで彼は、王女の婚約者である王太子ヴィジャイ(サルマン・カーン)の影武者としてリクルートされます。他人の空似でプレームと瓜二つのヴィジャイは、まもなく王位につくことになっているのですが、同族内の不満分子によって暗殺されかけて重傷を負い、王宮内の隠し部屋で密かに治療を受けていたのです。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

根っからの庶民であるプレームが王を演じる無理から、様々な騒動が起こります。とりわけ彼を困惑させるのは、憧れのマイティリーに対しフィアンセとして振る舞うこと。プレームは無事にヴィジャイの身代わりとして、即位式を終えることができるのでしょうか。

「共和国であるインドになぜ王室が?」と疑問を持たれた方は、劇場でパンフレットを買ってお読みください。インドには“王様”が沢山いるのです。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

■それはヒンドゥー教の神話と、インド映画の歴史を遡る2時間40分!

架空の王室を舞台にした本作には、ヒンドゥー教の神話、特に「ラーマーヤナ」、それからクリシュナ神讃歌である「ギータ・ゴーヴィンダ」のエピソードをうっすらと重ね合わせた描写が豊富です。例えば、王弟であるアジャイとその母からは「ラーマーヤナ」のバラタ王子とカイケーイー妃が連想されるでしょう。また、アヌパム・ケールが演じる宰相が、仕事熱心なあまり初老になっても独身であることをプレームにからかわれるところでは、“童貞神”であるハヌマーンを思い浮かべずにはいられません。といっても、本作が神話のストーリーを下敷きにしているというのではなく、あくまでもイメージを膨らませるために言及しているのです。ハヌマーンのイメージの投影は宰相にとどまらず、王女に対して恋愛というよりは信愛(バクティ)に近い一途な献身を捧げる主人公プレームの上にもあります。このイメージを、サルマンは『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015年)でも展開しています。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

神話だけでなく、本作にはインド映画がこれまでたどってきた道のりへのノスタルジックなオマージュがあります。冒頭で神話劇を演じる劇団が出てくるのもその一つ。草創期のインド映画のテーマは、ヒンドゥー教神話が大半を占めていました。それだけではなく、こうした演劇にたずさわっていた人々が多数流入して、初期のインド映画界が形作られていったのです。そして、その後まもなく現われて1940〜1950年代に大人気となったジャンルに、「フォークロア」と呼ばれるものがあります。これはフォークロア(民話)と言いながらも土俗的な伝承譚とはあまり関係がなく、同時代のアメリカやヨーロッパ映画で盛んだった剣戟映画をインド風に翻案したものでした。多くの場合、物語は架空の王国を舞台にしたもので、王家の跡目争い、運命のいたずらで離れ離れに育つ双子、よこしまな大臣とその陰謀、王女の恋などが散りばめられ、西洋風の剣戟やシャンデリアにぶら下がっての空中戦などが繰り広げられる、おとぎ話でした。本作の最初の方で、ヴィジャイとアジャイの2人の王子がフェンシングをするシーンは、フォークロア映画の世界への導入なのでしょう。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

次に現われるのが「ソーシャル」というジャンル。フォークロアが生まれた時代にすでに存在していましたが、それ以降に急成長し現在では圧倒的な主流となった、同時代を舞台にとした物語です。同時代が舞台というのは、ジャンルの定義としては漠然としすぎているように思えますが、古い時代には、神話ものでもフォークロアでもない映画として意味を持っていました。ソーシャル映画の扱うテーマは多岐にわたりましたが、多くの作品で扱われたのが、インド的な大家族をめぐるあれこれ。問題を抱えた名家の大邸宅に不思議な人物が外から訪れ、色々とかきまわした末に一家の人々を結びつけるというストーリーラインは、現在にいたるまで手を変え品を変え作られています。本作でも、プリータムプル王家の4人の異母兄弟姉妹たちの和解の物語は、観る人をエモーショナルに揺さぶってきます。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

歌と踊り、アクション、笑い、センチメントが詰まった『プレーム兄貴、王になる』は、2013年に100周年を祝ったインド映画が、これまでたどってきた道を振り返りながら集大成した極上の2時間40分部分であるように思われます。

『プレーム兄貴、王になる』©Rajshri Productions ©Fox Star Studios

文:安宅直子

『プレーム兄貴、王になる』は2020年2月21日(金)より全国順次公開

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